Page69「不思議な野営」
異空間に入ったティアは草原に立って居た。
入る場所は毎回ペンシィが操作しているので、洋館の前に出なかったのである。
その理由は馬車にある。
さすがにいきなり洋館の前に出すよりも、草原に出した方が混乱して暴れた時にも対処できる。
ペンシィのその対応を固定するかのように、異空間に入った直後の馬は混乱して少し暴れていたが、クレアとシュトによって抑えられ、今は草原の草を食んでいる。
リッカは雪で遊び疲れたのか、カコの服を掴んでうつらうつらと船を漕いでいて、それをチャコが見守っていた。
「おかえりー。それで、この後はどうするの?ご飯?お風呂?それともお休み?」
ティアが異空間に入ったことを感じ取ったペンシィが現れて予定を聞いてきた。
ティアとリッカとクレアは、馬車に乗りながら干し肉を齧っていたが、残りの3人は昼食以降何も食べていなかったためお腹は空いている。
ただ、それよりもリッカの眠気に加え、顔には出していないが、慣れない馬車で疲れているティアに気づいてるクレア達は、食事選ばなかった。
「まずはお風呂です。温まって疲れをとります」
「りょーかい。じゃあついてきてー」
ペンシィが先導して橋を渡り、洋館に入っていく。
馬は馬車から外して自由にさせているので特に問題はない。
姿が見えなくなったらシュトが捕まえるか、チャコが呼ぶか、クレアの魔法を炸裂させて注意を引けばいいので。
カコは馬を呼んだり捕まえたりできないので、そこは他の3人に任せている。
やろうと思えばできるのだが非効率な方法しかないため、効率的な周囲に任せているのだった。
決してサボりたいわけではない。
ペンシィの案内で草原と湖をつなぐ橋を渡り、洋館に入り右の扉からさらに廊下を進む。
そして一度左に折れた後に現れた大きな扉の中に入った。
「ここが大浴場につながる脱衣所だよー。脱いだ服はカゴに入れたままにして置いてくれればこっちで洗っておくよ。夜着は置いてあるから、それを着て夕食かな。今日のご飯は……ティアちゃん。フィーリスから送られてきたのから出してもいい?」
「はい。大丈夫です」
ペンシィの体のサイズでは料理ができない。
そのため、魔法を使って料理するか、すでに出来上がったものを出すしかないのだが、出来上がったものはティアの姉のフィーリスが送ってきた料理箱に入っている物しかない。
それ以外だとフェゴで買った食材がそのまま出てくるだけになる。
幸いティアの許可も出たので、ペンシィが取り出して並べるだけになった。
「というわけでこっちで用意しておくね」
「わかりました。ありがとうございます」
「ありがとうニャ!」
「おおきに〜」
「……ありがとう……」
「のじゃ!」
ペンシィが出ていったので、全員服を脱いでカゴに入れた。
もちろんリッカは脱がしてもらっている。
脱衣所と欲情をつなぐ扉を開けると、円形の巨大な湯船があり、その周囲には四角い湯船もいくつかあった。
真ん中にある円形の湯船は透き通ったお湯で、周囲の四角い湯船は泡風呂や、花びらの浮いている湯船に、乳白色の湯船があった。
そのどれもがリッカの竜状態の形をした銅像からお湯が吐き出されていた。
また、それとは別に洗い場としての一角も用意されている。
「すごい……」
「これは……ないニャ……」
「どれも気持ちよさそうやな〜」
「……先に体を洗う……」
「のじゃー?!」
「ペンシィさん……やり過ぎではないでしょうか……」
呆気に取られているティア達をよそに、1人駆け出そうとしたリッカがシュトに捕らえられて洗い場に連れていかれた。
それを皮切りに全員洗い場に移動して、髪や体を洗い始める。
石鹸やタオルは洗い場に用意されていたので、それを使った。
洗い終わると、それぞれが思い思いのお湯に浸かり、温まった。
入った場所からは湯気で見えなかった先には打たせ湯や、メモリアにあった投影風呂もあったが、投影風呂に関してはティアが先に上がってしまったので使い方がわからず、放置されることとなった。
お風呂から上がった一行はタオルで体を拭いた後、ティアの出した温風を使って髪を乾かし、夜着を着た。
全員下着を着けていないが、ここには同性しか居らず、夜着がモコモコしているため透けることがない。
そもそも子供の集まりなので、そこまで気にしている者はいなかった。
王女であるクレアでさえ気にしていない。
変わり者なせいかもしれないが。
「いい感じだね!じゃあ次は食堂だね!」
「はい。ペンシィさんお願いします」
「こっちだよ!」
脱衣所から廊下に出るとペンシィが待っていた。
異空間はペンシィの管轄なので、誰がどこにいるかを探ることができる。
なので、脱衣所に人が集まり出した時点で待機していた。
再度ペンシィの案内で廊下を進み、少ししたところで扉を開いた。
そこには大きな食堂が広がっていて、空中に浮かぶ光の玉が食堂を優しく照らしていた。
「空いてる席に座ってね」
「わかりました」
縦長のテーブルの左右に20脚ずつ椅子が置かれていたが、クレア達は入り口に近い方に座った。
仲間内の食事なので、上座などは無視している。
「はい。お待たせー。ランブルベアーのお肉を使ったステーキセットだよ。サラダやスープの詳細はこの紙を見てね」
全員が席に座ったのを確認すると、ペンシィがフィーリスボックスを出して、魔法で開けて、料理も魔法で運んだ。
選んだ基準はメニュー内容ではなく、同じ料理が人数部なるかどうかだった。
「ランブルベアー?」
「聞いたことないニャ」
「北のほうにおる熊やな〜。しっかりとした味わいらしいけど、なかなかに強かったはずやで〜」
「……私達なら勝てる?……」
「ウチも話に聞いてるだけやから、わからへんけどたぶん勝てるんちゃう?熊やし」
「そうだね」
「熊なら勝てるニャ」
ランブルベアーはフィーリスの居る『クック』の近くに広がる大森林に生息していて、クックの料理人の中でランブルベアーを1人で狩れたら一流とされる熊である。
体調は平均5mほどで冬眠は必要なく、魚や木の実を好んで食べるが、他の生物を見ると襲い掛かってくる習性を持つ。
「でも、なんでティアちゃんがランブルベアーのステーキなんて持ってるの?」
「フィーリスお姉様に頂いた料理がたくさん入ってる箱の中にあったみたいです」
ティアが箱を見せようとするも、ペンシィが収納していたのでそこにはなかった。
なので、クレアはペンシィが置いた髪を手に取る。
「へー。この紙だね……。え?!それ!ツインズの料理らしいよ!」
「あー。姫さんが行きたいって言ってた所やな」
「確かクックにある変わったお店だニャ」
「……双子ばかりのお店……」
「材料持ち込みでとても美味しく料理してくれる冒険者憧れのお店!あぁ!ツインズの料理を食べれるなんて!」
「クレアのスイッチが入っちゃったニャ」
「ウチらはさっさと食べよか〜」
「「「「「「……いただきます」」」ニャ」のじゃー」
「あ!いただきます!」
フィーリスの店はクレアが行きたがるようなお店らしく、食事中もうっとりとしていた。
ティアはクレアに話を聞くのを諦めて、チャコに問いかけた。
「フィーリスお姉様のお店はそんなにも有名なのですか?」
「有名ニャ。料理の腕、戦闘力、店構え。どれを取っても一流なのに冒険者相手に料理を出すという意味で1番有名だけどニャ」
「普通ではないのですか?」
「クックだと実力があればあるほど王様に近くなるんよ。つまり、権力やね。ツインズはそれを拒否して権力とは離れて経営しとるんよ〜」
「……オーナーのおかげ……」
「オーナーというとフィーリスお姉様のことですか?」
「……うん……」
ツインズはメモリアの司書フィーリスの手によって運営されているので、下手に手を出すと自分の店を潰される可能性がある。
司書が持つ情報の力を最大限利用してくるので、クックでは手を出してはいけない暗黙のルールができるほどだった。
クレアがトリップするというハプニングがあったものの、無事に食事を終えたティア達、ペンシィの案内で2回の大部屋に移動した。
そこには10人以上が一緒に寝れるほどの大きなベッドがあった。
「ここならみんな安心して寝れるでしょ?それじゃ、朝になったら起こしにくるから。アタシも周囲の警戒に出るから。おやすみ〜」
ペンシィは部屋から出て行かず、消えた。
既に外にいるレインとゴルディアの元に移動している。
「それじゃ私達も寝ようか」
「そうするニャ……」
「チャコお姉ちゃんは元気がないようですけど、疲れてるんですか?」
「違うニャ。野営のはずなのに見張りもなく、お風呂に入れて、食事も用意されて、ベッドで寝れることを考えたらちょっとよくわからない感覚になっただけニャ」
「今までの野営と比べられへんしな〜」
「そうなのですか?」
「普通はテントを立てて、そこで寝るんだよ。だからお風呂もなければベッドもないのが普通なんだ」
「司書と旅をすると常識が通用しないって言うのがわかった気がするわ〜」
「同感ニャ」
司書の戦闘力もさることながら、異空間が原因である。
ティアの異空間は突出しすぎているので参考にならないが、どの司書も洋館程度は持っている。
なので、旅は比較的楽に進めるのである。
そのため、司書がパーティから抜けると、全員冒険者をやめてしまうことも多く発生している。
ティアと旅をしたせいでクレア達がそうなるかわからないが、少なくとも影響が出そうではある。




