Page68「野営は異空間で」
盗賊に見られてからゆっくり馬車を進めたクレア。
チャコも警戒し続けたが、何も起きなかった。
正確にいうと途中に何回か獣の気配を感じ取ることはあった。
ただ、その獣に対してチャコが視線を向け少し威嚇しただけで退散したので問題にならなかっただけである。
「そろそろ日が落ちるニャ」
「馬車留めはもう少し?」
「もう少しニャ」
クレアが1人で操車している時は膝の上に地図を広げていた。
地図を挟むように手を置いて手綱を操っていた。
それが隣にチャコが来たことによって、仕事を分担できるようになった。
操車しながら地図を見ていると火加減を間違える……ということは精霊任せなため問題ない。
ただ単に面倒なだけである。
今通ってる道は周囲に雪が積もっているため馬車道が見えない。
そのため普通の人であれば目印となる山や森、太陽の位置なので大まかな方向をつける。
そうなると道から外れてしまい迷う可能性もあるが、街であれば防壁や国として建設を義務付けている高い建造物が目印になる。
防壁や高い建造物のない村や町では、夜を除いて火を炊くことで煙を上げて目印を作ることになっている。
それによって盗賊などに村や町が襲われる可能性が出てくるが、そういったところには冒険者組合から往年の冒険者とパーティを組んだ若手冒険者がセットで派遣されるため、そうそう襲われることはない。
往年の冒険者はのんびりとしつつも手頃な依頼をこなし、若手の教育や戦闘訓練をして生活できる。
若手冒険者も獣の討伐だけでなく、住民との関係を築くことの重要性、戦闘訓練による戦力の向上に加え、往年の冒険者による最低限の生活の保障がある。
対象となる冒険者は往年の冒険者が面接した上で決まるのだが、一度募集がかかれば若手冒険者が殺到するほどの人気制度である。
気性の荒い冒険者は田舎に行くぐらいなら積極的に冒険をするので立候補しない。
戦いに疲れた人や、穏やかな性格の人が立候補するので、若手冒険者も緊張せずのびのびと成長できる。
そんなこともあり村は襲われることはなく、道通りに進まない可能性もあるため盗賊被害もそこまで多くないのだ。
といっても、準備不足や方向音痴すぎる場合遭難する可能性はある。
その点クレアは準備不足でも、方向音痴でもない。
それに加えて雪を溶かして進むため、馬車道から外れることもなくのんびりと進めるのである。
困るのは地図だけだと馬車留めの場所がわかりづらいことと、操車しているのでトイレに行きづらいことだが、2人体制になった時点で解決している。
クレアパーティは全員操車でき、精霊が雪を溶かすのも魔力さえ差し出して入れば、見ていなくとも行ってくれるためだ。
しばらく馬車を走らせると精霊が働きかけて馬車留めが見つかったので、馬車を止めて全員に野営することを伝えた。
馬車からティア達が出てくると、そこには昼食と同様乾いた地面があった。
「それで、野営なんだけど、どうすればいいかな?」
「?」
クレアがパーティメンバーに言った後、ティアに視線を向ける。
ティアはなぜ自分が見られているのかわかっていないので首をかしげるだけだ。
「普通ならテントを張る組みと料理をする組みに分かれるんやけどな〜」
「ティアちゃんの異空間があるニャ。だからそこで
夜を明かすこともできるニャ」
「……いくらテントと毛布があるとはいえ寒い……」
「魔道具や精霊も使うんだけどね」
「見張りもいるしな〜」
「不寝番にはティアちゃんとリッカちゃんは含まれてないから安心するといいニャ」
「な、なるほど?」
全員が畳み掛けるように話したせいで、ティアはよくわかっていなかった。
普段なら乾いた地面の上にテントを張る組みと、火を起こして料理をする組みに分かれるのがクレアパーティのやり方なのだが、ティアがいるので異空間にある洋館を使えないかと考えているのである。
ティアがテントで寝れるかどうかもわかっていないので、安全な異空間で寝てもらいたいという思いもある。
異空間を嫌がった場合、ティアとリッカと誰か1人が馬車で、残りの3人のうち2人がテントで寝て、1人が見張りにつくことになる。
ちなみに馬車内の簡易キッチンを使わないのは訓練がわりである。
パーティから逸れて遭難した時のために、全員が魔法に頼らず火を起こして食事を作る訓練をしている。
ただし、魔道具は個人の持ち物なので使用可能なので、全員が火をおこす魔道具と、水を出す魔道具、光を灯す魔道具を所持している。
「えっとな。ティアちゃんとリッカちゃんだけ異空間に入ってもらって、ウチらはその時にできる精霊石を守るつもりやねんけど、それでええ?」
「え?異空間に入るなら皆さんと一緒でいいですよ?」
「そうしたいのは山々やねんけど、見張りも必要やねん」
「馬車も守らないとダメニャ」
カコとチャコが説明している中、クレアとシュトが馬車の荷物入れから干し草と水桶を取り出し馬に与えている。
休憩が必要なのは馬も同じだ。
「それでしたら馬車も含めて皆さんで異空間に入ってはどうでしょうか?精霊石の周りには私が結界を張りますよ?」
「それでも、結界が破られたら困るやろ?どっちにしても見張りは必要になるな〜」
結界が破られれば精霊石を移動される可能性が出てくる。
そうなると、場合によっては盗賊の目の前に現れてしまう可能性も出てくるのだ。
冒険者としては、そんな冒険をしたいわけではないので賛成できないのだ。
「見張りはレインさんとゴルディアさんに頼めばいいと思います。お2人は精霊になったことで睡眠を必要としなくなりました」
「う〜ん。ウチには判断できへんわ〜。チャコはどう思う?」
ティアの提案で問題ないと思ってしまったカコは、チャコに振った。
これ以上考えるのが面倒になったのもある。
「レインさんとゴルディアさんからティアちゃんに連絡する手段はあるニャ?」
「はい。ペンシィさん経由になるとは思いますが……」
「それなら私は賛成するニャ」
「ウチも賛成でいいよ〜」
「じゃあ後はクレアとシュトに聞いてからにするニャ」
チャコが馬を撫でている2人の元へ行った。
カコはティアの護衛としてこの場に残っているのだが、視線はティアではなく動き回っているリッカに向けられている。
カコは亜人なので獣人のチャコほど感覚は強くないが、それでも普通よりかはある。
そのため近づく者がいれば感知できる上に、魔法も使っているので警戒は万全だった。
それでも、干し肉片手に雪にダイブしたり雪玉を作って投げているリッカには注意を向ける必要があった。
ちなみに干し肉は3個目である。
「クレアとシュトも賛成ニャ。ティアちゃんよろしくニャ」
「はい。わかりました」
ティアは本を出してレインとゴルディアを出した。
いきなり取り出された2人だったが、妙に落ち着いていた。
『野営時の見張りだろ。任せろ!』
『うむ。睡眠が不要な我らが担当しよう』
取り出した2人から頼みたいことの答えが返ってきたため、ティアは首を傾げ、チャコとカコは考えた結果理由を思いついた。
「ペンシィさんに聞いたん?」
『そうだ!』
「いきなりだからティアちゃんが混乱してるニャ!」
『それはすまないな。ペンシィ殿から言われたのだ。「野営時の見張りを頼まれるみたいだからよろしく」とな』
「わかりました。では、よろしくお願いします」
レインとゴルディアを残して、馬車に近づくティアとチャコ。
カコはリッカを見ていて、なぜか一緒に雪玉を投げ始めた。
「まずはお馬さんと馬車を収納しますね」
「あ、待って。先に私とシュトを入れてくれないかな。馬もびっくりすると思うし」
「あ、そうですね。わかりました」
ティアは馬車を収納しようと本を広げたところでクレアが割り込んできた。
クレアの言う通り、いきなり知らない場所に移動させられたら、馬も混乱してしまう。
入った時に遠くに行ってしまっていたら追いかける必要も出てくる。
なので、先にクレアとシュトが入って宥めることになった。
「じゃあ、向こうでね」
「……後をよろしく……」
「馬車は任せたニャ」
ティアがクレアとシュトを収納して、少ししたら馬車を馬ごと収納した。
「後は結界を張って私達も異空間に行くニャ」
「はい。リッカちゃん!異空間に行きますよ!」
ティアがリッカを呼ぶと、雪玉を持ったリッカがティアの元に走ってきて、その後を雪まみれになったカコが追ってきた。
「のじゃ〜!!」
「あかん。リッカちゃん強いわ〜」
「何してたニャ?」
「え?雪玉を投げ合ってただけやで」
「まぁ、怪我してなければ別にいいニャ。ティアちゃんよろしくニャ」
「わかりました」
チャコの答えを聞いてニヤニヤしていたカコが何か言おうとしていたが、ティアに収納された。
続けてリッカを収納したので、後は結界を張ってから、チャコと自分を異空間に収納するだけになった。
「じゃあ次は結界ニャ」
「はい!」
ティアが額から魔力を出して床一面に結界を張ったあと、チャコの手を引いてそれの上に乗る。
チャコは見えない結界に乗せられたので、最初は恐る恐るだったが、一度立てば問題ないことを確認するかのように何度も踏みしめていた。
ティアは続けて周囲を四角く覆うように魔力を出して結界を張った。
これで結界は完成し、結界の外からレインとゴルディアがティア達を見つめている状態になった。
「では、行きましょう」
「よろしくニャ」
ティアはチャコを収納した後、自分を収納した。
後には結界の上に残った精霊石だけになったが、透明な結界のせいで空中に精霊石浮いているように見える。
レインとゴルディアは今後の野営について相談する必要があると考え始めた。




