Page64「フェゴのその後」
クレアが操る馬車がフェゴから【商業都市クロステル】へと伸びる道を進む。
もちろん間には大小様々な村があるが、ティアの異空間に食料を入れている一行にとって寄る必要はなく、ティアにとっても祖母が任命した準司書がいない村には用がない。
用はないがフェゴとメモリア以外の人の住む場所に興味はあるため、しきりに窓から外を眺めていた。
ただ、寄ったところで数時間散策する程度なので、いつかの機会に行うとしてクレア達に言わなかった。
クレア達もそんなティアに気づいていないので、初めての馬車を楽しんでいるのだと思っていた。
リッカが出発してから1時間ほど窓から離れなかったのも理由の1つだったりする。
「ティアちゃんティアちゃん」
「はい。何ですかカコお姉ちゃん」
向かい側に座るティアに声をかけるカコ。
クレアが御者席にいるため、ティアの横にチャコ。向かい側にカコ、リッカ、シュトが座っている。
馬車は縦長で1つの廊下と2つのコンパートメントに分かれていて、使っていない方は荷物置き場あるいは使用人席としている。
使用人が使うこともあるので簡易魔導キッチンが付いているため、ティア達が座っている場所より狭い。
「ティアちゃんも起きて時間も経ったしフェゴの話ししてもええ?」
「はい。お願いします」
ティアは起きてから身だしなみを整えるために異空間に入っていた。
今は異空間から戻ってきてしばらくのんびりとした後だった。
「えっとな。ティアちゃんが魔獣化スノーモンキーの足止めしてくれたお陰でクレアが間に合って、結果として馬車を引いてる馬が無事やねん。ありがとな〜」
「はい!」
「でもな、ティアちゃんが結界に籠るんじゃなくて、相手を閉じ込めるようにして欲しかったわ。心配したんやで〜?」
「それは…ごめんなさい…」
「まぁ無事だったからいいニャ!今後は誰か1人はティアちゃんの側にいることにしたから安心していいニャ!」
「わかりました。お願いします」
カコの言葉で気落ちしたティアをチャコがフォローすると、ティアは改めて頭を下げた。
「というわけでお小言はここまで〜。あの戦闘では死者は出んかったし、村人も怪我人0!まぁ冒険者は重傷者が数名出たんやけど、しばらく安静にしてれば治るやつやったよ〜」
「そうですか。誰も亡くなられていないのは良かったです。皆さんは怪我はないのですか?」
「ウチらは誰も怪我してへんから安心し〜」
「はい」
ティアは全員の身体を見てカコの言葉に納得した。
もしも、見えない所を怪我していればわからないのだが、そこまで疑ってるわけではないので、気にしなかった。
ただ自分の目でも確認したかっただけである。
「それでな。ティアちゃんは泣き疲れて眠ってたからベッドに寝かせて、ウチらは打ち上げに出てん」
「打ち上げですか?」
「そうニャ。勝ったからご褒美みたいなものニャ!」
「……私達が1番活躍した……」
「お姉ちゃん達が1番だったのですか!すごいです!」
「のじゃー!」
クレア達以外の冒険者は中級にてが届くぐらいの実力しかないため、冒険者学校特別クラス所属のクレア達には敵わない。
特別クラスは特殊な能力を持っている者が集められたクラスで、この4人は戦闘に特化しているため尚更だった。
「その打ち上げの席でな。ウチらに言い寄ってきたり、人化できるリッカちゃんを売るために寄こせって言ってくる人たちが出てきてん」
「え?!リッカちゃんを?!」
「もちろんウチらが断ってるから問題ないねんけどな〜」
「あまりにしつこい商人だったから、クレアが怒ってぶちのめしちゃったニャ」
クレア達の実力を知る冒険者は静観していたが、村人達が言い寄っていたのである。
強い冒険者を村に留めさせる手っ取り早い方法は婚姻であるため、村の男達がこぞってクレア達に迫ったのだ。
しかし、クレアは王女なので村人には当たり障りのない挨拶をして煙に巻き、チャコは「私より強いやつじゃないとイヤニャ」の一言で諦めさせ、カコは村人をチラッと見た後食べ物を持って消え、シュトは人睨みして黙らせた。
村人達はすぐに大人しくなり、他の冒険者と飲み始めたのだが、人の減ったクレア達のところに1人の商人の男が近づいてきた。
その男は商人組合副組合長を務めていたのだが、クレアの前に立つとリッカを売れと命令してきたのである。
クレアは王女だが、冒険者として活動しているうちは王家に連なるものとして動いていない。
そのため、どんなに無礼に扱われても冒険者に対してなら仕方ないと割り切るのだが、副組合長の言い方には少々我慢ならないものがあり、いささか冷たくあしらった。
小さな村でも商人組合の副組合長なので、ある程度の資産と無駄に大きなプライドがあった副組合長は、クレアの態度に激昂し、在ろう事か子飼いの冒険者に対してクレアを捕らえろと命令したのである。
もちろん、子飼いの冒険者も防衛戦に参加していたので実力差から動かなかった。
いくら雇い主でも、死ねと言われて死ぬ冒険者はいない。
冒険者が動かないことで更に怒った副組合長はシュトの隣でお肉をモリモリと食べていたリッカを奪おうと動いた。
その瞬間、副組合長が吹き飛び広場に転がされ、その後を追ってきたクレアにボコボコにされた訳である。
クレアはチャコに止められるまで殴り続けていた。
もちろん魔法は使用していなかったが、チャコもなかなか止めなかったので、副組合長が防衛戦に参加した冒険者より重症になってしまった。
「その後はお開きになったからみんな寝てん。で、次の日の朝にメモリアから移動してきた冒険者達が到着してんけど、組合長が話をする前に、自宅で療養してる副組合長に呼び出されてん」
「リーフさんは誤解を解く時間がなさそうだから私達を逃したニャ。移動許可ももらってたし、準備はできてから問題なかったニャ」
「逃げずに話すことはできなかったのですか?」
「無理やろな〜。あの副組合長は自分の都合のいいように説明したらしいから、ウチらが悪者扱いされるし、防衛戦に参加してた冒険者も実力がある冒険者に真っ向から間違ってるなんて言わんからな〜」
「それに、誤解を解く時間ももったいないニャ。多分、1度拘束されてしまうはずだし、誤解が解けるまでどれぐらい時間がかかるかわからないニャ」
「そうなんですか」
副組合長は自分がリッカを奪おうとしたことは言わず、商談相手に襲われ、金も奪われたと報告したのだ。
実際にはお金は奪われていないどころか、クレアが治療費としていくらか金貨を渡しているぐらいだった。
冒険者達は到着したことを組合に伝えに寄ったところ、副組合長の下で働く者に連れられてしまい、暴力を働く冒険者がいると言われた。
そんな冒険者がいると、冒険者全体に悪評が広がってしまうため、中級や上級の冒険者は自主的に取り締まるようにしている。
相手がクレア達だと知るのは、一行が馬車で村を出てからだった。
王女が冒険者を目指しているということから、マーブル王国の中でクレアを知らない冒険者はいない。
クレアの噂話では、悪を裁くことはあっても、悪事を働くことはない。
もしも副組合長からクレアの名前が出ていれば、即座におかしいと気づけたのだが、副組合長は相手の名前は知らないと言い、組合の2階に寝泊まりしていることを伝えただけだった。
「とまあそんな訳で寝てるティアちゃんを連れて馬車で移動中なんよ」
「あの、もうフェゴには行けないのですか?」
「それは大丈夫ニャ。リーフさんがしっかりと説明してくれるから、誤解は解けてるはずニャ」
「それならよかったです」
チャコの言う通り、すでに誤解は解けていた。
騒ぎを起こしたのは副組合長であること、相手がクレアであったこと、内容が司書の従魔である精霊竜を売れと迫ったことなどから冒険者達による強い意見を受け、副組合長の任を解かていた。
組合から脱退させられていないだけマシで、今後はただの1商人として働くことになっている。
「そろそろお昼休憩しようか!」
御者席へと続く扉の小窓を開けて、クレアが声をかけてきた。
それを合図にフェゴの話は終わり、今後の話へと移り始めた。




