Page63「フェゴ防衛戦ー終了 そしてー」
クレア達を送り出したティア達は広場で待機していた。
ペンシィは「拡張する」と言ってから異空間に戻った。
契約精霊は契約者が呼び出さない限り異空間か、精霊自身の領域にいるはずなのだが、ペンシィは自由気ままに出入りしている。
ティアが幼いので補助の理由が強く、護衛が増えた今は異空間で環境を整えたり、本来の仕事である情報整理を行なっている。
なので、ティアの横にはリッカしか居らず、暇を持て余していた。
「ティア〜。やることがないのじゃ〜」
「そうですね。私もすることがありません」
「むぁ〜」
リッカは雪掻きで積まれた小山の上をゴロゴロと転がっている。
土が混ざっていない真っ白な雪なので服が汚れることはないので、ティアは注意しなかった。
というより、ティアもやりたくてうずうずしているので、注意するということが頭になかった。
そもそも状態維持の魔法が付与されているので、汚れる心配はないのでティアもやればいいのだが、待機中なのでギリギリ踏みとどまっている。
メモリアでは気候管理も行われていたため、精霊樹があった中庭に雪が積もることはなかった。
白竜山脈を進んでいる最中は、必死だったため気にならなかったが、時間のある今とリッカのはしゃぎ様に心惹かれている。
「む?」
もう少しでティアも雪に向かって飛び込むという時に、リッカが上体を起こしてある方向を見た。
それはクレア達が防衛のために出向いた方向とは逆だった。
つまり、王都へと続く道である。
「リッカちゃん。何かありました?」
「んー。ちょっと見てくるのじゃー!」
ティアの返事を待たずに、リッカが竜になって飛んでいった。
リッカの居た場所には服が脱ぎ散らかされている。
まだ、リッカ用の異空間を作っていないので収納先がない。
また、祖母のクリスティーナが一瞬で着替えた方法も教えてもらっていないので、リッカは竜化と人化のたびに全裸になっている。
飛び立ったリッカは、そのまま進むと結界にぶつかるはずだったが、自分が通る部分だけ食べて突き進んだ。
ティアに言えば一部だけ解除できることを知らないので無理矢理通るしかなかったのだ。
ついでに小腹も満たしている。
「えっと…」
置いていかれたティアは、リッカが脱いだ服を回収して異空間に入れた。
手に取った服はまだ暖かいようだ。
《スノーモンキーが1匹だけいるのじゃー!このままだと馬が襲われるのじゃー!》
「え?!」
《リッカちゃん!倒せますか?!》
《速くて当てられないのじゃー!》
《わかりました!私が向かいます!リッカちゃんはしばらく足止めをお願いします!》
《わかったのじゃー!》
リッカは雪の中を進んで反対側に回ったスノーモンキーが、達成感からか大声で鳴いた声で気づき、確かめるために向かっていた。
ただ、リッカはスノーモンキーに翻弄されて仕留められないようだ。
子供と言えども竜なので、攻撃さえ当てればある程度のダメージを与えることができる。
空から強襲すれば一撃で仕留めることもできたが、すでに相手に見られているため警戒され避けられているようだ。
それを聞いたティアは、スノーモンキーが居る方へ向かった。
レインとゴルディアを出せばスノーモンキー1匹なら倒せると判断したようだ。
ちなみに、ティアが初めて念話で会話したのだが、本人は夢中で気がついていない。
馬車を見るために通った道をさらに奥へと進むとリッカがスノーモンキーを追いかけていた。
普通より大きいスノーモンキーだったが、瞬発力は変わらないようだ。
「リッカちゃん!一応カコお姉ちゃんに伝えて来てください!ここはレインさんとゴルディアさんで抑えます!」
ティアは言いながら異空間からレインとゴルディアを引っ張り出す。
『うぉ?!』
『ぬ?』
いきなり引っ張り出された2人は何が起きたかわかっていなかったが、スノーモンキーの姿を確認するとそれぞれ戦闘態勢に入った。
『ちょっとデカイな。俺たちより大きいぞ』
『そうだな。群れのボス的存在だろうな』
スノーモンキーは通常の2倍以上の大きさだった。
ぬいぐるみ4体ほどの大きさである。
スノーモンキーは空を飛んでいるリッカよりも、ティアとぬいぐるみを警戒していた。
《すぐに伝えてくる…のじゃー?》
リッカが白竜山脈側に向かおうとしたところ、遠くから遠吠えのような甲高い音が聞こえてきた。
その音を聞いたスノーモンキーは、どこに隠していたのか黒い雪玉を取り出し、それを食べた。
「キィィィィィ!!」
黒い雪玉を食べたスノーモンキーの体がみるみる黒くなり、体も大きくなっていく。
犬歯は延びて獲物に突き刺せるように、爪も鋭利に延びて斬り裂けるようになっている。
「ガァァァァァ!!」
『魔獣化かよ…』
『モンキーというよりコングだな』
ぬいぐるみの2人は平然としていたが、ティアは初めて見た魔獣化に呆然としていた。
それを見たリッカが声をかけて正気に戻した。
《ティアー!行ってくるのじゃー!》
「あ…。はい。お願いします!」
リッカが飛び去るのを見送ったティアは、魔獣化スノーモンキーを見つめる。
ティアの体であればやすやすと千切れそうな腕を見て怖くなったが、目の前にレインとゴルディアが立ったことで何とか呑まれずにすんだ。
「ティアちゃん。とりあえず結界張っとこう。強めにね」
「あ、ペンシィさん。結界ですね」
いつの間にか現れたペンシィの指示に従って集めの結界を周囲に張る。
もちろんレインとゴルディアは範囲外だった。
『この体でどこまでできるかわからないけど、やるだけやってみるわ』
『そうだな。今の我らでは足止めが精一杯であろう』
「えっと、よろしくお願いします!」
『あぁ!任せとけ!』
レインとゴルディアは同時に飛び出し、攻めかかる。
左右に分かれて攻めているが、リーチの差が大きく思うように攻撃ができないようだ。
レインは魔力を纏わせたナイフで切っているので小さな傷いくつも作ったが致命傷には程遠い。
ゴルディアは魔獣化スノーモンキーの体に魔力を流して、相手の魔力を乱そうとしているが、魔獣化の原因になった魔力が魔王の時のゴルディアの魔力なので、思うようにいかないようだ。
数回交錯した時点で倒せないことを悟ったのか、あからさまな時間稼ぎを行いだしたが、それを悟られレインは握りつぶされ、ゴルディアは遠くに吹き飛ばされた。
ぬいぐるみの体は時間と共に直るが、一瞬で治るわけではないのでレインは戦闘不能。
吹き飛ばされただけのゴルディアだが、距離を詰めるには時間が必要だった。
そのため、魔獣化スノーモンキーの狙いはティアになり、結界に対して拳を叩きつけ始めた。
ティアが大量の魔力を注いだため、そう簡単には壊れることがない上に、追加で魔力を注いでいるので、もしかしたら魔獣化スノーモンキーでは壊せなくなっているかもしれない。
そのことがわからない魔獣化スノーモンキーは、執拗に結界を叩く。
結界にヒビが入ったわけではないが、凄まじい形相で結界を叩き続ける魔獣化スノーモンキーが怖くなり始め、ペンシィが結界越しに魔法を準備し始めた時、目の前の魔獣化スノーモンキーに赤い剣が突き刺さった。
そして次の瞬間には剣が爆発した。
その衝撃は結界をビリビリと揺らすほどだったが、それでも傷1つ付いていない。
吹き飛んだ頭の無くなった魔獣化スノーモンキーの体に対して、連続的に爆発が襲う。
よく見ると爆発の中に赤い影がチラチラと見えるのだが、驚いて固まっているティアは気づかなかった。
そして、急に爆発がやんだかと思うと、赤く染まった雪の中にクレアが立っていた。
爆発を使用して急いで駆けつけたのである。
その結果、結界に集中していた魔獣化スノーモンキーの隙をついて剣を突き刺し、一撃で仕留めた。
しかし、ティアが襲われていることにキレたクレアは、自身で編み出した爆裂格闘術で魔獣化スノーモンキーを原型がなくなるほどに吹き飛ばしたのだ。
返り血を浴びていないが、元から全身真っ赤なため、周囲の凄惨たる景色に合っていて、どこか幻想的な雰囲気すら漂わせていた。
納刀しながらティアに近づいてきたので、結界を解除して待つ。
ふと、自分が危険なことをしたことに気づいたティアは、怒られると思いギュッと目を瞑っていたが、クレアはそんなティアを優しく抱きしめた。
「頑張ったね」
「あ……はい……ありがとう……ございま…す……グスッ…」
抱きしめられたティアは静かに泣き出した。
結界越しに魔獣化スノーモンキーに襲われた恐怖からか、泣き疲れて眠るまでクレアに抱きしめられたままだった。
リッカやチャコ達が合流しても起きることはなく、レインとゴルディアはペンシィが回収して、一緒に異空間に入っていった。
ティアの対応はクレア達に任せるようだ。
防衛戦は死者こそ出なかったものの、重傷者が3名出た。
その怪我も冒険者を廃業するほどではないので、しばらく安静にした後復帰することになる。
そして警戒が必要なため、お酒抜きの祝勝会を終えた翌日の昼にティアが目を覚ました。
「ティアちゃんが起きたニャ!」
「おはようございます…」
「はい。おはようさん」
「……おはよう……」
「おはようなのじゃー」
ティアはボーッとした頭で、ガタガタと揺れる場所に疑問を覚えつつも、クレアがいないことに気づいた。
「あの、クレアお姉ちゃんはどこですか?」
「クレアはあそこにいるのじゃー!」
リッカが指をさした先には小さな扉があった。
ティアは寝起きのおぼつかない足取りで進み、扉を開けた。
「ん?あ、おはようティアちゃん」
「おはようございます…。あれ?ここはどこですか?」
「チャコ達から何も聞いてないの?今は移動中で、ここは私たちが使ってる馬車だよ」
「馬車ですか?」
言われてクレアが手綱を握っていることに気がつき、手綱を辿ると二頭の白馬が目に入った。
後ろを振り返ると赤い壁が見えた。
どうやらクレア達の馬車も赤いようだ。
「今はフェゴを出てしばらく走ってるところだね。もうすぐお昼だよ」
「え?」
どうやらティアが寝ている間に馬車に乗せられ、いつの間にかフェゴを後にしていたのだった。
3章終了です。
何とか誕生日に完結させることができました。
次回から「??と ??????と ???」開始します。
シナリオが進むまで章タイトルは伏せさせていただきます。




