Page62「フェゴ防衛戦ー戦闘開始と爆裂王女クレアー」
フェゴ村の白竜山脈側出入口を出たところに冒険者達が布陣し、山脈から迫る獣に対して魔法と矢が放たれている。
獣達は距離があるためなす術なくやられているが、その距離は次第に縮まっている。
足の速い獣に合わせて攻撃をすれば後続が迫り、それに対応しようとすれば前衛が迫る。
本来であればしっかりと連携を取る必要があるのだが、この場に集まった冒険者達は低ランクばかりなので、経験不足もあってうまく対応できていない。
そのため、負荷が一箇所に集中しだした。
カコとシュトである。
「もう!正面はウチがやるって言うたやん!」
「……魔法使いの撃ち漏らしだけ狙って……」
カコとシュトは攻撃しながら他の魔法使いや弓使いに指示を出す。
しかし、カコとシュトの攻撃速度に合わせられる者がおらず、結果として同じ敵を二回攻撃したり、シュトの射線を遮る魔法を放っている。
「ここままさとあかん!姫さん!チャコ!左右から挟んで!残りはウチらで対応するから!」
「カコは大丈夫?」
「大丈夫や。リーフさんもおるし、冒険者も近接戦闘ならなんとかなるやろ。なんとかしなあかんねん」
「わかったニャ。私とクレアが出るニャ。私は右から、クレアが左からニャ」
「わかった!」
クレアは両腰の剣を抜き、赤い刀身を光らせながら左に向かう。
チャコは一瞬かがんだかと思うと、一気に跳躍して右側の敵集団に突っ込んでいった。
カコは会話しながらも魔法を放っていたので、敵の侵攻は中央が凹み左右が突出する形になっていた。
その左右をクレアとチャコが叩くのである。
カコの後ろではリーフの指示なく動いたクレアとチャコに対する文句が出ていたが、リーフが「ならお前達も行ってこい。止めはしない」と伝えたところ大人しくなった。
緊急依頼は参加者全員に対して同一の報酬が与えられる。
そのため活躍したかどうかは関係ないが、クレア達に嫉妬して先ほどの発言に繋がったのである。
その発言が聞こえていたカコとシュトは、またかという気持ちのまま前方に向かって攻撃していた。
左右の突出をクレア達が抑えたことで、敵の侵攻ルートが正面のみとなり、その他の魔法使いと弓使いも落ち着いて対処できるようになった。
ようやくカコとシュトにも余裕が出始めていた。
それでも間を抜けてくる獣が出始めたため、待機していた冒険者達も戦闘に参加するようになった。
敵はスノーウルフやスノーモンキーが大半で、時たま雪玉のようなスノーマンが見受けられる。
この場にいる冒険者でも一対一であれば倒せる相手なので、複数人で対処している間は問題ない。
一度でも崩れたら持ち直せない危うさをリーフは感じ取っていた。
そのまま軽い負傷者が出る程度で、死者が出ることなく戦闘が進み、やがて山脈の奥から体を黒く染め上げて赤い瞳でこちらを見つめるスノーウルフが出てきた。
スノーウルフが闇の魔素の影響で魔獣化した姿だった。
「ついに出てきたか…。ひとまず私が様子見で出る!皆は周囲の敵に集中しろ!」
リーフは剣を抜いて飛び立った。
前方に跳び上がり、背中と足裏から風を生み出して飛んだのである。
ティアが見ればとても興奮したことだろう。
個人の力で飛ぶことを夢見ているため、即座にリーフに教えを請うことが予想される。
リーフは滑空しながら魔獣化したスノーウルフを切りつけ、巨体の後ろに着地する。
そこからは雪の上を滑るように足先に風を生み出して細かく切りつけている。
仕留めるための攻撃ではなく、注意を向けさせるための攻撃なので、威力よりも手数や回避に重点を置いた攻撃だった。
その攻撃は思惑通り魔獣化スノーウルフを苛立たせたようで、執拗にリーフを狙って攻撃している。
その間に他の冒険者が周囲の獣を削ることで、魔獣化スノーウルフを包囲するための準備が進む。
「ガァァァァァ!!」
「くっ!」
周囲の獣の数が目に見えて減り始めたところで魔獣化スノーウルフが咆哮を上げた。
通常のスノーウルフであれば仲間を呼ぶ程度の効果しかないが、魔獣化している今は周囲に魔力の波動をぶつけることができるようだ。
かろうじて剣を構えたリーフだったが、剣で覆っていない部分へのダメージが見てとれ、動きが鈍くなっていた。
その後の攻撃には先ほどまでの美しさはなかった。
高速で動き回るために防御を捨てて軽い装備を選んだ弊害である。
「リーフさん!チャコお願い!」
「わかったニャ!」
クレアがリーフの様子を確認し、チャコに声をかける。
チャコは返事をしながら周囲の獣に糸のついた針を投げ、互いの動きを封じてクレアが動きやすいように調整した。
「お前らの相手は私だニャァァァァァ!!」
チャコも魔獣化スノーウルフと同じように魔力をのせて吼えた。
魔獣化スノーウルフとは違い、その方向にダメージは無いが、周囲の獣の意識をチャコに向けることは成功した。
いわゆる挑発技である。
周囲の獣を一瞥したクレアはリーフと同じように跳び上がり、その足裏が爆発した。
ボムッという鈍い音を鳴らしながら空中を跳ねるように移動して魔獣化スノーウルフの上に到達すると、柄尻を爆発させて速度を増して背中に二本の剣を突き刺す。
リーフとは違い倒すための一撃なので、体重を乗せた一撃だった。
「ゴァアアアアアア!!」
魔獣化スノーウルフの悲鳴にも似た咆哮が響く。
例え本人の体重が軽かったとしても、装備の重さと爆発の加速によって突き立てられた剣は、深々と刺さり激しい痛みを与えた。
そして追撃かのように刺さった剣が爆発した。
「よし!抜けた」
深々と刺さり、攻撃されたことで筋肉が締まったため剣が抜けなくなったのだ。
クレアは大型の獣と戦うたびにこの状態に陥っているため、抜けなければ隙間をあければいいと言いながらこの技を行うのだった。
結果としては隙間を開けているのではなく、爆発の反動で抜いているだけである。
「ゴ…アァァ…」
人間数人分の巨体とはいえ、背中から深々と剣を突き刺され、挙げ句の果てにその刀身が爆発したのである。
周囲に肉片が飛び散り、夥しい血が流れている。
内臓も抉れたようで、どう見ても瀕死の状態である。
「流石だな。これが噂の爆裂王女か」
「いえいえ。リーフさんが注意を引いていてくれたからですよ。私だけだとこんなにうまくいきません」
隣に並んだクレアに対してリーフが称賛したが、クレアはそれをリーフのおかげだと返した。
クレアの言葉通り、この攻撃は他に注意を引く人がいるからできることであって、1人で行う場合は相打ち覚悟でやらなければならない。
クレア1人で戦っていた場合は、爆発によって威力を上げた横薙ぎなどで足を攻撃し、機動力を奪ってから行うので先頭に時間がかかる。
リーフが注意を引いていたからこそ、空中から教習できたのである。
「さて、トドメを刺すべきだが、譲ろうか?」
「いえ、リーフさんお願いします」
「わかった。任せてもら、む?」
「アオォォォォォォン!」
魔獣化スノーウルフに注意を向けながら話していると、魔獣化スノーウルフが上空に向けて嘶いた。
先ほどの咆哮とは違い、その声にダメージはなかった。
そして、その声を聞いた獣たちは一目散に山へと戻って行った。
だが、魔獣化スノーウルフだけはその場に残り、クレアを睨みつけている。
その目からは、少しでも隙を見せれば残った力を使って噛みちぎろうとしていることがわかる。
「先ほどはお譲りすると伝えましたが、私がトドメを刺してもよろしいでしょうか?」
「あぁ。構わない。どうやらクレアしか見えていないようだからね」
「ありがとうございます。では」
「なっ?!」
リーフに許可を得たクレアは、魔獣化スノーウルフから目を離し、よそ見した。
警戒も解いたせいか、魔獣化スノーウルフが跳びかかり、その牙がクレアに当たる瞬間、クレアの鎧が爆発した。
それにより頭が吹き飛んだ魔獣化スノーウルフは、爆発の衝撃で大きく吹き飛んだ。
「まったく…無茶をする…」
「これは無茶じゃないですよ」
呆れたリーフに笑顔で答えるクレア。
周囲の獣も山に帰り、残ったのは死骸だけとなった。
冒険者達にも安堵の表情が浮かんだところで、カコの元にリッカが飛んで来た。
「きゅあー!きゅきゅきゅー!」
「え?何なん?何言うてるかわからんよ〜」
竜の状態で何かを話しているリッカだったが、全く伝わっていない。
それに気づいたのか人化したが、何も着ていない状態だったので、即座にカコがマントで包んだ。
「どないしたん?」
「向こう側に黒くて大きなスノーモンキーが現れたのじゃー!」
「え?!」
どうやら防衛戦は魔獣化スノーウルフを倒して終わりではないようだ。