Page 6 「メモリアと祝福」
クリスと手を繋いで魔方陣を抜けたティアの目の前には高さ2m程の石碑があった。
壁には細い木の根や蔦が絡まっていて、所々花が咲いている。
石碑の奥には10m程の橋が架かり、橋を渡ると祭壇へと続く階段がある。
祭壇から湧き出る水が橋の下を通る溝へと流れ落ち、小さな滝をいくつも作っている。
祭壇の奥には直径3m程の青い球体がある。
その球体を覆うように樹の根が張り巡らされており、その頭上には精霊樹の幹があった。
室内の半分を精霊樹の幹が占めていた。
「お祖母様…あの木は精霊樹ですよね?」
「そうだよ。精霊樹はメモリア様から力を貰って成長するんだ。異空間に根を張っているから、もし地表に出てる精霊樹が攻撃されても異空間にある本体への影響は無いんだけど、精霊樹に住んでいる精霊達は、一時的とはいえ住処をなくしてしまうから注意が必要だよ」
「心得ておきますが、精霊樹が攻撃されるようなことがあるのでしょうか?」
「結界もあるし、外部からの攻撃で傷ついたことは今まで無いはずだよ。精霊樹を傷つけるのは駆け出し司書の戦闘訓練だね。みんなうまく制御できなくて、魔法の流れ弾とかを精霊樹にぶつけるのさ」
苦笑いで説明するクリスと、そんなクリスを見て懐かしむレイズ。
二人の表情から苦楽を共にした絆を感じとったペンシィは、自身もティアとより良い絆を結べるよう決意を新たにしたのだった。
そんなペンシィに気づかず石碑を見ていたティア。
石碑の一番上に開いた本と羽根ペンのマーク。
その下に主精霊、更に下に《司書長 クリスティーナ・メモリア 契約精霊:レイズ》となっていた。
クリスの下には《司書》の列と、《準司書》の列があり、司書の列には9個、準司書の列には200個程の人名らしき文字が書いてあるが、ティアには読めなかった。
枠外に《見習い司書 ティア・メモリア 契約精霊:ペンシィ》と書いてあるのがわかっただけだった。
「お祖母様、この石碑なのですが、メモリア様とお祖母様と私の名前以外読めません。あと、私が見習い司書になっています。どうしてでしょうか?」
ティアは自分の名前が書かれている部分を指差しながらクリスに問いかける。
石碑の向こうへ進もうとしていたクリスは、石碑まで戻りティアの質問に答える。
「この石碑は司書の名簿さ。秘匿の魔法の効果で見る人によって読める内容が変わるんだよ。読めるのはリンクを繋げている人だけさ。メモリア様は主精霊だから例外で読めるんだよ。で、ティアが見習いの理由は、メモリア様に祝福されてないからさ。祝福されて、精霊と契約することで司書になれるんだ。けど、ティアは先に精霊と契約して、祝福されてないから、まだ見習い司書なんだ」
「祝福されるまで見習い司書なのですね。では、司書と準司書の違いは何でしょうか?」
ティアは司書と準司書を交互に指差す。
「司書は血の関係でメモリアの一族しかなれないんだ。でも一族だけで管理するにはメモリアは大きすぎるし、情報を集めるために各地に赴かないといけない。そこで準司書さ。準司書は司書の部下って考えでいいよ。司書が準司書に魔力を渡す。準司書は契約主の司書が管理する空間で物品を、本を使って情報を渡すのさ」
「なるほど、それでこんなにも沢山の準司書の方がいるのですね。ということは、メモリアでお見かけしているお祖母様以外の10人の司書は準司書だったのですね」
「そうだね、メモリアに司書は私だけだよ。ティアは司書エリアと精霊樹の庭園以外への立ち入りを禁じてるから10人しか知らないけど、メモリアには80人程居るよ」
「80人も居るのですか!?図書館や博物館などにですか?」
「そこにも居るし、それ以外にも街エリアにある冒険者組合や商業組合にも居るよ。ちなみに、石碑に書かれている準司書の8割が私の部下で、その内の半分がメモリアで働いてる。もう半分が冒険者組合や商人組合で働いてる人だね。この2つの組織は情報が必要だから、準司書同士で情報のやり取りをしてるのさ」
「沢山の部下がいらっしゃるのですね!さすがお祖母様です!」
キラキラした眼でクリスを見るティアと、どこか誇らしげなクリス。
「私は司書長として施設の管理があるし、各国各街の組合に人員を置いとかないと、いざって時に動けないからね」
「お祖母様はいろんな国に部下がいるのですね。いつか私も準司書契約をするのでしょうか?」
「メモリア様からもらう仕事がどんな内容かわからないけど、することになるだろうね」
「そうなのですか。その時を楽しみにしています」
「楽しみにしておくといいよ。それじゃあメモリア様に祝福してもらおうか」
「はい!」
二人は石碑の奥へと進む。精霊2人は互いの近況を話しながらついて行く。
途中、歩みを止めて下を覗き込むティアを急かしつつ橋を渡り、祭壇へと続く階段を上ると、ティアを歓迎するかのように、樹の根に覆われた青い球体が光を放つ。
「さて、私とレイズはここまでだ。ここからあの中央にある水が湧き出ているところまで、ティアとペンシィだけで進みな」
「わかりました。行きましょうペンシィさん」
ティアは水が張っている舞台に歩みを進める。
ぱちゃという音と波紋が広がり、ローファーの側面を濡らす。
幸いにも底が浅く、水が入ってくることはなかった。
「ペンシィさん、あの樹の根元にある青く光っている球体は何なのでしょうか?」
「あれはメモリア様が宿っている精霊石だよ」
「あれが精霊石なのですか?本に載っていた大きさは手のひらに収まるぐらいでしたよ?」
「主精霊だからね〜。他の主精霊の精霊石も同じぐらいの大きさのはずだよ。ちなみにティアちゃんの本の表紙に嵌っているのはアタシの精霊石だよ」
「これがペンシィさんの精霊石…」
ティアは本の表紙に嵌っている精霊石を撫でる。
精霊石はティアの手のひらに収まる大きさだった。
やがて舞台中央の水が湧き出ている穴の前へとたどり着く。
ティアが穴の前に立つと、精霊石が放つ青い光がより一層強くなり、声が響いてきた。
『初めまして、ティアさん。記憶と記録の精霊メモリアです』
「え?えと…初めまして、ティア・メモリアです…」
どこから聞こえてくるのかわからない声に、周囲を見回しながら答えるティア。
ペンシィがティアの前に飛び出し、球体を指差す。
『響いているせいでわかりづらいですよね、申し訳ありません。あまり時間をかけることでもないので早速祝福を行います』
「は、はい」
『今からティアさんは水に包まれますが、呼吸はできるので安心してください。では』
メモリアの声と同時に、ティアの目の前の穴から、青く光る水が勢いよく出てきた。
水はティアを包み込み、球体になった。
続けて穴から12個の光が現れ、水に包まれたティアの周囲を回りだした。
「メモリア様!全部は無茶だと思います!」
『ティアさんの魔力量であれば問題ありません。また、水を通して適性があることも確認しています』
ペンシィは手を挙げて抗議したが、メモリアは受け入れなかった。
周囲を回っていた光は、水球に飛び込み、ティアの胸の中に収まった。
「んんっ!?」
ティアの体を異物感が襲う。
水球の中でもがくも、一度入った光は出てこない。
それどころか水が暴れるのを妨げるかのように絡みつく。
しばらくもがいていたティアだったが、ふっと異物感が消えた。
異物感の消失と共に水球の光が収まり、球形を保てなくなった水が舞台へと流れ落ち、水と共に床へと投げ出されるティア。
ペンシィはすぐさまティアの横へ移動し、ティアの無事を確認した。
『祝福が終わりました。ティアさん、本の表紙をめくって描かれている絵の内容を教えてください』
「けほっ、わ、わかりました」
投げ出された時に水を飲んだティアは、咳き込みながらもよろよろと立ち上がり表紙をめくる。
そこには大きな円と、その円を囲むように12個の小さな円があり、大きな円の中には何も描かれていないが、周囲の12個の円には先ほど見た石細工の絵がそれぞれ描かれていた。
「12個の小さな円と、小さな円に囲まれた大きな円が一つあります。小さな円には石細工の絵が、大きな円には何も描かれていません」
『12個の小さな円の絵は、私と旅をした仲間の武器です。祝福によって、それぞれの武器や、技を扱えるようにしました。通常は本と羽根ペンに加え2つ程なのですが、ティアさんの魔力量だと12個全てを扱えるので、全ての祝福を行いました。また、中央の円はティアさんの戦い方が決まれば、自ずと描かれますので、今は気にしないでください』
「12個の武器ですか…。あの、私の魔力は多いのですか?ペンシィさんと会うまで魔力量について知らなかったので、どのぐらい多いのかがわからないのです」
『そうですね。人族の中では上から10番目程でしょう。これからも増えるので、将来的には5番目以内に入ると思います。魔力の質は旅をしていた頃の私に近いので精霊にも愛されているはずです。もしかしたら精霊王に出会って、いつか主精霊になるのかもしれませんね』
少し嬉しそうなメモリアの声が響く。
ティアは首をかしげている。
「10番目…すごいのだとは思うのですが実感がありません」
『ずっと司書エリアで生活していたティアさんには実感がないと思いますが、使ったり他の人と接するうちに自ずとわかってきますよ。では、祝福を終えた新人司書ティアさんに主精霊メモリアから役割を与えます』
「役割ですか?」
『そうです。各司書には役割があります。役割に加えて司書長から指示を受けたり、各個人で仕事をするのです』
「わかりました。がんばります!」
『ティアさんの役割は[世界を旅して様々な技術や情報をメモリアに届けること]とします』
「旅…ですか?」
『そうです。数年間は祝福で得た力を使いこなす練習をしてください。そうですね…15歳になったら冒険者となり、世界を旅するのです』
「冒険者…わかりました。ペンシィさんと共に頑張ります」
『ペンシィ。任せても大丈夫ですね?』
「お任せくださいメモリア様!ティアちゃんと一緒に頑張ります!」
本で読んだ冒険者になることに胸を躍らせるティアと、旅に出ることを喜ぶペンシィ。
そんなペンシィにメモリアから注意がとぶ。
『本当に大丈夫ですね?整理のようになりませんか?ティアさんと契約しても私の配下なので罰則は与えられるのですよ?』
「だ、大丈夫だってば!問題なし!」
『ティアさん。ペンシィが働かなかったらクリスに言うのですよ。約束ですよ?』
「は、はい。わかりました」
『これで祝福は終了です。クリスティーナとレイズも案内ご苦労様です。今後の指示は追って連絡します』
クリスとレイズはその場で一礼する。
樹の根に覆われた球体が放つ青い光が弱まっていき、うっすらと光る青い球体に戻る。
ティアはメモリアの精霊石に一礼した後階段まで戻り、階段を下りながらクリスと話す。
「これでティアも司書だよ。おめでとう」
「ありがとうございます」
「しかし、12種の祝福か…しばらく訓練で忙しいだろうから、私の話は落ち着いてからだね」
「わかりました、しばらくは訓練に励みます。そういえば、お祖母様はいくつ祝福されたのですか?」
「私は盾、弓、ナックルガードとグリーブ、ロザリオ、包丁、本と羽根ペンだよ」
「お祖母様でも6つなのですね」
「6つでも持て余してるさ。使ってるのは半分ほどだ。数じゃなくてどれだけ使いこなせるかだよ」
「はい、わかりました」
話しているうちに石碑まで戻ってきたティアは、石碑を覗き込む。
そこには枠外ではなく、司書の再下段に《ティア・メモリア 契約精霊:ペンシィ》と書かれていた。
次も戦いません