Page 59「干し肉騒動」
食料を買った後は雑貨買いに行く。
食器やクッションを買い、お土産用なのか変わった置物を買い、獣の素材を使ったアクセサリーも買った。
食器とクッション以外は全てチャコが先導していた。
挙げ句の果てには野宿用の寝具としてベッドを買おうとしたが、異空間で宿泊できることを伝えると落ち着いた。
ティアが居ないと出せないことも伝えると、自分の暴走具合に気づいたのか少し落ち込んだ。
「ティアちゃんごめんニャ」
「いえ、楽しかったです」
ティアは買い物に出たとしても祖母のクリスティーナと一緒で、商品を選ぶのも支払うのもクリスティーナだったので、自分で商品を見れた今回の買い物を楽しんでいた。
その気持ちを表すようにニコニコしているティアを見て、チャコは元気になった。
「あと一箇所だけ買いに行きたいニャ!…でも、私の趣味だから1人で行ってくるニャ!」
「ついて行きますよ?」
「大丈夫ニャ!クレアと先に戻って昼食までゆっくりしてるといいニャ!」
「わかりました」
元気になったチャコは最後にもう一箇所買いに行きたいと言った。
その瞬間、クレアに睨まれたので1人で行くことにした。
ティアは嫌がってはいないが、初めての自由に見れるお買い物で少しはしゃいでしまい、少し疲れが出ている。
それを、一緒に見て回り、今も手を繋いで歩いているクレアは気づいていた。
なので、これ以上ティアを連れまわすなという意思を込めてチャコを睨んだのである。
もちろんティアは気づいていないので、快くチャコを見送り、チャコは脱兎のごとく走り去った。
猫なのに。
「じゃあ行こっか」
「はい」
「あ、どうせなら干し肉齧りながら戻る?」
「いいんですか?!」
「お昼ご飯が食べられなくなったら困るからひと削ぎだけね」
「はい!」
チャコが居なくなったことで密かに購入していた干し肉が食べやすくなったので、クレアは自身の経験からティアに食べるか聞いた。
クレアは初めて干し肉を買った時に即座に噛り付いたので、ティアも同じだと考えたのである。
そして、それは見事に的中した。
ティアは急いで干し肉を出すとクレアに渡す。
干し肉は表面が堅いため削って食べる。
その事は冒険譚でも出てきていたので、ティアはそのまま噛り付く事はなかった。
ちなみにクレアが初めて購入した時はその硬さに驚き、無理やりかみちぎろうと四苦八苦しているところを家の者に見つかり怒られていた。
お姫様が道端で干し肉を噛みちぎろうと必死になっていたのだ。
当然である。
「よっと」
「わぁ…」
クレアは左腰の剣を抜き、干し肉の表面を削る。
本来はナイフで行うところを精霊石の剣で削っている。
また、火属性の精霊石なので、少し魔力を流す事で炙られた状態になっていた。
これはクレアにしかできないことである。
精霊の扱いも含めて。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
削られた干し肉を渡されてさらに喜ぶティア。
細長い板状に切られていても、ティアの口には大きすぎるため、手に持ったまま齧ることになる。
薄く切られていても弾力があるため噛みきれず、口にくわえたままもぐもぐと何度も噛む。
口の中には少し強い塩っ気と、噛むことで溢れ出てきた肉の旨味、干す際に付けられた少し甘い香りが広がっている。
それを見たクレアは自分も食べたくなり、手に持ったままの塊から自分の分を削り出し食べ始めた。
「どう?」
「おいひいでふけどかみひれまへん」
「んー。ティアちゃんにはもう少し細かく切ったほうがよさそうだね」
「おねがいひまふ」
「今度ね」
「ふぁい」
ティアはクレアから干し肉を受け取ると収納した。
左手で干しのスライスを持ち、右手でクレアと手を繋いで宿泊している部屋に戻った。
カコは神に何かを書いていて、シュトはリッカの髪の毛を梳いていた。
起きたリッカはティアが居ないことに一瞬狼狽えたが、従魔としての能力でティアの位置が確認できたので落ち着いた。
そのあとはシュトにされるがままになっていたのである。
「ただいまー」
「ただいま帰りました」
「おかえり〜」
「……おかえり……」
「のじゃ〜」
クレア達が部屋に入るとカコ達が迎える。
と言っても、カコはチラリと目を向けただけで、シュトはリッカから目を離さず、リッカも髪を梳かれるのが気持ちいいのか目を瞑っていた。
なので、荷物が無いことに気づいたのはカコだけだった。
「なんで荷物ないの?全部ティアちゃんの異空間に入ってるん?」
「そうなも!時間の流れない異空間があるんだって!だから、食料は全部そっちに入れてもらった!」
「えぇ?!そんなんあるん?!マリアリーゼさんも教えてくれたらええのに…」
「そうだよねー」
荷物が無いことを指摘したカコに、チャコと一緒に聞いた内容を答えるクレア。
それを聞いたカコは驚き、そしてティアの母親に対しての不満を漏らす。
カコとマリアリーゼの関係は、雇い主の娘の友達なので、そこまでメモリアの内情を話す事はない。
話しても司書の武勇伝だったり、一般的に知られている能力を少し掘り下げた程度である。
「ティアは何を食べてるのじゃ〜?」
「ん、干し肉です。リッカちゃんも食べますか?」
「食べるのじゃ〜!」
「あ!」
髪を梳き終わったリッカは、ティアが齧っているものが気になった。
ティアは頑張って噛みちぎり、残すところ1/4程だったので、クレアに切ってもらうために塊を出した。
それをリッカが掴み取り、大きくかぶり付いた。
クレアとカコは時間の止まる異空間の話で盛り上がり、シュトはまさかそのままかぶりつくとは思っていなかったので反応が遅れた。
「なかなかの噛み応えなのじゃー!」
「えっと…リッカちゃんはすごいですね」
「のじゃ〜?」
リッカは易々と干し肉の塊を噛みちぎり、美味しそうに咀嚼する。
苦労して噛みちぎっていたティアは驚き、クレア達も話をやめてリッカに注目した。
人化しても元は竜なので、身体能力は非常に高いリッカ。
もちろんティアとは比べ物にならない。
今はまだ人の体に慣れていないためその力を発揮できていないが、噛む力だけであれば単純なのですぐに使いこなせるようになっていた。
そのため、ご飯の時に出てきた堅い黒パンでもスープにつけず食べていた。
そして、歯ごたえのない食事に少し不満が溜まり始めていたリッカにとって、干し肉の硬さは気にいるものだった。
「これをもっと欲しいのじゃー。みんなで食べるご飯は美味しいのじゃが、噛み応えが少なくて少し寂しいのじゃー」
「リッカちゃんは噛む力が強いんですね」
「元が竜だけはあるね」
「……チャコ以外できない……」
獣人であるチャコ以外はリッカと同じように塊のまま噛みちぎらないようだ。
例えカコとシュトが獣人であったとしても狐と兎なので、噛みちぎれるかは怪しいところではある。
「う〜ん。時間の止まる異空間があるなら干し肉はいらんと思ってたけど、リッカのおやつのために買わんとあかんな〜」
「リッカだけじゃなくて私も食べるけど?」
「あぁ〜。そうやったね。姫さんも干し肉好きやったね…。姫さんは自分で買いや…」
長く一緒にいるのでクレアの干し肉好きを把握しているカコは、呆れながら言った。
クレアが原因で干し肉を買いすぎ、移動中もずっと噛み続けたこともある。
なので、自分の分は自分で用意させようと言うとティアも声をあげた。
「あの、私も欲しいです!」
「ティアちゃんもなん?!あー理由は姫さんと同じような気がするわ…。わかった。ウチが買ってくるわ〜」
ティアとクレア、この2人は読んだ冒険譚の話で盛り上がっていた。
なので、クレアと同じく「冒険譚に出た食べ物」への憧れが強いのだろうと考え、それは的中していた。
「よろしく!」
「ありがとうございます!」
「……よろしく……」
「のじゃ〜」
「行ってくるわ〜」
なぜかシュトもお願いしたが、それを気にせず部屋を出て行くカコ。
そしてこの後、フェゴから干し肉が消えた。
カコは買う個数がわからなかったので「とりあえず干し肉全部くださいな〜」と言って買ったのである。
これにより困るのは他の冒険者と干し肉を作っている人なのだが、カコは気にせず購入した。
本当に困っているなら購入金額と同じ値段で売るつもりだったので。
そして、偶然通りかかったチャコに、強制的に半分以上持たせて帰路につく。
「なんで私が持たなきゃだめなのニャ!」
「ウチより力あるねんもん。仕方ないやん」
「私は別で荷物を持ってたニャ!」
「そんな怒らんでも。干し肉あげるか!な!」
「もう干し肉は嫌ニャー!!」
2人のやり取りは、部屋にいたティア達にも聞こえる程だった。




