Page 57「冒険者になれたのに…」
部屋に戻ったティアは自分の個人カードを見つめてニヤけている。
思わぬタイミングだが、冒険譚を読んだ者が一度は憧れる冒険者になれたのだ。
大型の獣と死闘を繰り広げたり、遺跡を調査して過去の謎に挑んだり、迷宮を制覇したり等の夢見た冒険の幕が上がったのだ。
と言ってもランク1なので受けられる依頼はとても少ない。
それでも何か依頼を受けてみようと思うティアと、それを微笑ましく見守るクレア達。
クレア達も通った道なのだ。
王女でも憧れる冒険者。
王女ゆえに様々な冒険譚を読んだことで、その想いは人一倍強かった。
市民は吟遊詩人の唄う冒険で憧れる。
貴族や王族は冒険譚を読んで憧れる。
憧れるだけで終わるのが冒険者という職業で、それは貴族や王族であれば尚のことである。
自ら危険を侵さなくても、お飾りの騎士としても、実力を示して騎士団を率いても、諸外国との政略結婚という道もあった。
事実、クレアの姉は騎士団を率いている。
そんなクレアがティアに過去の自分の姿を重ねていると扉がノックされた。
人の接近に気づいていたチャコは、ティアの様子を伺いながら扉にも気を配りつつ、右手に針を持って警戒していたため、響いたノックに即座に反応した。
「誰ニャ?」
「リーフだ。ティア様にお伝えし忘れていたことがあっただが、今大丈夫だろうか?」
「えっと…大丈夫ニャ」
「では、失礼する」
訪ねてきたのは組合長のリーフで、ティアに伝え忘れたことがあるらしい。
チャコは全員の状態を確認して許可を出した。
ティアは変わらず個人カードを見つめていて、クレアはそんなティアを優しい目で見守っている。
カコは窓から外をボーッと眺め、シュトは寝ているリッカを優しく撫でている。
入ってきたリーフはのんびりとした光景に微笑ましく思いつつも、ティアがカードを見つめていることに気づき、表情を曇らせた。
どうやら冒険者か商人に関することのようだ。
「ティア様。冒険者についてお伝えし忘れていたことがあるのだが…」
「はい。何でしょうか」
「その…嬉しそうなところ済まないが…今のティア様は依頼を受けることができないのだ」
「え?」
ニコニコしていたティアだったが、固まり個人カードを膝の上に落としてしまった。
そして、クレアもまた固まってしまった。
「先ほど伝えていればよかったのだが…。その、特例なのでな…少々忘れていたのだ…」
「えっと…どういうことでしょうか?」
「ティア様の戦闘能力に関わらず、年齢が問題なのだ」
「年齢ですか?6歳ではダメなのですか?」
「そうなのだ。冒険者は15歳の成人を迎えた者のみがなれる。ただし、10歳から見習い冒険者として採集や村の雑事限定で働くこともできるのだが、ティア様は見習いにも年齢が足りていないでな」
「なるほど…それで依頼を受けれないというわけですね」
「そうなるな…」
俯くティア。
泣きはしないが気落ちしていることはハッキリと分かる。
自分のミスでティアを落ち込ませてしまったリーフもまた、表には出していないが気落ちしており、いつもより鋭い目つきになっていることにリーフは気づいていない。
上司の孫でもあるので、もちろん対応策も用意してきている。
「依頼こそ受けれないが、討伐した獣の買取は行う。それが誰も受けていない依頼の達成になれば、ティア様の達成とみなし達成ポイントは貯めておく、そして15歳になった時点でランクの清算も行うつもりだ」
「依頼は受けれませんが、達成することは可能ということですか?」
「そうだ」
「それだと、町の人からの依頼は受けれないニャ」
「ランク制限のある遺跡には入れないんとちゃうの?」
ティアとリーフとのやりとりに、チャコとカコが口を挟む。
受注せずに依頼を達成できるということは手伝いなどの直接以来ではなく、物品の納品などの間接的な依頼ばかりになる。
また、遺跡や迷宮などの危険な場所にはランク制限がかけられているため、今のティアには入れない。
「チャコの言う依頼に関しては、上位ランクの補助役で付き添う場合であれば問題ない。あくまで補助役なのでポイントはごく僅かだが」
「私達が受けて、ティアちゃんが同行するればいいってことニャ?」
「そうなる。ただし、君たちも冒険者学校の生徒なので、学校斡旋の依頼しか受けれないがな」
「逆に斡旋依頼の方が安心して見ていられるニャ」
「せやな〜。今のところ斡旋依頼はめんどくさくても危険はないし」
冒険者学校の生徒は、将来的に冒険者になるため学んでいる。
そのため、通っている段階では冒険者ではないので、組合で管理されている依頼を進んで受けることができない。
学校側から授業の一環として提示される依頼を受けるだけである。
学校運営も組合が行なっているため、ペットの探索や子守などの小さな依頼や、危険はないが移動に時間がかかるため人気のない採集依頼が提示されることが多い。
成績優秀者のみ討伐依頼や、遠征依頼が回されてくる。
ちなみにクレア達は遠征でフェゴまで来ているため、優秀者の一部に入っている。
「カコの指摘したランク制限の施設だが、それは司書として入れば問題ない。依頼を受けることも達成報告もできないが、司書として調査目的だといえば、同行することは可能だ」
「それ裏道ちゃうの?教えても大丈夫なん?」
「司書には精霊が付いているからな。精霊もこの方法を提案してくるはずだ」
「どうせいつかはバレるなら早めにってことやな〜」
「そういうことだ」
冒険者ランク1では入れなくても、閲覧ランク10の司書として入ればいいと提案してくるリーフ。
その場合冒険者として入っていないため、組合として報酬は出せないが入ることは可能だと言う。
そして、このランクの管理はメモリアが行なっているため、ここでリーフが言わなくても、メモリアの精霊であるペンシィ達から提案されると思ったので先に話したようだ。
リーフの予想通りペンシィであればこの抜け道について話すことだろう。
「私からは以上だ。君たちからはあるか?」
「私から1つ。なぜこの件を忘れていたのですか?」
リーフの問いかけにクレアだけが反応する。
その声には少しの怒りが含まれていた。
「あぁ、それを説明していなかったな。この特別ランク制度自体は幾度も行なっているのだが、見習い年齢以下の者に適応するのは初めてでな。こちらの落ち度だ」
「なるほど。わかりました。私からは以上です」
「うむ。他にはないようなので失礼する」
リーフが部屋から出て行くと、チャコがクレアに詰め寄った。
「で、何でクレアは怒ってるニャ?」
「ティアちゃんが喜んでたのに落ち込ませたからだよ!」
「なるほど。クレアも冒険者になれたと思ったら見習いだったから落ち込んでたニャ。その姿に重ねたニャ?」
「う……そ、そうだよ!」
クレアは10歳になった次の日に城を抜け出して冒険者組合に行き、登録を行った。
その時のクレアは冒険者になることだけど考えていたため、見習い制度を見落としていたのだ。
そのため、念願の冒険者になれたと思ったのに、実際には見習いだったので落ち込んだ。
そして、その様子を不審に思った国王が問いただし、落ち込んだ娘の様子から国王が問いただし、王女が冒険者登録したことが発覚したのだ。
ちなみに登録時の申請が「クレア」だけになっていたため組合の人間も気づかなかった。
「クレアお姉ちゃんも同じようなことがあったのですね」
「うん。あの時は落ち込んだよ」
「ふふっ。私もさっきまで落ち込んでいましたが、もう大丈夫です。1つずつゆっくりと進めていきます。まずは、マーブルまで準司書の方とリンクをつなぎながらですね」
「そうだね。とりあえずお昼ご飯を食べてから、出発の予定を決めようか」
「わかりました。でも、リッカちゃんが起きるまで待っていてもいいですか?」
「もちろん。それまでゆっくりしようね」
クレアはティアを膝に乗せて髪を梳き始める。
どうやら同じような経験をしたことで、互いの距離が縮まったようだ。