Page55「ぬいぐるみVS人間 ゴルディアとチャコ もこちゃんとシュト」
クレアの剣が小さな爆発を生み、カコの放つ魔法を木剣で切り裂き続けているレインから少し離れた場所でゴルディアとチャコが組み合っている。
ゴルディアはぬいぐるみの腕を魔力で覆って強化して戦い、チャコもほぼ素手で応じていた。
ほぼなのは、拳や足だけでなく獣人として持っている爪、距離が開いた時に針を投げるためである。
ちなみに、その針の投擲は1行われたが、ゴルディアの魔力を纏った腕で弾かれたため再度投げられることはなかった。
「あーもう!小さくてやりづらいニャ!」
そう言いながら放たれる右足蹴りの音はヒュッではなくボッだが、軌道を読んだゴルディアがしゃがむというより地面に体を投げ出して躱す。
『こちらもリーチが短くて苦労している!』
投げ出した体を象の鼻を伸ばして起こし、振り抜かれた足を掴んで投げようとする。
しかし、パワーが足りないせいでチャコのバランスを崩すだけで終わる。
「その鼻動かせるニャ?!」
『うむ。慣れれば便利なものだ』
ゴルディアはバランスを崩したチャコの懐に飛び上がり、強化された腕で殴ろうとした。
しかし、投げるために引っ張られ、右足を大きく前に出した体勢のチャコから、鋭い爪が飛び出た左手が掬い上げるようにしたから迫ってきたため、殴る腕を防御に回した。
「シャー!」
『むぅ』
魔力を纏っているため破れることは無かったが、大きく距離を開けられた。
チャコはこの距離なら針を投げるのだが、ゴルディアには効かないので投げない。
ゴルディアも腕が届かない距離なので、また詰めるところからやり直すことになる。
「また仕切り直しニャ」
『そうだな。そろそろ本気を出してくれて構わんぞ』
「嫌ニャ。そっちこそ出せばいいニャ」
『ふむ…』
互いに手の内を見せないように戦っている2人。
チャコは外見から見える武器しか使わず、魔力を伴った攻撃をしていない。
足に巻いた針ベルトから針を投げ、足か拳で殴り、爪で切り裂こうとするだけで、魔力を伴った攻撃をしていない。
ゴルディアは魔力を纏うことはしても、放出はしていない。
拳から出したり、足裏から出すことで一気に距離を詰めることも可能なのだ。
『このままだと同じことの繰り返しになるな』
「そうニャ。だから、そっちからどうぞニャ。年長者に譲るニャ」
『精霊としては生まれたばかりのようなものだが』
「魔王としての実力を見せろってことニャ!」
『なるほど。心得た』
チャコは獣人としての本能から強者と戦うことが好きなのだが、元魔王であるゴルディアが本気を出していないことに苛立ち、自分も力を抜いて戦っていた。
そんなチャコの気持ちを汲んでか、あるいは年長者としての対応なのかは不明だがゴルディアから仕掛けることになった。
『いくぞ』
「こいニャ!」
ゴルディアは拳を振りかぶりながら跳び上がり、背中と両足裏から魔力を一瞬だけ噴射して距離を詰め、振りかぶった拳を放った。
「甘いニャ!」
いきなりの加速だったが、対応できたチャコはそれを躱した。
しかし、ゴルディアは拳に纏った魔力をそのまま放出したため、チャコの革鎧に魔力の塊が当たった。
「ぐっ…まだ手加減してるニャ…元魔王の一撃がこの程度のはずないニャ!」
『今の体ではそれが全力だ。扱える魔力量が桁違いに減ったのだ。それに、魔力が前と同じように使えたとしても組手なのだから殺さないような威力で戦うのは当然だろう』
「むぅ…。わかったニャ。次はこっちもちゃんとやるニャ」
『うむ』
今のゴルディアは微精霊としての少しの魔力と、ペンシィ経由で流れてくる一定量にティアの魔力を使って戦っている。
実際には自分の魔力が0になると精霊の死を迎えるため、ティアの魔力しか使えない。
その魔力を移動と攻撃で使うことができ、使用後は一瞬で回復するというある意味反則状態だが、微精霊なので使用できる魔力量が少ない。
生前使っていた技は全て使えるが、つぎ込める魔力量が少ないため、当然威力も落ちる。
その結果、チャコは手加減されたと思ってしまった。
「いくニャ!」
チャコは距離をとって足の針ベルトから数本の針を抜き、ゴルディアに投げつける。
ゴルディアは初めて投げられた時と同じように魔力で覆った腕で弾こうとしたが、針はゴルディアの左右を通過するだけで当たらなかった。
『むっ。糸か』
ただ投げただけでは最初と同じく弾かれるだけなので、ゴルディアを拘束するために糸で結ばれた針を地面に向けて投げたのである。
そして、地面に縫い付けられたゴルディアにチャコが追撃する。
爪をゴルディアに突き立て引き裂いた。
「あ…やってしまったニャ?」
ゴルディアが真っ二つになった。
呆然としているチャコだったが、ゴルディアだったぬいぐるみがパッと光ると元に戻り、動き出した。
『見事だった』
「直ってよかったニャ…」
チャコは、シュトが蹴りちぎったもこちゃんの首が直るところを見ていないので、ゴルディアの惨状にドキドキしていたが、直ってホッと安堵のため息をついた。
『まだやるか?』
「もういいニャ…精神的に疲れたニャ…」
チャコは針を回収すると、座り込んでティアが操るもこちゃんとシュトの戦っている場所に目を向けた。
そこにはどれだけシュトに蹴られても傷つかないもこちゃんと、困惑した表情で蹴りを放つシュトがいた。
何度蹴られても立ち上がりシュトに向かうもこちゃん。
シュトの蹴りを避ける操作ができないので、力押しで進んでは蹴り離される。
これを繰り返している。
「あれは何してるのニャ…」
『互いに
決め手がないのだろう』
「なるほどニャ。それでいつまで続ける気ニャ?」
『そろそろペンシィが止めるだろう』
ティアの膨大な魔力で覆われたもこちゃんを破るには魔力を切り裂く必要があるが、シュトはそれを行えない。
そのためずっとこう着状態だった。
そして、ゴルディアの言う通りペンシィが止めに入り、全員を集合させた。
「これで大まかな互いの実力というか、戦い方というか、特性?みたいなものが分かったと思うので、王都まで仲良く頑張っていきましょうー」
「皆さん。改めてよろしくお願いします」
『おう!よろしく!』
『よろしく頼む』
「よろしくお願いします」
「よろしくニャ!」
「よろしゅう〜」
「……よろしく……」
ペンシィの軽い挨拶の後、ティアもペコリと挨拶する。
それを受けたぬいぐるみとクレア一行も挨拶を返す。
「じゃあ戻ってゆっくりしてから出発する日を決めようか!」
「わかりました」
ティアが本を出して、クレア達を外に出す。
レインとゴルディアは異空間で訓練を続けることにしているため外には出さない。
クレア達に続いてティアも外に出る。
出た先はベッドのあった部屋ではなく、見たことのない部屋だった。
目の前にはテーブルと、それを挟むように大きなソファが2つ。
奥には執務机があり、上には書類や羽ペン、インク壺などが置かれている。
周囲には本棚があり、ギッシリと本が詰まっている。
後ろには出入り用の扉がある。
そして何故か、ソファにクレアとチャコとシュトが座り、カコはソファ脇の絨毯の上に正座させられていた。
カコの狐耳はペタンとなっており、その様子から心情が伺える。
対面のソファには冷ややかにカコを見つめる組合長が座っていた。
ここは組合長室で、ティアを呼びに行った組合長が異空間に入った後に落ちる精霊石を自室に持ち帰ったため、出た先が組合長室になったのだ。
そしてカコが怒られている原因は、組合長との会談をすっぽかしたからである。




