Page54「ぬいぐるみVS人間 レインとクレアとカコ」
誰も構えていない状態で放たれた開始の合図。
ティアは組手の経験がなかったので対応できたが、残りの5人は対応できなかった。
普段行う組手であれば、互いに陣形を整え構えてから始めている。
ティアはそういった経験がないため、始めと言われたのでもこちゃんを操作したのだ。
ティアが操るもこちゃんは、開始の合図とともにシュトに向かって突進する。
ちなみにティアがシュトを狙った理由は近いからであって、リッカの世話を取られた腹いせではない。
咄嗟に反応したシュトは、つま先の刃をもこちゃんの首に突き刺し、跳ね上げた。
勢いよく蹴られたため、首の半分以上が裂けて綿がこぼれ出していた。
「……あ……」
シュトは軸足で立ち、蹴り足を戻して空中に維持したままもこちゃんを目で追った。
兎の亜人なので常人よりも脚力があるため、近接戦闘では足技を使えるよう空いた時間は訓練している。
そのため距離を開けるのではなく蹴りで対処してしまったのである。
また、戦闘モードに切り替わっていないクレア、チャコ、カコも跳ねあげられたもこちゃんを目で追ってしまっていた。
その点レインとゴルディアはもこちゃんが飛び出した直後にスイッチを切り替えていた。
2人から見れば、蹴り上げられたもこちゃんを目で追う4人は隙だらけだった。
レインは剣を地面スレスレで浮かせた状態でクレアに突撃し、ゴルディアはカコに向かって闇の魔弾を飛ばして牽制しながらチャコに向かっていった。
シュトの相手はもこちゃんにさせるつもりのようだ。
クレアは接近するレインに気づき腰の剣を抜こうとしたが、距離の問題から左腰の剣しか抜けず、左手は右腰の剣に掛かったまま右手だけでレインの攻撃を防いだ。
『精霊石の剣か』
クレアの握る剣は、真っ赤な直刃のサーベルの周囲を赤く透明な宝石で覆っている剣だった。
サーベルの刃を厚くさらに鋭くした宝石部分は、レインが見破ったように精霊石だった。
「そうです！そしてこれが…精霊の力です！」
少し下がり、左手で握った剣を抜くスペースができた瞬間、鞘から横薙ぎに振るった。
クレアの剣はレインの剣にぶつかり、爆発した。
『うおっ！』
軽いぬいぐるみの体では踏ん張ることができず、爆風で吹き飛ばされるレインだったが、即座に剣を地面に突き立て必要以上に吹き飛ばされるのを防いだ。
そして、再度クレアに斬りかかる。
それを両手の剣をクロスさせて防いだクレアの顔は驚きに満ちていた。
「な？！なんで訓練用の剣が壊れてないのよ！」
『なんでだろうな！』
爆発を受けたはずの木剣にはヒビ１つなく、綺麗なままだった。
レインは理由を答えることなく斬りかかるが、また剣が爆発して距離が開いた。
やはりぬいぐるみの体では軽すぎて踏ん張れない。
それでも徐々に慣れてきたのか、吹き飛ぶ方向や地面への剣の刺し方を変えて、距離を開けないよう適応しだした。
もう少しで吹き飛ばされる感覚を掴めそうな時、横からレインを包み込むほどの火球が飛んできた。
レインはそれを木剣の腹で受け、上空へ跳ね上げた。
火球が飛んできた方向を見ると、カコが杖を向けていた。
ゴルディアの魔法を避けたあと、クレアの援護に入ったのである。
「当たると思ってんけどな〜」
『3対4だから、誰か1人は2人を相手取る必要がある。それに、ゴルディアともこちゃんは素手だから魔法を打ち込みづらいだろ？」
「せやな〜。まぁそんなミスせぇへんし、やったとしても皆対処できるからどこでもよかってんけど、爆発に耐えるその剣に興味があったのが1番…かな！」
カコは火球と同じ大きさの水球を放ったが、レインが木の剣を振り下ろすと真っ二つになった。
「何なんそれ！ずるいわぁ！」
『でかいだけの魔法なら切ればいいからな！』
「む〜。姫さん！」
カコがクレアに声をかけながら火球と同じ大きさの土球を放つ。
重さで跳ね上げづらければ横に流せばいいと考えたレインは、土球を迎え撃とうとした。
レインの木剣に土球が当たる瞬間、クレアが土球に剣を突き立てた。
逸らせるはずの土球は、クレアの剣が生み出す爆発によって爆ぜ、礫がレインとクレアを襲う。
土煙が上がるが、カコが風で吹き飛ばす。
そこにはクレアとレインが立っていた。
2人とも無傷で。
『いやー。いい連携だ！負けたわ！』
「ダメージを負ったようには見えませんが…」
『あぁ。このぬいぐるみは勝手に直るんだよ。ほらあっちを見てみろ』
クレアの疑問にレインが剣を向けながら答える。
剣の示す方向には、もこちゃんを蹴り飛ばすシュトがいる。
何度蹴り飛ばしても溢れた綿や避けた布が直り、直後にシュトに向かって駆け出す。
そんな光景が広がっていた。
「つまりレインさんも攻撃を受けて直ったということですか？」
『そうだ。石であちこち破けて綿が出まくってた。人間だったら死んでたな！』
レインの言葉通り礫を受けた時は両足が千切れ飛び、お腹に穴が空き、顔部分もいくらか破けていた。
土煙が出ている間に直ったので、傍目からすると無傷のように見えただけだった。
『嬢ちゃんは何で傷ついてないんだ？嬢ちゃんの方にも石は飛んでただろ？』
「えぇ。でも弾きましたので問題ありません」
クレアは自分に飛んできた石を弾いていたため無傷だった。
手の内を明かしたくないので弾いた方法は話さなかった。
まだ、互いに信頼しているわけではないので、警戒するのも当然のことである。
「もうウチらは終わりなん？向こうに加勢せんの？」
「向こうもそのうち終わりそうだし待っとこうよ」
「う〜ん。暴れたりへんわ〜。あ！レインさんの剣が折れへんかった理由教えてや！」
『んー。クレア嬢ちゃんが石を弾いた方法話したら教えてもいいぞ。まぁ予想はできてるけどな』
カコは暴れ足りないようだ。
数発魔法を放った程度なので消化不良なのだろう。
その不満をレインにぶつけたが、レインもクレア同様手の内を晒すつもりはないようだ。
もっとも、本人的にはバラしても問題はないのだが、クレアが話さない以上同じようにいただけで、レインが話してしまうとクレアがヘソを曲げる可能性があったので合わせたというのが真相だ。
この歳の子供は難しいという聞きかじった情報が原因だが。
「姫さんお願い！」
「えー。今度時間がある時がいいな。多分練習すれば私も使えるようになると思うし…」
「え？予想付いてるん？」
「うん。まぁ近接武器使ってる全員が目指してる内の１つのはずだよ」
『クレア嬢ちゃんの言う通りだな。武器を魔力で覆ってカコ嬢ちゃんの魔法を切ったんだ』
「ふ〜ん。姫さんはこれできるん？」
「う……練習中！」
『まぁクレア嬢ちゃんが習得するのは難しいだろうけどな！』
「わかってます！」
クレアは少し拗ねた声で話を打ち切った。
レインが使った技はティアが剣の祝福で得た【魔力破壊】と同様の効果がある。
武器に魔力を纏わせることで相手の魔力を切ることができ、纏っている間は武器本体への負荷を軽減できるため、木剣で爆発を防ぐこともできた。
クレアも剣を使っているので目指しているが、彼女の使用している武器の特性により、武器に纏わせた魔力が精霊石に吸収されてしまうため同じことができない。
レインは武器に精霊石をつかっていることに気づいているのでその難しさを指摘した。
「ようわからんけど、姫さん頑張りや〜。じゃあレインさんウチの練習に付き合ってや〜」
『ん？向こうの組手が終わるまでならいいぞ』
「それでええで〜。やるのは魔法攻撃するからさっきのでしのいで欲しいねん。今後同じ技使ってくる人と戦う時のためやな〜」
『わかった。いつでもいいぞ』
「ほないくで〜」
そう言って火球を放つカコ。
放った火球は先ほどよりもだいぶ大きいレイン2人分だった。
対するレインは難なく真っ二つにしたが、体の端が少し焦げていた。
「なるほどな〜。切れるとしても火力で押せなくはなさそうやな〜」
『そうだな。あと、継続して放射する魔法なら魔力が続く限り防げるが、熱や石なんかは防げないから物量で押すこともできるぞ。まぁ熟練者だったら対処してくるけどな』
「へ〜」
それ聞いたカコは杖の先から水を放射した。
魔力を消費し続けるが継続して出せる魔法だった。
レインは迫り来る水を一閃した。
押し寄せてきていた水が一気に割れ、水の向こうに居るカコが見える。
木剣のリーチ以上を切っているが、これが熟練者の技の１つで、魔法を切る際に自分の魔力を流して相手の魔法を維持できなくしている。
レインは斬撃に合わせて流しているので、放射されていた水が切られたかのように２つに分かれた。
「お〜。手元までスッパリ割れたな〜。これが熟練者の技なん？」
『あぁ。方法は教えないけどな』
「む〜。まぁええけどな〜。じゃあ続けていくで〜」
この後もカコが魔法を放ち、レインが切るということを続けた。
クレアはそれを見ながら武器に魔力纏わせる練習をしていたが、纏わせた魔力が吸収されて何度か小さな爆発を生んだくらいで、結局成功しなかった。
昨日 NANA MIZUKI LIVE ZIPANGUに参戦し疲労で力尽きているため、あまり書けなかったため組手を2分割します。
後編は週末です。
