Page53「お屋敷と組手準備」
組手の見学のために異空間に入ったティアを迎えたのは、赤い絨毯が張られた玄関ホールだった。
正面には踊り場に続く階段があり、踊り場から左右に階段が続いている。
踊り場にはバルコニーへ続く扉がある。
2階にはそれぞれ2つずつ扉があった。
ティアの居る1階の左右には扉が1つずつあり、後ろには両開きの大きな扉がある。
ここから外に出るのだろう。
先に入ったクレア達は困惑した表情ながらもホールを探索していた。
前日は草原に出たのに、翌日には建造物のホールに出たのだ。
困惑するのは当然である。
「ここから中庭に出られるニャ!」
階段の裏側には人が2人ほど通れる通路があり、踊り場の真下には中庭に出るための扉があり、チャコが開けていた。
中庭は中央に噴水が置かれているが水は出ておらず、周囲には花壇があるが花は植えられておらず土がむき出しだった。
「広いな〜。何も植えられてへんけど〜」
「アタシが花を育てられないからね!諦めたんだよ!」
カコがチャコの声に釣られて中庭に続く扉まで来るとペンシィが現れて花を植えてない理由を話した。
ペンシィはめんどくさいことが嫌いなので、毎日の水やりを続けるのは3日が限界だった。
「そういえば入って来るポイント変えたんだけど伝え忘れてたね〜。組手は昨日出た草原でやるから表から出てね!」
「わかったニャ」
「は〜い」
チャコとカコを連れてペンシィがホールに戻るとティア達は踊り場にいて、リッカに階段の上り下りを練習させていた。
組合の階段は木造りなので、慣れない階段で落ちたら危ないと考えたシュトが単独で登らせなかった。
毎回シュトが抱えて運んでいたのである。
その点このホールにはフカフカの絨毯が敷かれているので転んでも問題ないと判断したのだろう。
ただ、リッカは竜なので組合の階段から転げ落ちたとしても怪我はせず、むしろ壊れるのは階段の方だ。
「のじゃー!」
そのリッカは登った後お腹を下にして滑り降りている。
そしてまた登り、滑り降りる。
最初は普通に降りていたが、転けて滑り落ちてからは楽しんでやっていた。
最初は止めていたが、怪我をしないことを確認したシュトは止めないようになった。
さすがにティアがやろうとした時は止めた。
「おーいティアちゃん。外に行くよー」
「わかりました」
階段を登るリッカについて上がってきたペンシィがティアに促す。
それを聞いたクレアとシュトも階段を降り、チャコ達と合流する。
「ペンシィさん。ここは昨日作っていたお屋敷ですか?」
「そうだよ!人数も増えたし、これから王都へ向かうでしょ?その間の拠点だよ!」
「拠点って何ニャ!」
「もしかして野宿の際に使用するつもりですか?」
「うん!クレアちゃんは察しがいいね〜」
「いやいや、みんな気づいてたやろ〜」
「……うん……」
「ティアちゃんとリッカちゃんは気づいてないけどね!」
「その2人は例外やん!」
フェゴから王都までは間にいくつかの村と1つの街がある。
その間の移動時には野宿が必須となる。
普通であれば馬車や馬車の周囲で休む。
しかし、この屋敷があれば精霊石を守る人を残して全員が休めるので、移動時の負担を減らすことができる。
ティアとリッカだけの移動であれば最初に出した建物だけで問題はなかった。
しかし、一気に4人も増え、そのうちの1人が王女だったこともあり大きめの屋敷を建てたのだ。
ちなみに湖の真ん中に建てたのは、ただ単にペンシィの趣味だったりする。
「というわけで、移動や休憩の時にすぐ屋敷を使えるように、異空間に入ったらこのホールに出るようにしたからね!」
「わかりました」
「じゃあ外に出ようか!」
ペンシィに言われて両開きの扉を開けるチャコとカコ。
扉の先には昨日入ったお風呂のある建物がある岸と、その岸に繋がる馬車がすれ違える広さのある橋と、馬車を止めるためか広い庭が広がっていた。
もちろん庭に花は咲いていない。
ティア達は寂しい庭を横目に見ながら進み、橋進んで対岸に渡った。
家を通り過ぎ、昨日異空間に入った時に出た場所も越えた。
すると小さな丘もない平坦な草原に出た。
「どこまで続いてるのニャ…」
「先が見えへんし、向こうには山もあるで〜」
「……森もある……」
「のじゃー」
周囲を見回しながら進む。
山も森も湖もある異空間である。
この時点で、広さだけであれば城を作った司書を超えている。
もうすでにティアの要望を超えて、ペンシィが好き勝手しているので、今後何が増えていくかはわからない。
そんな草原にぬいぐるみが2体立っていた。
レインとゴルディアで、今回の組手相手である。
『今日はよろしく頼む』
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
ゴルディアとクレアが代表で挨拶した。
その2人をよそにレインはティアに近づいてくる。
「レインさんどうしました?」
『剣を出してくれ!組手で使える程度でいいから!』
「えっと…」
「【複製】で木剣でも出してあげればいいんじゃない?」
『おぉ!頼む!』
「木剣ですね。わかりました」
レインは以前から言っていた剣を欲しがった。
しかし、ティアは大量生産される鋳造品しか出したことがなく、また剣の知識もないため組手で使える剣がわからなかった。
そんな気持ちでペンシィを見ると木剣を勧められたので、本を出して木剣を【検索】する。
様々な国の名前が付いた訓練用木剣が表示された。
国ごとに素材や形が違うのだが、文字を見ただけではよくわからないので自分の国の名前が付いている項目をなぞって出した。
出現場所はレインの目の前だ。
『おぉ!』
いきなり目の前に出てきた木剣を即座に掴み、横に振る。
ぬいぐるみの体より大きい剣だが問題なく振るえている。
しばらく振って感覚を掴んだのか、剣を肩に担いでゴルディアの横に立つ。
『剣か。ナイフやショートソードの方がいいのではないのか?』
『両手剣みたいなもんだからいけるぜ!』
出された木剣は片手で剣、もう片手で盾を持つ騎士の訓練用だった。
ぬいぐるみの体からは両手剣のサイズになったがレインには関係ないようだ。
その証拠にゴルディアの前で素振りしている。
「じゃあルールの説明ね!といってもぬいぐるみの体は勝手に直るから全力でやってくれていいよ!」
「2対4でやるのですか?」
「うーん。じゃあティアちゃんに【マリオネット】の練習してもらおうかな!」
「もこちゃんですね!」
「うん!よろしく!」
クレアの質問を受けてティアともこちゃんの参戦を決めたペンシィ。
ティアは返事をした直後にもこちゃんとマリ球を取り出し、魔力の糸をもこちゃんに繋げて動かしていた。
「これで、ぬいぐるみ3対人間4だよ!」
もこちゃんをレインとゴルディアの元まで動かすと、カコが一歩進み出た。
「確認!ティアちゃんが魔法を使ったり、司書の力はつかったりする〜?」
「ティアちゃんはもこちゃんを操るだけだよ!だから魔法や司書の力は無し!」
「了解や〜」
カコは下がってクレア達と合流する。
これでペンシィを挟んでぬいぐるみと人間が分かれた。
ティアは少し離れたところにクッションを出して座り、リッカは小竜に戻って空に飛び立った。
どうやら空から戦いを見るようだ。
時折魔力を食べながら。
「じゃあやるよ〜。始め〜!」
誰も構えていない状態で開始の合図を出したペンシィ。
そのため、動いたのはもこちゃんだけだった。




