Page46「リッカの服とお金」
ティアはカコに手を引かれて階段を降りて行く。
その後ろにはマントで包まれてリッカを抱いたシュトが続き、不満そうなチャコと部屋に鍵かけた後走ってくるクレアの順だ。
ティアは混乱しながら引かれている通りついて行き、リッカは手を握ったり開いたり、周囲をキョロキョロ見回しながらも大人しく抱っこされている。
全く警戒していない。
チャコはティアとリッカに触れられないことに不満を抱いている様子で、隙あらば代わってやるという意思がひしひしと伝わってくる。
列の最後のクレアは、閉めた鍵の木札を持ってくるくる回しながらついて行く。
王女らしからぬ行動だが誰も咎めないのはいつものことだからなのだろうか。
カコに手を引かれて階段を降りると女性が立っていた。
薄い緑色の髪をベリーショートに切っていて、綺麗な緑の瞳だが鋭い目つきなので威圧感を感じるほどである。
耳は尖っているので、そこからこの女性の種族がわかった。
長寿の精霊族エルフである。
司書の服を着て、手にはティアが出す本と同じような本を出しているが、精霊石の色が紫色だった。
司書のマークには本だけで羽ペンがないことから準司書ということがわかる。
つまり祖母であるクリスティーナの部下という可能性が高い。
そんなエルフの準司書がカコに手を引かれたティアを見るなり目を見開いて近づいてきた。
「組合長。この子に何か用でもあるん?」
「これは失礼。後ほどでいいですので、ティア様と話がしたく、その約束を取り付けたいと思いまして」
とっさにカコが前に出たため、組合長と呼ばれたエルフの準司書は足を止め、少し寂しそうな顔をした後要件を話した。
ティアと話がしたいだけのようだった。
「話ですか?」
「はい。クリスティーナ様からの依頼をお伝えしたいのです」
「お祖母様の…。わかりました。後で行きますね」
「よろしくお願いします」
踵を返し受付の後ろにある扉に向かって歩き出す組合長。
それを見送ってからカコが階段を降り出した。
その後ろから続くクレア達は全員がやりとりを見ていたので、何が起きたかを聞くこともなく冒険者組合を出ていった。
「あの、先ほどの人は組合長と呼ばれてましたがどういう方なのですか?」
「ん?さっきの人はこの村の冒険者組合と商人組合を管理してる準司書やで。ティアちゃんも司書なら知ってるんと違うの?」
「あの方は、多分お祖母様の準司書です。だから私は知らないのです」
「へ〜。準司書ってそういう感じなんか〜。ウチらは利用するのがほとんどやから誰の準司書とか気にせぇへんからなぁ〜」
「なるほど。確かにそうですね」
「せやろ〜」
国家に関する情報は司書でなければ検索できないが、一般公開されている情報の場合準司書で検索できる。
そのため各村や町に最低1人準司書を配置すればよく、また、準司書から部下に対して契約することもできる。
その場合、準司書程度の仕事ができるようになる。
メモリアではその役職に名前をつけていないが、周囲からは組合司書と呼ばれているため、呼ぶときはこの名前を使っている。
名前をつけると管理する必要が出てくるため、あくまで準司書権限で組合司書を作らせている。
そうすることでメモリアは準司書までしか管理しない体制を取っている。
「あれはなんじゃー?」
「……宿屋……寝るところ……」
「あれはー?」
「……雑貨屋……道具を売ってるところ……」
「向こうのはー?」
「……屋台……食べ物を売ってることが多い……」
ティアの後ろを歩いているシュトと、マントに包まれてシュトに抱かれたリッカは、リッカが指差すものを答えながら進んでいる。
リッカは初めて人が住む場所に来たので、見るもの全てに興味津々なのだ。
「ぐぬぬぬ…羨ましいニャ…」
「私もティアちゃんと手を繋ぎたい。リッカちゃんを抱っこしたい…」
「クレアは寝てるティアちゃんを抱っこしてたニャ!リッカちゃんも抱えてたニャ!」
「あの時とは状況が違うじゃない!」
先を行くティア達を羨ましそうに見つめるクレアとチャコは言い争いながら進む。
離れて歩いているのでティア達には聞こえていない。
2人も本気で争っているわけではなく、愚痴の言い合いなだけなので、スッキリするまで続けるようだ。
そのため、クレアとチャコのやり取りはしばらく続いたが、ティア達がフェゴ唯一の衣料店に入ったことで慌てて後に続いた。
「これが服かー!いっぱいあるのじゃー!」
「……この中から……リッカのを選ぶ……」
「リッカちゃんは何か欲しいのあるん?」
「ティアと同じやつがいいのじゃ!」
ティア達が入った服屋は、田舎とは思えないほどの広さだった。
冒険者と村人の2つに分けられ、そこから性別と年代別で並べられているため、買い物好きな人であれば半日は余裕で潰せるぐらいの広さがあった。
入った瞬間、シュトに抱っこされたリッカは、片手でシュトの服を掴んでバランスをとりながら興奮していた。
服の説明は店に来るまでにしており、ティア達も服を着ているのでなんとなく理解していたリッカだったが、並べられている物を見て、この中から自分のものを手に入れるということに興奮した。
それでもシュトからの質問には店に並んでいる服ではなく、ティアを指差して答えた。
ティアの着ている司書の服はメモリア関係者のみに着用が許可されているため、リッカも着ることができる。
しかし、司書は情報収集や組合を纏めているため戦うことがあり、服も見た目から判断できないほどの性能がある。
ただ、戦闘用に作られた訳ではないため、過酷な環境や、強者との戦いではあまり意味はなくなる。
他の司書は自分のスタイルに合った戦闘用の装備を用意し、模擬戦時のクリスティーナのように着替えて使用する。
ティアにはまだまだ必要ないが。
「……あの服は……ここにはない……」
「むー!欲しいのじゃー!!」
「ちょ?!ティアちゃんどうにかならへん?」
騒ぎ出したリッカに困ったカコはティアに聞く。
シュトはジタバタと暴れるリッカを落とさないようにするので精一杯で、聞く余裕がなかった。
「えっと…」
《ティアちゃんティアちゃん。リッカにはアタシが後で用意するって言っといて。とりあえず今は普通の服で間に合わせといて!》
「あ…はい」
「ん?どないしたん?」
「あの、リッカちゃん。リッカちゃん用のこの服は、後でペンシィさんが用意すると言ってますよ」
「うー……わかったのじゃ…約束なのじゃ!」
「はい!」
ペンシィからの念話の内容をリッカに伝えるティア。
リッカは暴れるのをやめ、しばらく唸った後納得した。
しかし、シュトとカコは納得できない。
「ちょちょちょ!ちょっと待ってぇ!ペンシィさんって誰なん?ティアちゃんはいつ聞いたん?ウチが聞いてから他の人と喋ってなかったやん!」
「ペンシィさんは私の契約精霊です。自己紹介の時に話すつもりでしたが、リッカちゃんのこともあったので落ち着いた時に話すつもりです」
「あ〜……ウチらが服買いに行こ言うて連れ出したからか…」
「ですね」
苦笑するカコとティア。
シュトは聞いているだけだったが、内心反省している。
ひとしきり反省すると、2人は気を取り直してリッカの服選びを始めようとしたがティアが待ったをかける。
「あの、服のお金なんですが、これで足りますか?」
ティアは左腰につけていた水色のホルダーから硬化を取り出してカコに見せた。
ティアの小さな手には少し大きめの金貨が6枚乗っていた。
金貨に刻まれている刻印は本と羽ペンだった。
「え?!メモリア大金貨!?」
「……初めて見た……」
「何してるニャ?…ってメモリア大金貨ニャ!」
「メモリア大金貨?!」
ティアの出した大金貨に驚いたカコとシュトが固まっていると、遅れてやってきたチャコとクレアも覗き込み、驚く。
ティアは4人の驚きように驚き、少しビクっとなった。
「あ、あの…何か問題でもあるのでしょうか?」
「問題は…あるね。少なくともこのお店では使えない」
「使えないのですか?!」
「使えないニャ!価値がありすぎるニャ!」
「価値ですか?」
「その金貨は今はもう作られてない金貨やねん。国のエンブレムが刻まれてる他の金貨の10倍以上はするはずやで」
「よくわかりません…」
精霊大陸と魔大陸に存在するすべての国家は「銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨」を使用していて、含有量が各国一律のため、国を跨いで使用することができる。
それぞれ100枚で次の硬化になる。
硬化の作成は法規国家『ストライン』で作成され、各国のエンブレムを刻印することで、その国の硬化として扱っている。
作成時は各国が必要な材料を持ち込む必要があり、作成された硬化には、判別魔術が付与されている。
偽造を見破る場合、効果に魔力を流すことでエンブレムから国歌が流れるようになっている。
国であれば国王、議会制であれば議会の承認があって初めて作成されるため、個人が持ち込んでも作成されることはない。
つまり、メモリア硬化はメモリアが国としてあった時に作成されたもので、今はマーブルに属しているため新たに作られることはない物である。
国家が消滅した場合、その国で使用していた硬化は鋳潰され、それぞれの国の硬化として作り直されるため、数は少なくなるので貴重になる。
その価値を知らないティアは、クリスティーナから貰ったお金というだけの認識なので普通に出した。
「……姫とチャコで……歴史を教える……私とカコで買ってくる……」
「お金はウチらが出すわ。ティアちゃんの護衛依頼の報酬が凄すぎるからサービスやな!」
リッカを抱いたシュトはカコと一緒に店の奥に進んでいった。
ティア達が返事をする間も無く消えていったため、カコ達がお金を払うことはほぼ確定になった。
綺麗な言い逃げである。
「お金を払っていただいてもいいのでしょうか?」
「んー。払うのはあの2人だし気にしなくていいですよ」
「そうニャ!まぁこっちはこっちでティアちゃんに買ってあげるニャ!」
「え?!悪いですよ!」
「いいニャ!お姉ちゃん達に任せるニャ!というわけで私は選んでくるからメモリア大金貨のことはクレアに任せたニャ!」
「あ、ちょっと!」
クレアが止めるよりも先に服の森に消えていった。
残されたクレアは少し悩んだ後、ティアを連れて壁際にある椅子に座り、メモリア大金貨の説明を始めた。
「えっと、チャコ達と同じように話すね?いいかな?」
「はい。よろしくお願いします。クレアお姉ちゃん」
「わかった。お金には種類があって1番小さいのが銅貨なの。これね」
そう言ったクレアの手には小指の爪ほどの丸い銅の塊が乗っていた。
エンブレムは兜をつけた人と獅子の顔が背中合わせ
になっていて、奥には盾と剣が描かれていた。
マーブル共和国のエンブレムである。
「これが100枚で大銅貨になるの。これよ」
続いて出した硬化は先ほどより少し大きくなっているが、素材は同じなので色も同じで、エンブレムも同じだった。
「大銅貨が100枚で銀貨になり、100枚で次の硬化になるんだ。銀貨の次は大銀貨、大銀貨の次は金貨、大金貨で最後に白金貨になるの。ここまではいい?」
「はい。私がお祖母様から頂いたこの大金貨?も100枚で白金貨になるんですね?」
「普通だとそうなるね」
ティアの質問に苦笑いで答えるクレア。
「効果には絵が刻まれているよね?ティアちゃんの持っている硬化には司書の絵が、私が持っている硬化にはマーブル共和国の絵が」
「はい。本と羽ペンです」
「私のは人と獅子と剣と盾ね。これは、その国のエンブレムを刻んでいるの。つまり、メモリア硬化はメモリアが国だった頃に作られた物で、マーブルに属してからは作られていない貴重な硬化なの」
「えっと…メモリアは国だったのですか?」
「う〜ん。まだ小さいので教えてもらってないのかな?」
クレアの言う通りまだ教えられていないだけで、祖母のクリスティーナは教えるつもりだった。
しかし、メモリアが封印され、教える機会がなくなった。
「約250年前だから、メモリアができてからも250年程の話になるんだけど、メモリアをめぐって精霊大陸と魔大陸で戦争が起きたの。当時の司書長が戦争を止めるために各国への協力と、便宜上1番近い国のマーブル共和国に収まることで決着をつけたの」
「このお金はその時に作られていた…つまり250年前のお金ってことですか?」
「そうだよ。だから貴重なんだよ。まぁそもそも王都とか大きい街じゃない限り、大金貨で服を買うことはないんだけどね」
「どういうことでしょうか?」
「この店だったら普通の服は高くて銀貨数枚だから、使っても大銀貨ぐらいなの。大金貨なんて高額すぎてお釣りが用意できなくなるから使えないの」
「なるほど…わかりました」
「うんうん。ティアちゃんが納得したところでチャコと合流しようか」
「はい」
お金の話を終えたティアは、クレアに手を引かれてチャコの元へ移動する。
チャコはティアのために服を選んでいるところだった。
「お勉強は終わったニャ?じゃあこれを合わせてみるニャ!」
近づいてきたティア達に反応したチャコは、手に持っていた服をティアに当てがって眺める。
チャコが選んだのは水色や薄いピンクのワンピースなど、子供らしさの中に大人しめな印象を与えるものが多かった。
そこからはクレアを交えて色々当てがって盛り上がった。
しばらくして会計に向かうと、そこには服を着たリッカが待っていた。
白い子供用のコートをの中から覗く服は、水色のセーターで、黒いスパッツの上に水色のホットパンツを履いているため、健康的な膝が見える。
靴は歩きやすさを重視したのか子供用のブーツを履いて、履き心地を確かめるためなのか、シュトとカコに手を引かれてヨタヨタと歩いている。
「遅くなったニャ!すぐに会計してくるニャ!」
「チャコよろしくー」
チャコが抱えた服を持って会計に走っていくのを見送って、ティアとクレアはリッカ達と合流する。
「リッカちゃん可愛いです!」
「うむー。そうかのー。服を着ていると動きにくいのじゃ…靴も慣れぬ…」
「……パンツ履かせるのに……苦労した……」
「スカートもお気に召さへんし、ダボっとした服も嫌がるから選択肢が少なかったんよ…」
リッカを歩かせながら話すシュトとカコは、ため息混じりに答えた。
どうやら向こうは向こうで苦労したようだ。
「買ってきたニャ!」
「ありがと。この後はどうする?」
「とりあえず、リッカちゃんの歩く練習やな
〜。服を着せるのにも苦労したけど、立たせてもバランスを崩して大変やったわ〜」
「……でも……楽しかった……」
「まぁな〜」
人化したのはベッドの上、それ以降はずっと抱かれていたため、2足歩行が初めてのリッカはうまく歩けなかったようだ。
竜形態の場合立つことはあっても歩くことはない。
店の中でも四つん這いで動こうとしたので、手を引いて立たせ、買い物後はずっと歩く練習をしていたのだ。
靴の履き心地も確かめてはいたが。
「じゃあ広場で歩く練習ニャ!」
「そうね。広場がちょうどいいわね」
「せやな〜」
「……賛成……」
「わかりました」
「のじゃー」
チャコが広場で練習することを提案すると誰も反対しなかった。
なので、店を出て少し歩いたところにあるハクアが降り立った広場へと移動し、リッカの手を引きながら歩く練習を行った。
しばらくすると手を離しても歩けるようになり、さらにはそこまで早くはないが走れるようにもなった。
竜だからなのか、運動神経が良いのかはわからないが、少なくともティアよりは早く走れている。
ティアの運動神経が悪すぎるのかもしれない。




