Page43「最南端の村『フェゴ』と赤い冒険者」
精霊大陸最南端の村『フェゴ』。
人口200人ほどの村で、一年中雪が降り積もるため、農業は殆ど行われておらず、寒さに強い果樹を育てている。
林業以外に雪山に住む獣や極寒の海で取れる魚、氷を出荷することでお金を稼ぎ、農作物を購入して生活している。
村人の大半が朝のうちに村を出て、狩猟に赴き夕方に帰り、留守を預かるものは火の魔法や魔術で雪を溶かしながら生活圏を確保する。
そんな住みにくい環境の村だが、人が住むには理由がある。
一つは、高額だが、司書のネットワークによる配送で食物が確保されること。
もう一つが竜信仰である。
精霊大陸と魔大陸は繋がっており、その中央にティアが生活していたメモリアがある。
そのメモリアを挟むように白竜山脈と黒竜山脈が広がっていて、名前の通り竜が住んでいるため、古くから竜を崇める者達が集い、やがて村となった。
村の住人は朝のうちに狩猟に出て、日が沈む前に戻ってくる。
村に残ったものは魔法や魔術で雪の対処を行う。
そんな村の広場に両手で包み込むように何かを持った、真っ白な精霊竜のハクアが降り立ったのは、丁度狩猟に出た村人が帰ってくる頃だった。
「竜だー!!!!」
剣や槍、杖を持ってマントを着た一団が叫んだ。
その声に引かれてか、広場に面している一番大きな建物から、武器を持った人が多く出てきた。
冒険者組合から出てきた冒険者だった。
それぞれ自分の武器を持って出てきたが、ハクアに向けて構えてはいない。
村に入る時に「村に竜が降りてきても武器を向けてはならない。向けるのは攻撃されてから」という説明を受けているので。
その説明を行なった村人達は叫ばず、竜に向かって片膝を着き頭を下げている。
狩猟から戻ってきた者は、獲物を放り投げてまで頭を下げている。
竜信仰者による竜への挨拶だ。
「「「「「………」」」」」
しばらく沈黙が流れた。
村人達は頭を下げ、寒空の下汗をかき冒険者は身構え、商人達は建物から頭だけを出して様子を伺っている。
冒険者の緊張も当然である。
話に聞く竜種よりも大きな精霊竜が、いきなり村の中心に現れたのである。
習性を知っていて敵対する気がなくても身構えてしまう。
ハクアは吠えもせず、念話もせずに周囲を見回しているだけなので、たまに目が合う。
そうするとさらに緊張してしまう。
「あのぅ、本日はどういったご用件でしょうか?何かお探しのようですが」
沈黙を破ったのは1人の老人だった。
広場に面している冒険者組合、商人組合、宿屋、雑貨屋などの店、村民が集う集会所を除き、1番大きい家。
逆を言えば、広場に面している家の中で1番小さな家だ。
その家からティアより少しおおきい少女に手を引かれて、杖をつきながら歩いてくる老人。
少女は孫だろう。
《お久しぶりです村長。今日はいつもの要件ではないのですが、まずはこれを》
ハクアは村長の前に、ハクアが異空間からスノーウルフ、スノーモンキー、アイスキノコ等様々なものを出した。
ハクアは主であるティアの母親「マリアリーゼ」から、司書が使うメモリアの本を手帳化したものを貰っているため、ハクアの異空間から取り出している。
手帳自体は鱗の裏に入れて使っているため、外からは見えないようになっている。
「おぉ!いつもありがとうございます!皆の者!精霊竜様からのお恵みであるぞ!保管庫へ運びなさい!」
「「「おぅ!」」」
村長の一声で跪いていた村人が一斉に動き出し、狩で仕留めた獲物も共に運び始める。
身構えていた冒険者達は、ハクアの念話に驚き、平然としている村人に驚き、ハクアの出した獲物に驚いて固まってしまった。
最初は「なっ?!」とか「え?!」など反応していたが、最後には無言で見ているだけだった。
「それで、いつもの獲物は頂きましたが、他の要件があるのですよね?」
《そうですね。少々お待ちを》
ハクアは再度周囲を見回し、1人の冒険者を見ると視線を止めた。
その冒険者はまだ成人していないほどの少女だった。
真っ赤なロングの髪に切れ長の赤い瞳、金の刺繍が入った赤い服の上に、縁取りが金の赤い胸当てと肩当て、背中には表裏共に真っ赤なマントを着け、赤いズボンに赤いブーツを履いており、どちらも金の刺繍が入っている。
腰には赤い鞘に入った細身の直剣を左右に一本ずつ着けて立っている。
手には赤い手甲を着けていて、赤い果実を齧りながらハクアを見ていた。
周囲の冒険者が固まっている中、全身真っ赤で赤い果実を齧る姿は周囲から浮いていた。
《そこの赤い方。こちらにきていただけませんか?》
念話を受けた冒険者は周囲を見渡し、自分の他に赤い冒険者が居ないとわかると、ゆったりとした足取りでハクアに近づいた。
「何でしょうか?」
平均よりも大きい精霊竜の前に仁王立した赤い少女が発した言葉には、他の冒険者達とは違い精霊竜を恐れることによる緊張や、村人のように崇めている印象はなかった。
《少々頼みたいことがありまして。まずは、貴女はこの村の人ではありませんね?》
「そうです。王都から来ました」
《では、この後は王都へ帰られますね?》
「ここでの用事が済んだら帰ります」
《では》
ハクアは体を低くし、合わせていた両手を少女の前に出し、開いた。
そこには司書の服を着たティアと精霊竜の子供であるリッカが寝ているだけだった。
どうやらペンシィ、レイン、ゴルディアは異空間に入っているようだ。
「私にくれるのですか?」
《あげませんけど…。この子達を王都に連れて行って欲しいのです。報酬はこちらでどうでしょうか?」
少女が本気で言った訳ではないことを理解たハクアは要件を伝え、少女が覗き込んでいる手の中に竜結晶を出した。
竜結晶を見ても少女は眉ひとつ動かさなかった。
《竜結晶では足りませんか?》
「いえ、報酬は何でもいいんですが、なぜ私かだけ教えてください」
《わかりました。理由はですね…貴女が私を見た様子からこの村の人間ではないこと、他の冒険者に比べて根性があることから選びました》
「根性…。まぁいいです。受けます」
少女は複雑そうな顔をしていたが、納得したのか依頼の了承を告げた後、ハクアの手の中にあった竜結晶を掴み、ズボンのポケットに入れた。
その後ティアを抱っこして左手で抱え、リッカを右手で抱える。
「依頼はこの子達を王都へ送り届けることでいんですよね?」
《そうです。護衛みたいなものですが、ギルド経由で依頼したほうがいいですか?》
「私は冒険者学校の生徒なので、正式な護衛依頼は受けることはできないので、このままでいいです」
《冒険者学校…。試験を受けて合格した者のみが入れる学校でしたね。であれば、貴女は優秀なはず。王都へ送り届けることは可能ですか?》
「大丈夫です。私以外に優秀な生徒が3人居ます。このメンバーで王都から来たので、帰りも問題ありません」
《わかりました。では、よろしくお願いします》
ハクアは一度通った道を戻るだけなので問題ないと判断した。
「はい。最後に一つ。貴方の名前は『ハクア』で合っていますか?」
《そうですが、どこでそれを?》
「リリィさんから色々と…。では、失礼しますね」
少女は踵を返して冒険者組合事務所に向かって歩いていく。
ハクアは少女の口から自分の妻の名前が出たことで固まってしまった。
妻の名前を知っているということは、少なくともマーブル宰相に付いているマリアリーゼに近い人物になる。
ハクアを見て驚かなかったのはリリィを見たことがあるからかもしれない。
できることなら主人の娘を王都に送りたかったハクアだったが、山を守る関係上これ以上離れることができない。
託したからには信じるしかないのだ。
「あの…精霊竜様。ご用件は先ほどの子供達の護衛だったのでしょうか?手練れの冒険者を雇うことも可能でしたが大丈夫ですか?」
《大丈夫ですよ。彼女は精霊を宿しているようです。あの子を無下には扱えないでしょう》
ハクアはマリアリーゼの従魔になったことで、後天的に精霊を見ることができるようになっていた。
つまり、レインやゴルディアの声も聞こえていたのである。
同じくリッカも精霊を見れるようになっているはずだが、名前を貰った興奮で気づいていない。
そしてハクアは、赤い少女から精霊の気配を感じていた。
そんな少女が精霊に愛されているティアを傷つけるとは思えないので、下手に手練れの冒険者に頼むより安全だと判断している。
「そうですか…。では、これは、いつものお礼です」
村長は村人に用意させた魔石の入った袋を差し出す。
ハクアから獲物をもらい、肉は村人へ。
皮や爪などの素材を売って、そのお金で魔石を買い竜に渡す契約なのだ。
ハクアは魔石の入った袋を掴み、異空間に収納すると飛び上がった。
《では、また獲物が溜まれば来ます》
「はい。お待ちしております」
ハクアは白竜山脈に飛んで行った。
村長は、ハクアが見えなくなると孫に手を引かれて家に帰って行った。
残されたのは、その光景をずっと見ていた冒険者達だけだ。
冒険者達はチラッと冒険者組合事務所を見ると、諦めたようにため息をついて各々散って行った。
竜結晶は欲しいが、王国にケンカを売る気はないので。




