Page42「竜の手に乗り山村へ」
子竜の従魔契約の条件として、父親である精霊竜の魔獣化から助けたティア達の前に、真っ白いマントで全身を隠した白髪の青年が立っていた。
青年は短く揃った白い髪で、額からは白い角が二本生えていて、先端も二本に枝分かれしている。
瞳は青く、優しい光を宿している。
《もしかして父上なのかー?魔力が同じなのじゃー》
人型になっても魔力の質は変わらないため、現れた人物の周囲をパタパタと飛び回り、時折匂いを嗅いだりしながら確認する子竜は、何度も繰り返し確信したのか、肩に乗った。
それに対してティア達は呆然としていた。
助けたはずの巨大な竜が消えて、その場には居なかった人がいる。
精霊竜が魔法で人になったという事は想像できているが、理解が追いついていない。
ペンシィを除いて。
「やっぱり!久しぶりハクア!」
「あーお久しぶりですペンシィさん。20年ぶりぐらいですかね?」
「だね!アタシは20年ぶりの外だし!」
「そんなになりますか…と、他の皆様は…初めてですね」
「うん!初めてだね!」
「では、挨拶を。初めまして、マリアリーゼ・メモリア様が従魔、精霊竜のハクアと申します。どうぞよろしくお願いします」
「え?!お母様の従魔なのですか?」
ハクアと名乗る青年から、母親であるマリアリーゼの名前が出てきたことで、固まるティア。
挨拶を返さないティアを気にしたペンシィが、目の前を飛んで注意を引き、自己紹介を促す。
「あ、申し訳ございません。マリアリーゼ・メモリアの娘、ティアメモリアです。こちらのぬいぐるみには元勇者のレインさん、こちらには元魔王のゴルディアさんが精霊になって入っています」
普段は自分の名前だけ言うはずだが、相手が母親の従魔なので、同じく母親の名前を出して名乗る。
さらに前後を警戒していたレインとゴルディアを指して紹介する。
紹介され2人は頭を下げるだけで何も言わなかった。
子竜は精霊の言葉を聞けなかったので、ハクアもそうだと考えたからだ。
「やはりマリアリーゼ様の娘でしたか。一目見たときに何か関係があると思いまして、追いかけていたのです」
「ん?魔獣化していたから襲ってきたんじゃないの?」
「いえ、襲ってしまったのは魔獣化も関わっていますが、直接の原因はこの子です」
ハクアは肩に乗った子竜を指差す。
鼻の上に吐いた竜結晶を乗せて転がし、落とさないように遊んでいた子竜は、急に話を振られてバランスを崩して竜結晶を落としたが、ハクアが空中で掴む。
子竜は怒られるかと思ったのかぷるぷるしだしたが、ハクアが撫でて落ち着かせ、経緯を話し出した。
「先日、黒竜山脈のコクと組手をしていたのですが、その時にメモリアに向かう強大な魔力を感知しましたので、止めるために別れたのです」
「あの…コクって誰でしょうか?その方も精霊竜なのですか?」
ティアがハクアに質問する。
ハクアはペンシィに対して話し始めたので、コクを知っている前提だったがティアは知らないのだ。
そもそもティアはどう見ても子供なので、ペンシィがリーダーだと思ってしまったのだろう。
確かに指示を出すのはペンシィだが、この一行のリーダーはティアなのである。
本人に自覚はないが。
ペンシィはティアがやりたいことを全力でサポートする。
ティアが細かい指示を出せないので、代わりにやっているだけなのである。
「コクというのは私と同じくマリアリーゼ様の従魔になっている精霊竜ですね。私とは違い体は黒いのですが。他にも私の妻であるリリィと、コクの妻であるダリアも居ますが、2人はマリアリーゼ様の護衛についています」
「お母様はたくさん精霊竜を従魔にしているのですね」
「ですね。普通であれば一体でいいはずなのですが、たまたま4匹でいた時にまとめて動けなくされましてね。それで契約しましたよ」
ハクアは苦笑いだった。
マリアリーゼは精霊竜が4匹集まっているところに乗り込み、鞭で縛り上げながら魔力を奪い、弱ったところで自分の魔力を与えて従魔にしている。
受けた側からすれば、従魔になる以外生きる道がない方法である。
母は強いのである。
その時はまだ結婚相手すらいない時期だったが。
「話を戻しますね。コクと私はそれぞれの山脈で身構えていました。私は体で、コクはブレスで止めようとしましたが、結果はご存知の通りです。そして、しばらくすると魔獣化が始まりまして、初めての感覚に戸惑って少し暴れてしまいました。その時に娘が逆鱗に噛み付いたことで痛みに気を取られて魔獣化の影響でさらに暴れるという悪循環が完成しました」
「きゅー…」
説明を聞いて落ち込む子竜。
ハクアはまた撫でて落ち着かせる。
「ティアちゃんを追いかけてきたのはなぜ?」
「娘を安全な場所へ移したかったのですよ。噛む力が弱まったので飛び立ったところあなた方を見つけましてね。簡単に娘が渡せればよかったのですが、即座に噛まれまして、後は魔獣化と娘の噛み付きの板挟みでしたよ。幸いにも娘を取ってもらえたので、後は巣で魔獣化する前に命を絶とうと思っていたのですが、娘が戻ってきたものですから慌てて降りようとしたら、バランスを崩しましてね…。それが先ほどの状態です」
ハクアは乾いた笑いとともに、恥ずかしそうに笑う。
安全な場所に遅れたと思った娘が戻って来たことで焦り、さらに飛行中に魔獣化が進んでバランスを崩したのだ。
竜でなければ死んでいた。
「それで、娘から聞きましたが、従魔契約のお願いとして私を助けたのですよね?」
「そうですね」
「では、娘に名付けをお願いします。竜同士で呼ぶ時の名前は人間には発音できませんので、元の名前は気になさらずに。私も竜と話す時以外はハクアと名乗っていますし」
「わかりました。では『リッカ』はどうでしょうか?」
《うむー!今日からリッカと名乗るのじゃー!》
ティアの正式な従魔となった子竜改めリッカが、喜びの声と共のうっすらと光った。
本契約が完了したようだ。
肩に乗ったリッカが光ったので、少し眩しそうにしていたハクアだったが、もしかしたら娘の成長を感じて目を細めていたのかもしれない。
「おめでとうリッカ。これからはティアと共に頑張るのですよ?」
《わかったのじゃー!》
「ティアさん。娘を、リッカをよろしくお願いします」
ハクアはティアに頭を下げる。
下げられたティアは戸惑いつつも、連れて行っていいのか確認する。
リッカは小さいので、親元から離していいのかわからないからだ。
「あの、リッカちゃんはまだ小さいと思うのですが、私と一緒に行ってもいいのですか?」
「はい。先ほどリッカが竜結晶を吐き出しました。これを吐き出せば大人として扱うことになりますので、連れて行ってもらって構いません。本来であればもっと大きくなってから吐き出すのですが、ティアさんの魔力が良かったのでしょうね」
「竜結晶ですか?それには私の魔力とリッカちゃんの魔力が溜まっていますね。私の魔力をたくさん食べていたからでしょうか?」
「そうですね。竜結晶は竜族に伝わる人化魔法を教えるのに必要になります。一個あればいいので二個目以降は好きに使っていただいて構いません」
「リッカちゃんも人になるんですか?!」
「そうですよ。私も同じ方法で人化していますし」
ハクアがさらっと言ったことだが、ティアにとっては驚きに値する。
そもそもハクアが人になっていることも聞きたかったので、二度手間が省けて良かったのかもしれないが、心の準備はできていない。
「では、少々お待ちください」
ハクアが離れて竜になり、リッカと話している。
とは言っても鳴き声のため、ティア達には理解できない。
そのやりとりはすぐに終わり、ティア達の元へ戻ってくるが、リッカは人化していなかった。
ハクアは人化していたが。
「リッカちゃんは人化しないのですか?」
「魔法は教えたのですが、服が無いのでやりませんでした」
「ハクアさんの服はどこから出て着てるのですか?」
ティアはハクアのマントを指差す。
歩く時に見えた服は白いズボンとブーツだった。
上半身の服は見えなかったが、白い服を着ているのは間違いない。
「私の服はマリアリーゼ様からいただいた手帳から出しています。私専用の異空間ですね」
「従魔契約した方に異空間を作るのですか?」
「従魔にも作れるし、準司書にも作れるよ!従魔の場合は人型で知性がないと使えないけどね!」
「では、私もリッカちゃんに異空間を作るべきですね」
「だねー。作るのはすぐだけど入れるものがないから、時間があるときに作っておくよ!」
「お願いします」
主人である司書のマリアリーゼが、自分の魔力を使ってハクア専用の異空間を作って、手帳型の本を経由して服を出している。
手帳は鱗の下に入れていて、人型になった時は、服のポケットに入っている。
着替えは祖母のクリスティーナが、模擬戦でティアが出した本を受け止める際に一瞬で着替えたのと同じ方法だった。
戦い方も決まっておらず、専用装備も必要としていないティアにはまだ早いため、ペンシィも教えていない。
「では、ティアさんを白竜山脈の麓にある村『フェゴ』に送りましょう。そこでリッカの服を買えばいいのですよ」
「んー。いいんじゃないかな!このままのペースだといつ山を抜けれるかわかんないし!」
「私はそれでもいいのですが、レインさんとゴルディアさんは大丈夫ですか?」
『おう!大丈夫だ!』
『我も問題ない』
「わかりました。では、よろしくお願いしますハクアさん」
レインとゴルディアに確認を取り、ハクアに返事するティア。
ぬいぐるみの2人に確認する必要があったかは微妙だが、ハクアに乗って精霊大陸でメモリアに一番近い、白竜山脈の麓にある村に向かうことになった。
再度竜になったハクアの手に乗りるティア一行。
念のため、手のひら周辺を結界で覆ってから飛び立ってもらった。
ハクアは落ちてきた穴を通り、山頂から飛び出て村へ向かう。
飛ぶ前に結界を張ったのはペンシィの指示だったが、いい判断だった。
念願の飛行で興奮したティアは結界にへばりついて、高速で流れていく山を見下ろしたり、水平線を眺めている。
結界がなければ落ちているかもしれない。
それに加えぬいぐるみであるレインとゴルディアが風で飛ばされている可能性もあった。
何はともあれ、一行はハクアに乗って白竜山脈の麓の町『フェゴ』を目指す。
その町は精霊竜を崇めているため、ハクアに乗って降りれば騒動になることを知らずに。
これにて第2章は終了です。
次回から第3章「山村と 爆裂王女と 冒険者」です。




