Page41「精霊竜浄化」
雪山に出たティア一行は雪山を進み、中腹にある洞窟の入り口に立っている。
子竜が父親である精霊竜の魔力を探した結果、山頂に作られた巣に居ることがわかったためだ。
精霊竜の巣に行く道は2つあり、一つが雪山の表面を進む道で、吹き付ける風や険しい足場を進み、断崖絶壁を登らなければならず、更に野生動物にも気をつけなければならないので、ティアと子竜以外が反対した。
野生動物はどうにかできるとしても、ティアの運動能力ではたどり着けないと判断されたのである。
二つ目の道として精霊竜が作った洞窟がある。
竜といえどずっと吹雪の中で生活して居るわけではない。
子育てや睡眠、安全に食事をするために洞窟を掘り進め、やがて山頂から中腹へと繋がったのである。
また、この洞窟は子竜を安全に育てる場所でもあるため、道幅は広く、小さな生物でも進みやすい足場となっているが、洞窟内には外よりも強い獣や、変わった獣が居る。
これは、洞窟を拡張し過ぎたことにより、野生動物の住みかとなってしまったためであり、弱い獣は強い獣に淘汰されるか、追い出された結果だった。
精霊竜にとっては近場に獲物がいることになるため、追い出すことはないどころか洞窟を広げた。
獣にとっては精霊竜に見つからなければ雪を凌げるため、外よりも安全に繁殖できるので出て行くことはない。
ちなみに、子竜が外でスノーラビットを狩っていたのは、洞窟内の獣が強過ぎて狩れそうになかったことが原因だった。
以上のことを雪山を進みながら子竜から聞いたので洞窟を目指して進んだ。
途中スノーウルフの群れと遭遇したが、レインとゴルディアが対処した。
「じゃあ今から洞窟を進むけど役割を確認するね。アタシが光を出すから、前はゴルディア、後ろはレインで警戒。ティアちゃんは結界と【複製】ができるようにして、子竜が道案内。これで行くけどいいかな?」
『我は構わんぞ』
『俺も問題ない』
「わかりました」
《案内は任せるのじゃー。父上と通る道には何も出てこないのじゃー》
ペンシィは洞窟の進み方を決めて全員に伝える。
基本的にやることは変わらないが、洞窟といえば曲がっていたり、多数の行き止まりがあるため見通しが悪い。
そのためレインとゴルディアを前後に配置した。
前はペンシィとゴルディアで止めることができる。
後ろから大勢来た場合は、レインがティアを担いで前に出ればいいので。
ティアと子竜は戦力にカウントされていない。
「精霊竜と通る道…ってことは竜の道かー。戦闘が少なく済みそうだねー」
『ん?竜の道を進むのか?遭遇する敵が極端になるぞ」
『うむ。特殊な方法で竜の探知から逃れたり、倒すのが面倒な者が多くなるな』
「そうなんだ…アタシ竜の道通るの初めてなんだよ。面倒なのイヤだなー」
ペンシィ達保護者組が洞窟について話している間、ティアと子竜の子供組も洞窟について話している。
ただし、内容は洞窟内の綺麗な場所についてだった。
《魔力を流すと光る石があるのじゃー。他にも光る苔を写す湖とかもあるのじゃー》
「わぁ…見てみたいです!」
《湖は無理じゃが、光る石は少しだけなら通り道にもあるのじゃー。見つけたら言うのじゃー》
「お願いします!」
そんな会話をした後、決めた通りの隊列で洞窟に入る。
「いやいやいやいや…。竜が動くためなのはわかるけど…広すぎでしょ!」
『うむ…この広さで通路なのであろうな』
洞窟に入ったペンシィが光の玉を周囲に出しながら吠える。
ペンシィの言う通り洞窟は広かった。
岩を削ってできていて、遭遇した精霊竜でも余裕で動き回れるほど広く、ただの通路のはずだが、部屋のような広さのまま奥に続いている。
『竜の住む洞窟に入ったことはないけど、これはすげーな』
「広いですね…洞窟とはこういうものなんですか?」
『人が言う洞窟は2、3人が横に並んで進めるぐらいの広さで、高さも身長より少し高めぐらいだな。長槍を立てて進めるかどうかってぐらいだ』
「ここは…20人は並べますね…」
《父上でも通れる広さなのじゃー》
そう言った子竜は周囲を警戒しながら進むティア達を置いて飛んで行く。
ティアとペンシィは対応できず、レインとゴルディアは小竜の声を聞けないので、子竜がいきなり飛び去っただけに見えた。
「えっと…どうしましょうか?」
「と、とりあえず進む!今の所直線だし!」
「わかりました…」
気を取り直してゆっくりと進むと、前方から子竜が戻って来た。
《遅すぎるのじゃー!父上はこの先に降りて来ているのじゃー!》
「えぇ?!山頂じゃなかったの?!」
《ついさっき降りて来たところなのじゃ!》
『ん?精霊竜が移動したのか?』
「そうみたいです…。この先に降りてきたらしいです」
『竜が通る縦穴のようなものがあったのだろう。それよりも逃げるべきではないか?』
『だな!今なら出口は近い!』
子竜の発言に驚いたペンシィは、全身をピーンと伸ばした。
それに対して声の聞けないレインはノンビリと確認するが、即座に対応策を考え出したペンシィは答えることがなかった。
そのため、ティアが代わりに答えると、ゴルディアが精霊竜の移動方法を推測して、対応方法も提案し、レインはゴルディアの提案に乗り、即座にティアの横に移動して、いつでもお米様抱っこできる用意をした。
ゴルディアの推測通り、頂上と中腹を繋ぐ精霊竜の巣の中にはいくつか縦穴がある。
精霊竜が使用したルートは山頂付近の広間から、中腹から入ってすぐの広間への縦穴だった。
子竜は降りるまでに体力が尽きてしまうため使うことがなく、ただの大きな穴という認識で、ショートカットできることは知らなかった。
《待つのじゃー!父上には戦う力がないのじゃ!ぐったりしておるのじゃ!早く助けて欲しいのじゃー!!》
「え?!すぐに行きましょう!」
子竜は一箇所に集まって、チラチラと後ろを振り返るゴルディアを見て慌てて話す。
その念話を聞いたティアは即座に前に進もうとした。
対してレインとゴルディアには「きゅるきゅる」としか聞こえていないため状況がわからないが、即座にティアの前に出て歩みを止めさせることはできた。
2人からすると危険に向かって進んでるだけにしか見えないので。
『おいおいおい!子竜はなんて言ってるんだ?』
「精霊竜は戦うつもりはないみたい。グッタリしてるんだってさ…。魔獣化が進んじゃってるかもしれないから急いだ方がいいかも!」
「急ぎましょう!」
『あーもう!いきなり過ぎるだろう!とりあえず何が何でも守るぞゴルディア!』
『うむ!いざという時は逃げてくれ!』
《早く行くのじゃー!!》
子竜について行くと、ただでさえ広い通路がさらに開けた空間に出た。
左右を見ても壁は見えず、見上げても天井が見えない。
そんな空間を少し進むと倒れている精霊竜が、ペンシィの出す明かりに照らされた。
ペンシィが精霊竜の様子を見た結果、魔獣化が進んで動けないのではなく、落ちたことが原因で動けなくなっているようだ。
「たぶんだけど、抜け道を使っている最中に魔獣化の影響でバランスを崩したんだと思うよ。意識はあるみたいだけど動く気配はないね」
精霊竜は魔獣化が起きていない右半身を地面に着けて倒れている。
その状態で「ぐるぐる」と唸り声をあげ、それに答えるかのように子竜が「きゅるきゅる」と鳴いている。
しばらく唸っていたが、子竜がひときわ大きく鳴くと、精霊竜は諦めたかのように一唸りした後目を閉じた。
《ティアー!父上に話したのじゃー!》
「ゴルディアさん!準備ができたみたいです!お願いします!」
『うむ!任された!』
ゴルディアが進み出て、精霊竜の左半身に生えている黒い棘に手を向ける。
しばらくすると棘が淡く光り始め、ゆっくりと黒い光の粒になっていく。
ゴルディアはその粒をぬいぐるみの体内に入れようとしたが、うまく入らないのか表面をすべらせるだけだった。
しばらく試行錯誤した結果、粒を集めて圧縮して、黒い石を作り出した。
それを棘の数だけ繰り返した結果、約20個ほどの石ができた。
体内に取り込めなかった魔力を押しかためて、闇属性の魔力石にしたのである。
『棘の処理は完了した。これで浸食は止まるだろう。後はあの黒い部分を浄化するだけだ』
「次はティアちゃんの番だね!内容は簡単だけどやり方は複雑だから注意してね!内容は鱗に染み付いた精霊竜じゃない魔力をティアちゃんの魔力で押し出すだけなんだけど、弱過ぎると抜けないし、強過ぎると体に影響が出るかもしれないしねー」
「調整が難しそうですね…。押し出すということは私の魔力が残るんですよね?大丈夫なんですか?」
「【浄化】で使ったティアちゃんの魔力は、しばらくすると抜けるよ。抜けた後は精霊竜の魔力で満たされて元どおりになるんだよ。魔素が強すぎて精霊竜の魔力を食べてたから魔獣化しちゃった感じ」
「なるほど…難しそうですけどがんばります!」
「お願いね!ティアちゃんの魔力が強すぎたら子竜に食べてもらうから、最初は強くていいからね!」
「はい!」
《任せるのじゃー!》
ティアが精霊竜に近づいて額から魔力を出す。
「魔力を一本にして、それを黒くなっている所に押し当てる感じでいいよ!」
「わかりました!」
言われた通り、その魔力を一本に伸ばして、黒くなっている部分に押し当てる。
すると、押し当てた部分からティアの魔力が黒くなっていく。
精霊竜の体内にある魔力を浸食するよりも、むき出しのティアの魔力の方が浸食しやすいため、起きた現象である。
「もっと強く出して!」
「はい!」
言われたティアは更に魔力を出す。
すると制御しきれないのか、黒い部分からはみ出したり、途中で枝分かれするようになったが、黒くなり始めたティアの魔力部分を押し返すことはできた。
「ティアちゃんはその状態を維持!君は溢れてる部分を食べて!」
「んー!」
《食べるのじゃー!》
ティアには返事をする余裕はなかった。
まだ魔力を操作するようになって数日なので、言われた通り出せるだけでも優秀である。
子竜は黒い部分からはみ出している魔力を吸うように食べる。
これでなんとか黒い部分だけの魔力を当てることができた。
少しすると黒い部分が薄くなり、やがて白い鱗気戻った。
ティアからはそれが見えないが、近くに居た子竜には見えたので、大きく口を開けて魔力を飲み込み始める。
「ナイス食いつき!ティアちゃん!ここは完了したから次の黒い部分を狙って!」
「は、はい!」
《どんどんいくのじゃー!》
ゴルディアが作り出した石の数だけティアも【浄化】を行なった。
だいぶ時間がかかったが、精霊竜の黒い部分は無くなった。
「ティアちゃん終わったよー!お疲れ様!」
「ふぅ…。頑張りました」
ティアにとって初めての長時間放出だったため、額に汗をかくほど集中し、魔力の放出が収まった今、前髪が張り付いていた。
子竜は精霊竜の様子を一通り確認するとティアの前に戻ってきて…「ぎゅえっ」という声と共に白く輝く丸い宝石を吐いた。
「大丈夫ですか?!」
《なんじゃー?!》
目の前で宝石を吐かれたティアと、なぜ宝石を吐いたかわかっていない子竜は慌てている。
それを制したのはペンシィ達ではなく、聞いたことのない声だった。
「それは竜結晶ですよ。我が娘は良質な魔力をたくさん食べたのですね」
声の聞こえた方を見ると、真っ白いマントに身を包んだ青年が立っていた。