Page 4 「メモリアの精霊樹」
朝食を終えたティアとクリスは、他愛のない話をしながら廊下を進む。
ティアがペンシィからぬいぐるみを貰ったことを話すと、クリスは意地悪い視線をペンシィに送る。
クリスに見られたペンシィはこのままでは弄られると感じ、無理やり話題を変えた。
「ねぇクリス。ティアとはリンクを繋がないの?」
「リンク…ですか?」
「メモリア様と話した後でいいと思ってたんだけど、ペンシィが話を変えたいそうだから今やろうか」
ニヤニヤしながら空中に本を出すクリス。
「ティアもペンシィから貰った本を出しな」
「あの本はペンシィさんの本ではないのですか?ペンシィさんを呼べば一緒に現れましたが...」
「アタシでも出せるけど、ティアちゃんも出せるよ〜。目の前に渡した本があることを想像してみて」
ティアは目の前にペンシィから貰った本が浮いているところを想像した。
すると、まるで最初からそこにあったかのように本が現れた。
「出ました!」
「慣れるとどこでも出せるようになるさ。さて、表紙を私の本に向けな」
ティアは挟み込むように持ち、表紙がクリス側になるように回した。
クリスは互いの本の表紙に埋まっている玉をゆっくりと当てる。コツンという音と共にチカッと光った。
「これで私の本とティアの本が繋がったよ。といっても筆談でやりとりができるようになるだけだ。ティアが私に伝えたいと思いながら何か書くと、私の本に表示されるっていう程度のものさ」
言いながらペンを取り出したクリスは、本を広げて何か書くと、ティアの本の一部ページが薄っすらと光りだした。
光っているページを開くと
『司書おめでとう。これから大変だろうけど頑張りな!』
と書かれてあった。
「玉を触れさせた相手にしか届けられないから、今のティアちゃんはクリスにしか送れないよ。他の司書に用事がある場合は、伝えたい司書を聞いて、その司書が契約してる精霊に伝える事になるからめんどくさいのよ。司書と会ったら積極的にリンクを繋いでおくと連絡取りやすいよ」
「わかりました。他の方をお見かけしましたらお願いする事にします」
「詳しい使い方はペンシィに聞いとくれ」
リンクの使用方法をペンシィに丸投げし、本を消すクリス。
ティアも本を消そうとするが、消えない。
「目の前にある物を無いように認識するのは難しいからね。自分の中にある本棚に収めるイメージでやってみな」
ティアは本を抱きしめ、想像した本棚に入れることをイメージしながら、より強く抱きしめると消えた。
「消えました…どこに消えたのですか?」
「ペンシィが管理してる空間に消えんだ。ティアが出そうとしたら、その空間から出てくるんだよ」
「そうなのですか」
ティアは本を出したり消したりしながら歩く。
リンクを結んでからしばらく進み、精霊樹がある中庭に出る扉の前で止まるクリス。
「ティア契約してから精霊樹を見るのは初めてかい?」
「はい。今日はまだ見ていません。いつも通り昼食後に行く予定です」
「ちゃんと毎日行ってるみたいで安心したよ。今から精霊樹に行くよ。昨日までとは違って見えるからよく見ておくんだよ」
クリスはそう言って勢いよく扉を開けた。
遠くにあるのは見慣れた50m以上ある大樹だったが、その相貌は大きく異なっていた。
精霊樹の周辺が光を反射する水面のようにキラキラと光っている。
ティアが精霊樹に近づいて行くと光が集まってくる。
遠くで見ると丸い球状に見えたが、近くで見るとぼんやりとした光の中で、小さな羽を生やした親指サイズの精霊が見えた。
ペンシィは掌程の大きさなので、半分以下の大きさだった。
「昨日も精霊樹の下に行きましたが、この精霊さん達は居ませんでした…」
「それはティアちゃんがアタシと契約したからだよ。普通の人は素質がないと精霊は見えないんだけど、ティアちゃん達の血は特別で、素質は必ずあるんだ。だけど、精霊と契約するまで見えないようになってるんだよ」
「そうだったのですか。ですが、見えないのに契約できるのですか?」
「司書の精霊契約はメモリア様に精霊を決めてもらうんだ。その場合、まず本が現れて、本を手に取ったら契約成立で精霊が見えるようになるんだよ」
「本来はそのように契約するのですね。私は本をいただく前からペンシィさんが見えていましたが、どうしてでしょうか?」
「あそこはアタシの仕事場だから精霊の為の空間でね、素質がない人でも精霊が住む空間に入れば、そこに居る精霊は見えるんだ。けど、普段見えないものを無理に見えるようにしているからあまりよくないんだ。ティアちゃんもアタシと契約せずあそこにいたらどうなってたかわかんないよ」
「ペンシィさんは私を助けてくださったのですね。ありがとうございます」
「当然のことをしたまでだよ!まぁ勝手に契約したことでメモリア様に怒られたけど…」
胸を張ってからすぐにうな垂れたペンシィ。
ティアは苦笑し、クリスは笑っている。
「そういえば、こちらの精霊さん達はずっと精霊樹にいらしたのですか?」
精霊樹からティアに向かって飛んで来た精霊は、ティアを中心に周囲を飛び回る。
「ティアには見えてなかったけど、ティアが精霊樹に行くたびほとんどの精霊がティアの周りに集まってたのさ。精霊の塊を見たらティアが居るってわかったもんさ」
「そうだったのですね」
周囲に漂う精霊を見ながら進むティア。
時折、ぴとっとティアに触れる精霊がいる。
触れた精霊をジッと見ているティアは、触れられた箇所がじんわりと熱を帯びていることに気づいた。
触れた精霊はティアの視線に気づき、慌てて離れて精霊樹へ戻る。
「ペンシィさん、先ほどから精霊さん達に触れられた所が温かいのですが、何をされているのでしょうか?」
「それはね、ティアちゃんから魔力を吸い取ってるの。それを繰り返すことで精霊に魔力を渡しやすくしてるのよ。ティアちゃんは魔法使える?」
「わかりません。魔法が書かれた本を読んだことはありますが、使ったことはないです。お祖母様にも使うなと言われています」
「まぁもし使おうとしても使えないんだけどね。メモリア一族はそういう血筋だし」
「そうなのですか?私以外の家族全員、魔法を使えていましたよ?」
「それは契約した精霊に魔力を渡して、精霊が魔法を使ってるんだよ。精霊が触れて魔力を取ることで、精霊に魔力を渡す方法を体に覚えさせてるんだ。今後はアタシに魔力を渡して魔法を使ったり、その他にも色々なことをしていくのよ」
「そうなのですか…魔力を渡すというのがどういう感覚かはわかっていませんが大丈夫でしょうか?」
「契約する時も、読みたがってた本を出す時も問題なく貰えたから大丈夫だよ」
「ティアは魔力が多いから渡してる感覚が曖昧なんだろうね」
ティアとペンシィの会話を聞いていたクリスが口を挟む。
クリスに後を任せたペンシィは周囲の精霊と話しだす。
「私の魔力は多いのですか?」
「そうだね。私の知り合いに筆頭宮廷魔導師をしてる知り合いがいるんだけど、そいつよりもはるかに多いよ。さすが私の孫だ。あんな魔法ババアの魔力量はティアの足元にも及ばないよ」
クリスは懐かしむように目を細める。
ティアは祖母が司書長になる前にしていた仕事を知らない。
祖母に聞いても「司書になったら教える」としか答えてくれないのだ。
「ティアは魔力が多いから、溜まった魔力を取ってもらうために毎日精霊樹に行くように指示したんだ。私の時は週1回。ティアの姉たちは2週に1回だったよ。それに精霊樹に行った日は疲れるからすぐに寝てたけど、ティアはそうじゃないだろ?」
「はい。お祖母様から司書見習いの仕事の一環で、昼食後に精霊樹の様子を見に行っていましたが、疲れるようなことはありませんでした」
「ティアはよく精霊樹の下で昼寝してたしね」
「はい。樹の下にいると温かくてとても落ち着いたのですが、それは精霊さん達のおかげだったのですね。ありがとうございます」
ティアは周囲の精霊に向けてペコリと頭を下げた。
精霊達はぷるぷると震え、ティアに一瞬触れると精霊樹へと戻った。
「ティアちゃんにお礼してもらって嬉しいみたいね」
そんな会話をしているうちに精霊樹の下についたティア達。
根元まで進むと、足元に開いた本に羽根ペンが描かれた魔法陣が現れ輝きだした。
焦るティアに、落ち着いたクリス、項垂れるペンシィが光に包み込まれて消えた。
ペンシィの零した「行きたくない…」という言葉は2人の耳に届かなかった。