Page37「逆鱗と子竜」
「次は火が来るよ!アタシの後ろに入って!」
『おう!』
『よろしく頼む』
精霊竜に向き直ったペンシィは、精霊竜からティアに向けて流れる水の膜を出した。
しかし、精霊竜が放った火のブレスは、水の膜をかすめる程度で、周囲の岩肌を破壊した。
「また?!ゴルディア!」
『心得た!』
火のブレス掠めたことによる熱気は水の膜で防げたが、崩れた岩を防ぐほどの物は出していない。
そのため、大きな岩は膜から飛び出たゴルディアが逸らし、小さな破片は水の流れに沿ってティア達が向かう、精霊竜とは逆方向へ流れる。
「意識がある分攻撃を逸らしてくれてるみたいだけど逆にやりづらい!」
『逸らしたことで周囲が削れて岩が落ちてくるしな』
『はー。めんどそうだなー』
「あの、結界を張りましょうか?」
「うーん。ゴルディアが逸らせない岩は結界で防いでもらおうかな。指示はゴルディアに任せるから、逸らせないと思ったらティアちゃんに伝えてね!」
「わかりました」
『心得た』
精霊竜は逃げるティア達を追いかけてきたが、その動きは緩慢で、ブレスを吐こうとしても直前で狙いを変えて当たらないようにしていた。
魔獣化による凶暴性が増したことにより攻撃を行うが、残っている自我が危害を加えてこないティア達に攻撃することを躊躇った結果、当たらないように攻撃することになった。
ペンシィ達からすればブレスに注意するだけでなく、崩れた岩にも対処しなければならないので、せっかくの精霊竜の頑張りが邪魔になっている部分もある。
また、精霊竜が攻撃を行うたび身をよよじらせるのだが、精霊竜に背を向けているレインはもちろん、岩の対処をしているゴルディア、ブレスに対処しているペンシィは原因を探る余裕がない。
探れるとすればレインにお米様抱っこされているティアだが、結界を張ることに集中しているためそれも難しい。
「もー!どこまで追いかけて来るの?!」
『完全に魔獣化していれば本能で襲ってきているはずだが、当たらないように攻撃して来るということは多少の自我があるはずだ。つまり、追いかけて来る理由があるのではないか?』
「理由?雪山に入る前も、入った後も特別なことはしてないよ!あるとすれば精霊竜の子竜にスノーラビットを奪われたくらいだよ!」
『奪われた?獲物を横取りされたということか…。それでは敵対したことにならないな…。やっぱりわからん』
ペンシィとゴルディアは精霊竜に対処しながら追われている理由を考える。
思いつく中では追われる理由は思いつかなかった。
そもそも追いかけて来る理由が魔獣化の影響であった場合考える意味はなくなる。
2人は攻撃を当ててこない精霊竜の自我を信じるしかなかった。
時たまこちらに何かを訴えるかのような瞳で見つめる瞬間もあるので。
「今度は魔法か!」
ブレスを吐き身をよじらせた後、今度は口ではなく周囲に魔力を集め始めた。
ブレスは単一の属性を口の前に集め、竜の吐く強烈な息で拡散させる技だが、魔法になれば複数の属性を使用したり、直線的な動きだけでなく発動後に操作することも可能なため、状況によってはブレスよりも対処に困ることがある。
『ペンシィ殿!』
「大丈夫!問題なし!」
精霊竜の周囲に風と水の魔力が満ちて、たくさんの氷柱を作り出した。
風で氷柱を打ち出すだけでなく、強風で身動き取れなくするような魔法だった。
対してペンシィはティアの傍らで浮いていた本と同じ本を出現させる。
その本の大きさは精霊竜が出した魔術陣を飲み込むほどの大きさだった。
「馬鹿正直に魔法の打ち合いなんてしないよ!広範囲攻撃だからブレスみたいに一部防御じゃなくて収納する方が楽だしね!」
ペンシィは精霊竜の魔法を戦闘用の異空間に入れることにした。
魔法で打ち消すことも可能だが、精霊竜に当たることを踏まえた結果だった。
それに加え、的確に打ち消すのがめんどくさかったのもある。
むしろそれが半分以上を占めている。
そんな理由で出された本開き、精霊竜が放つ魔法を異空間に収納する。
ペンシィは魔力の反応が無くなったことを確認して本を消した。
消えた本の向こう側では精霊竜が今までで一番大きく身をよじっていた。
「あの…精霊竜の尻尾の根元に子竜がいるように見えるのですが…先ほどから攻撃するたびに力強く噛んでいるみたいです」
「え?!」
ティアはレインに運ばれながらいつでも結界を張る準備をしていた。
しかし、いつまで経っても貼るタイミングが訪れないため【看破】で精霊竜を見始めた。
すると精霊竜の尻尾の根元に、本体とは異なる魔力がくっついている事に気がついた。
ただ、遠すぎて何が付いているかわからなかったが、ジッと見ていると【弓】の祝福である【観察】が発動し、精霊竜の子竜だと判明した。
その後もずっと見続けていると、精霊竜が攻撃するたび子竜が噛んでいる事に気がついた。
なぜ子竜が噛み付いているのか理由はわからないが、その事をペンシィ達に報告した。
「あー。アタシにも見えた。何で噛みついてるんだろ?」
『尻尾の根元というと竜の急所にもなる逆鱗があるところではないか?』
「だねー。あの精霊竜が親で、正気に戻って欲しいから逆鱗を噛んでるとか?」
『だとすれば逆効果だな。噛まれるたび怒りで攻撃しているように見える』
「ゴルディア。子竜を回収できる?」
『む…ブレス後の隙では弱いな…。魔法の溜めで近き、発動時の硬直で回収…でどうだ?』
「いいんじゃないかな。都合よくまた魔法みたいだし!」
『む!では行ってくる!』
精霊竜はペンシィ達の会話を聞いていたかのように、再度魔力を周囲に放つ。
精霊竜とは言え精霊ではないのでゴルディアの声は聞こえていない。
なぜ完全に防がれた魔法を放つのかはわからないが、このチャンスを活かして子竜の回収を行う。
火と土の魔法で燃え盛るマグマの塊を出したが、再度出現した本に収納され、ティア達に届くことはなかったが、それでもその熱で周囲の雪が溶けた。
『やったぞ!』
本を消し精霊竜を見ると、身をよじることなくこちらを見ていた。
その目でゴルディアに抱かれた子竜とティアを交互に移した後、飛び去った。
「行ってしまいましたね」
「だねー」
レインにお米様抱っこされたまま精霊竜を見送るティア。
ペンシィはゴルディアが抱く子竜に近づき様子を伺う。
「この子竜は魔獣化してないけど、ずいぶん傷だらけになってるね。さっきの精霊竜が戦ってた相手はこの子だったのかなー」
『ひとまずティアを降ろすぞ…よっと』
ペンシィが観察した通り、子竜は傷だらけだった。
殆どが擦り傷なので、もし精霊竜と戦っていたとしても、爪や牙で攻撃されたわけではなさそうだった。
レインから降ろされたティアも子竜確認する。
『んで、これからどうするよ』
『子竜を回収したら即座に飛んで行ったところを見ると、ティアに渡したかったのではないか?飛ぶ前にティアを見ていたようだったぞ』
「そうなのでしょうか?確かに目は合いましたが…」
「可能性はあるね。ひとまずこの坂を登り切ろうか。どうやら上は開けてるようだし」
「わかりました」
坂道を登り始めるティア達。
やはりティアが転けたので、坂道を登りきるまで再度レインにお米様抱っこされた。