Page35「ぬいぐるみの初陣」
2017/02/26:時間を24時間60分60秒に修正。1年400日はそのまま。
異空間に作り出した家。
その二階に用意した自分の部屋のベッドで寝ていたティアが揺らされている。
普段は自分で起きているティアだったが、旅に出て溜まった疲れからか、朝食の時間になっても起きてこなかった。
と言っても異空間の中では朝なのかどうかはティアにはわからないので、ペンシィが告げる時間かお腹の空き具合が頼りだ。
「起きてー。ティアちゃーん」
ティアを揺らしているのはペンシィだった。
ティアの手のひらに乗るほどの大きさでも、少し勢いをつけてぶつかれば揺らすことができる。
ユサユサではなくモフッモフッになっているが、着ぐるみパジャマなので互いに痛みはない。
「ん…おはよう…ございます…」
ペンシィは丸まって逃げようとしていた背中に対して、執拗にタックルしてティアを起こした。
起こされたティアは、ベッドの上に座った状態でボーッとしている。
フードを被らず寝てしまったため、髪が体に掛かっていて、軽いウェーブが付いているところもある。
「寝癖がついてるね…。ティアちゃん!朝風呂入って目を覚まそう!」
「はい…わかりました…」
のそのそとベッドから降り、ふらふらしながら部屋を出て、壁に手をついて普段よりゆっくりと階段を降り、家の裏手にある風呂場に向かう。
道中ペンシィが声をかけるも微かに唸り声を返すだけだった。
「ほら、服脱いでお風呂に入る!」
「……はい………」
脱衣所につくと、服を脱がずにふらふらとしていたので、ペンシィが脱ぐように声をかけた。
ティアは言われた通り着ぐるみパジャマやパンツを脱ぐ。
いつもは自分で畳むティアだったが、今回は脱ぎ散らかしたまま、浴場に進んだ。
ペンシィは脱ぎたての服を回収すると、汚れを取った後『状態維持』を付与した。
司書の服と違って特殊な作りなのは外見だけの着ぐるみパジャマなので、付与できる魔術量が少ない。
そのためもう一つほど付与できる余裕があるが、『状態維持』だけに留めている。
パジャマで戦う予定はないので。
「…あれ…?なぜお風呂に入っているのでしょうか?」
お湯に浸かったあたりで覚醒したようだ。
あたりを見回しても昨日と変わらないため、何が起きたのかわからず首を傾げている。
ティアにとっては、昨日髪を乾かしたのが夢なのかとも思えるぐらいの出来事だった。
目の前に広がる湖予定に大穴は、全く変わらず目の前に広がっているので。
「おはよーやっと起きたね〜。疲れてたのかな?」
「おはようございます?」
「なんで疑問系?」
「朝なのかがわかりませんので…」
首を傾げながら挨拶を交わしたティアに対して首を傾げるペンシィ。
指摘されて上を見ても薄暗い石造りの天井が見えるだけだった。
「あー。確かに分かりづらいよね。月と星の時間までに時間がわかるようにしておくよ!」
「そうですか。よろしくお願いします!」
時間がわかるようにすると言われて、時計が設置されると考えた。
この世界は春夏秋冬の四季それぞれで100日の400日で1年。
1日は24時間で1時間は60分、1分は60秒。
時計は12時間で一周しするように作られる。
今は夏の月72日の朝10時だが、時計もなく太陽も見えない異空間では分からなかった。
メモリアには廊下等に柱時計が置いてあるが、ティアの部屋にはなかったため、旅に出てからはペンシィに時間を聞いていた。
もっとも、ペンシィからは「だいたい太陽の9時か10時ぐらい!」という風なぼんやりとした返事が返ってきていた。
「今は何時なのですか?」
「んー。だいたい太陽の4時の半分に手が届きそうなぐらいかな」
「なるほど…」
ペンシィの時間の言い方は独特ではあるが、だいたいの時間を把握できれば困らないので、特に指摘する事はなかった。
ちなみにペンシィが告げる時間は、メモリアから返ってきた時間を独特な言い回しで答えているだけなので非常に正確である。
頭がすっきりしたティアは昨日に続けて朝風呂に入った影響か非常にリラックスしており、軽く手足を広げてお湯に浮いている。
長い髪はティアの身動ぎでできる小さな波に揺られ、柔らかな肌と同じく濡れて輝いている。
漂っているうちにだいぶ深いところまで来ていたため、足をつけた瞬間焦ったが、ペンシィに見られていなかったので秘密にすることにした。
温まったせいなのか、はたまた別の要因なのか、頬を薄く染めた状態でお湯から上がり、体を洗う。
洗い終わった後、再び湯船に浸かる時に浮かばないよう膝を抱えてしっかりと座る。
そうすると口元にお湯が来るのでブクブクしてしまい、それをペンシィに見られてニヤニヤされたが、これは恥ずかしくないようだった。
「そろそろ上がってご飯を食べます」
「はーい」
ニヤニヤしているペンシィを置いてお湯から上がり、脱衣所に置いてあるタオルで体を拭いていく。
ペンシィが用意したパンツを履き、司書の服を着ていると、脱いだ服が無いことに気づいた。
「あの、脱いだ服が無いのですが…」
「あれ?行ってなかったっけ?ティアちゃんが脱いだ服はアタシが『洗浄魔術』とか使って綺麗にしてから『状態維持』の魔術を付与してるんだけど…」
「聞いていませんね…」
ティアは脱いだ服をどうするか聞きに行ったことがあるが、その時はいろいろあって結局聞かなかった。
そのため、ペンシィが行っていたことは初耳である。
そんな会話をしながら平らな体を拭き上げ、司書の服を着る。
ベンチに座って風を当てて髪を乾かしながら今日の髪型を考える。長い髪を乾かし切った頃に髪型が決まった。
髪を左右に分け、片方の真ん中に隙間を作り、そこにもう片方を通す。
通した髪に隙間を作り、先ほど隙間を作ったを通す。
これを数度繰り返し、最後にリボンでひとまとめにする。
フィッシュボーンの完成である。
「それでは朝食を食べてきますね」
「行ってらっしゃーい!アタシは2人を呼んでおくね!」
「レインさんとゴルディアさんは何をされてるのですか?」
「さぁ?ちょっと走ってくるって言って走り去ってから帰ってきてないんだよねー。まだ走ってるんじゃ無いかな」
「走ってるんですか…この空間は結構広いはずですよね?」
「そうだねぇ、山や湖を作ろうとするぐらいには広いね!」
周囲を見渡しても果ては見えない。
ペンシィ曰く箱型の空間なので、果てまで行けば壁にぶつかるらしいが、果てにある壁よりも空腹が勝ったのか、視線を外して家に向かって進み始める。
ペンシィは家に入らず整地に向かった。
まだまだやることは多いので。
自分の部屋に入ったティアはフィーリスボックスを取り出し、熱々のチーズがかかったパンとを取り出し、傍に飲み水用として水球を作り、食べ始めた。
風呂上がりなので果実水より、水が飲みたかったようだ。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
伸びるチーズに苦戦しながらも食事を終えたティアは、フィーリスボックスを収納して部屋を出ると、廊下にある窓からレインとゴルディアが走って来るのが見えた。
精霊になった2人には体力の限界がない。
そのため夜通し走り続けてもぬいぐるみに慣れたのか、短い足で走り回るのではなく一歩で数歩分跳びながら進んでおり、高く跳んだり左右へのステップも混ぜていた。
その動きを食い入るように見つめたティアは、視線を外し階段を降り、家から出る。
「おかえりなさい」
「おかえり〜」
『うむ。今戻った』
『帰ったぜ!』
家の外で待っていたペンシィと合流してしばらくするとレインとゴルディアが戻ってきた。
精霊なので夜通し走り回っていたはずだが、息切れもせず平然と佇んでいる。
『もしかして遅れたか?』
「大丈夫!ティアちゃんがちょっと寝坊ちゃったからね〜」
『そうなのか。疲れが出たんだろうな』
「だねぇ」
「すみません…」
『いや、こちらこそすまない。寝坊していなければ遅れていたのであろう』
レインとペンシィのやりとりに対して恥ずかしげに謝るティアと、そのティアに対して謝るゴルディア。
ゴルディアの言う通り、ティアが寝坊しなければ2人は遅刻することになった。
しかし、ティアとペンシィはやりたい事が多いため、例え遅刻したとしても怒らなかったはずである。
ペンシィはゆっくりできることに喜ぶが。
「じゃあ行こっか!」
「はい!」
『おう!』
『よろしく頼む』
ペンシィの号令に全員が返事をする。
それを合図に本を出すティアにペンシィが待ったをかける。
「待ってティアちゃん!先にレインとゴルディアを出してくれる?」
「2人を先にですか?」
「うん。ティアちゃんを守るのが2人の仕事だからね!先に行ってもらわないと!」
『お!初仕事だな!』
『うむ。まぁ我ら2人に任せるがいい』
「はい。お願いしますね」
「自分以外を中から外に出す場合は、入ったところに出すイメージでいいからね!」
「わかりました」
本を開き2人を雪山に取り出すようイメージするとぬいぐるみが消えた。
続けてティアも自身を取り出すよう意識し、雪山に出る。
今回も異空間に入る場所の周囲に結界を張ったため、出るだけなら安全ではあった。
雪山に出たティアの周囲には岩と結界だけだが、結界を挟んで向こう側にはスノーウルフが6頭居た。
結界越しにレインとゴルディアがスノーウルフを見ており、スノーウルフもまたレインとゴルディアを見ていたが、2人の後ろにティアが現れたことで注意が逸れたようだ。
『ティアよ。準備ができたら結界を解除してくれないか』
『今回は俺たちに任せてくれ!』
「えっと…」
スノーウルフの反応でティアが出てきたことを悟った2人は、今回の戦闘を任せてほしいと言ってきた。
ティアが反応に困っていると、ティアのすぐ後に出てきたペンシィが答える。
「結界の一部を凹ませて、2人を出せばいいんじゃないかな。もちろん、もこちゃんの準備ができてからだけどね!戦闘を任せるのも問題なしだね!スノーウルフ程度元勇者と元魔王なら余裕でしょ?」
『無論だ』
『任せてくれ!』
「だってさ!じゃあティアちゃんよろしくね!」
「はい」
言われたと通りもこちゃんを取り出し、マリ球を使って魔力の糸を繋げる。
ぬいぐるみの2人が屈めば通れるぐらい結界を凹ませると、2人が飛び出した。
そこからは早かった。
飛び出した2人は岩の陰で拾っていたのか、飛び出した勢いで先頭の1匹の頭を石で殴る。
2人同時に飛び出し、同じスノーウルフを狙っていたため、挟み撃ちになり一撃で倒す。
そこから二手に分かれ、それぞれ石で殴ったり、蹴りで体制を崩したところで組み付き、そのまま首を絞めたりしていた。
スノーウルフも噛み付いたり、引っかいたりしたが、勝手に治るぬいぐるみの前にはなす術もなくやられてしまった。
『終わりだな』
『うむ。我だけでもよかったな』
『だな。まぁ初戦闘だし上々だろう』
2人はまだ息のあるスノーウルフにはトドメをさしながら一箇所に集める。
ティアが収納しやすいようにしたのだろう。
「2人ともやるじゃん!」
「すごかったです!」
結界を解除して集められたスノーウルフの元まで進みながら、称賛の声を上げるペンシィとティア。
レイン達が戦った時間は1分にも満たないので、文字通り瞬殺であった。
「とりあえずティアちゃんは収納してくれる?」
「わかりました」
スノーウルフの元まで進むと、すぐに収納を行い、ものの数秒で完了した。
「2人が戦力になることはわかったから、これからはもう少し早く進めるかもね」
「そうですね。戦闘はお二人にお任せする方がいいかもしれません」
『おう!任せとけ!』
『この程度であれば十分対応できるな』
ペンシィの言葉に同意するティアと、やる気をみなぎらせるぬいぐるみ達。
歩き出そうとした時、進もうとした方向から轟音が響いた。
「ゴアァァァァァァァァァァァ!!!」
即座に構えるレインとゴルディア。
耳を塞ぎ蹲るティア。
音が響いてきた方向を睨みつけるペンシィ。
レインとゴルディアは不測の事態に構えただけだったが、ペンシィの顔には焦りが見える。
今の戦力で音の主と戦えるか考えた結果、勝ち目がなさそうなので焦っているようだ。
「まずいね…精霊竜が怒ってるみたいだね…」
音の正体は精霊竜の咆哮だった。
何が起きたのかは不明だが、ティアが目にしていた小竜とは比べものにならない大きさの竜が暴れているようだった。
『竜か…今の我らでは無理だな。せめて魔法を使えるようにならねば…』
『俺も上等な剣がないと挑みたくないな…』
相手が竜だと聞いた2人も戦力を考えた結果勝てないと判断した。
「では、どうしますか?」
蹲ったまま3人の判断を仰ぐティア。
その問いに対して3人は口を揃えて答える。
「『『逃げる』』」




