Page33「新しい体はぬいぐるみ」
昼寝から覚めたティアはレインとゴルディアについてクリスに相談することにした。
ティア自身は寝たらスッキリしたのでペンシィやクリスの指示に従うつもりだった。
寝る前に解いた髪をサイドテールに結んで椅子に座り、本を開き、クリスに向けて異空間に収納された攻撃の顛末を書いて送った。
しばらくするとクリスから返事が来た。
『話によるとメモリアへの攻撃は偶然だろう。
結果としてメモリアが封印状態になったけど、少なくともメモリアでは死者が出なかった。
だから、その精霊達がティアを護衛することで不問とするよ。
期限は無しだ。
あとはその精霊達についてだね。
微精霊ってことは、攻撃に使った魔力の殆どを人格形成に使ったんだと思う。
だから、精霊自身の力は期待できない。
対策としてティアが用意した武器や器にティアの魔力を込めて、それを操らせればいいよ。
そのためにはティアの魔力を使えるよう宿すか契約する必要があるけどね。
二つの違いをペンシィに聞いてから決めなよ。
器としてはティアの好きなぬいぐるみとかに宿らせるのもありだね。
こっちはまだまだかかりそうだから、危ないことしないでゆっくりと進むんだよ。 クリス』
クリスの返事を一通り読んだティアは、最後の方を何度も読み込み、しばらく考える。
うんうんと唸りながらも考えがまとまったのか、部屋を出て外に向かう。
外ではペンシィが家の周りに土を出して地面を盛り付け、光の微精霊となった勇者レインと闇の微精霊となった魔王ゴルディアが後を追うように付き従い、ペンシィの作業を眺めていた。
何やら話しながら整地しているようだ。
「ってわけだよ。だから二人にはアタシの下についてもらう方がいいんだよ」
『それは構わない。だが、できれば国に帰りたいのだが』
『俺も!里に帰りたい!』
「だからアタシなんだよ。ティアちゃんがいろんな国を周るかどうかわかんないし、周るとしてもある程度戦えるようになってからじゃないと危ないでしょ?その点アタシならティアちゃんが旅をしなくても、ある程度自由にしてもらっていいから。二人の行きたい場所までは自力になるけど、着いた後は連絡役としてその地に留まってもらってもいいしね。とりあえず今はアタシについて、変えたくなったらその時変えればいいよ」
『なるほど…変えることもできるのだな』
「そりゃね!一度契約したら変えれないとかダメじゃん!」
『冒険者でも大筋の契約内容はあるけど、経過は問われないし、途中で依頼内容が変わることもあったな…。そんな感じか?』
「そんな感じでいいよ。アタシの依頼をこなしてもらって、報酬は精霊が成長するために必要な魔力。依頼内容はティアちゃんの護衛とアタシの補助で、戦闘中に使用する魔力はティアちゃんからアタシがもらって二人に渡す感じ。これでいいよねティアちゃん」
レインとゴルディアの後ろから近づいていたため、二人に話していたペンシィには見えていた。
話の途中からだったが、二人の精霊を他の精霊と違ってティアに宿らせず、ペンシィの下につけるということはわかった。
ティアにしても護衛をしてもらえればクリスからの指示を達せれるし、契約方法はペンシィが決めた内容なら文句はない。
それでも一応説明する。
「ペンシィさん。お祖母様からですが、精霊になった二人に私の護衛をしてもらうことが、偶然とはいえメモリアに攻撃したことへの償いだそうです。あと、宿すか契約するかはペンシィさんと相談して決めて欲しいそうです」
『我はメモリアに逆らうつもりはない。ペンシィ殿の提案通りにしよう』
『俺もそれでいい』
「じゃあさっき提案した通り、二人はアタシの下で働いてもらうね!」
『ペンシィ殿、よろしく頼む。』
『よろしくな!』
二人の返事を確認したペンシィの前に魔術陣が現れ、レインとゴルディアに光の筋が伸びた後、一瞬光って消えた。
ペンシィが使用したのは契約魔術だった。
ティアとペンシィの間には魔術による契約ではなく、魔力による契約が結ばれている。
違いは契約車同士の繋がりの強さで、魔力による契約の場合、契約内容によって互いの魔力をある程度自由に使うことができるが、精霊のような魔力で生きる者にしか使えない方法だった。
魔術契約の場合、契約内容や報酬などを決める必要があり、意思がある者であれば誰でも使える。
特に商人、冒険者、貴族等が重要な取引の際に使う。
レインとゴルディアも精霊になったため、魔力による契約も可能だが、精霊になりたての二人が魔法を使うと、加減できずティアの魔力を使いすぎる可能性があるため避けた。
「これで契約完了!内容は頭に流れたと思うけどさっき言った通りだから、頑張ってティアちゃんを守ってね!」
『任せるがいい…と言いたいところだが、この状態だと戦えないのだ。魔力はどうにかなるということで魔術や魔法は使えるだろう。だが、体がないので守るということはできない。そこはどうするつもりなのだ?』
『俺は剣、魔王は無手の格闘で戦ってたからな…。魔法で守るにしても限界がある。どうにかして体みたいな者を手に入れる必要があるな』
精霊は上位になれば物体への干渉を行えるが、微精霊では物理的な行為は一切できない。
物に宿るなりすれば別だが、宿った物の魔力を制御できる程の魔力を持ち合わせていないため宿るだけになる。
「そこれは大丈夫!ティアちゃんが持ってるぬいぐるみを使ってもらうからね!ティアちゃんの魔力で満たされたぬいぐるみに宿って、ティアちゃんからアタシ経由で受け取った魔力を使って操るんだよ!同じ魔力だから簡単に動かせるからね!」
『我が…ぬいぐるみ…』
『勇者と魔王がぬいぐるみか……剣に宿って戦うのは無理なのか?俺と契約していた精霊は剣に宿ってたぞ?』
『我の精霊は鎧に宿って、死角からの攻撃を防いでいたな』
「別に剣や鎧でもいいけど二人の精霊は勝手に動いてた?魔法を使う程度だったでしょ?慣れれば剣でも飛べるし、鎧も動かせるようになるけど、慣れるまで待つつもりもないよ。だいたいティアちゃんは小さいから剣を振れないし、鎧も着けられないからね!」
勇者が使用していた剣、魔法が着けていた鎧。
宿っていた精霊はどちらも上位精霊だったので自我はあったが、単体で自由に動くことはできなかった。
剣や鎧に流れてる魔力が精霊自身のものではない上に、契約内容が補助を目的とした内容だった事が大きい。
剣に宿った精霊は、切れ味の維持や、光の刃による間合いの調整、戦闘への助言や状態異常から勇者を守っていた。
鎧に宿った精霊は、死角からの攻撃を魔法で防ぐ事と、自動修復を行っていた。
それぞれ契約時に自由に動く事を含めていれば、契約者の魔力を使用して動いていたかもしれないが、精霊自身がそれを望まない限り契約時に提案しない。
ペンシィは勇者と魔王が契約した精霊がどのような内容を提示したのかは知らなかったが、宿った物から自分で動く事を望んでいない事を察した。
自分で動きたい精霊なら人が日常的に使うものには宿ることはない。
邪魔されたくないからだ。
「じゃあティアちゃん!二人のためにぬいぐるみ出してくれる?」
「はい!すでに決めています!」
クリスからぬいぐるみに宿らせる案を出された時から、どのぬいぐるみするか考えていた。
ティアが出したのはデフォルメされた白い礼服を着た馬の獣人のぬいぐるみと、これまたデフォルメされた豪奢な服を着た象の獣人のぬいぐるみだった。
両方とも子供向け絵本「獣人勇者ニャニャン」の登場人物をぬいぐるみ化した物で、馬の獣人が体の小さな猫獣人を肩に乗せて旅をした戦士のパカパカ、象の獣人が息子に国を任せて勇者と旅をした武闘家のパオパオだ。
ティアを勇者として二人と旅をする…ではなくニャニャンのぬいぐるみが無いのでパカパカになっただけである。
ティアは勇者になりたいわけではない。
『これは…パカパカとパオパオだな…我がパオパオか…』
『俺はパカパカか…』
「お祖母様からお二人をぬいぐるみに宿らせればいいと言われた時から決めていました。なのでどちらでも問題ありませんよ?」
ティアの言葉通り二人の戦い方聞く前、つまり肩書きしか聞いていない状態で決めていた。
『そうか…だが、せっかくだ我は同じ戦い方のパオパオを選ぼうと思うのだが、勇者よ問題ないか?』
『そうだな…俺はパカパカで問題ないぜ!』
「お二人ともご存知なのですね」
『おうよ。俺たち二人とも子供がいるからな。色んな絵本を買った中にあったんだよ』
「そうなのですか。だから帰りたかったのですね…」
『そこは聞かれていたのか…。だが、ペンシィ殿と契約した内容に国に帰ってもいいという条件もあったのでな、問題はない』
「ティアちゃんの旅が続く限り守ってもらうけどね!」
『うむ。それは理解している』
「よし!話はこれぐらいにしてさっそく宿ってもらう…前に!もこちゃんと同じ『自動修復』と『状態維持』をかけちゃうね!』
ペンシィが魔術をかけている間にゴルディアがもこちゃんの事を聞いてきたので、『マリオネット』で操っているぬいぐるみだと答えた。
そんなやり取りをしている間に魔術がかけ終わり、ぬいぐるみへ魔力を流すよう促される。
もこちゃんの時と同様にぬいぐるみを魔力で満たす。
「できました!」
「よし!じゃあ二人とも宿ってもらえるかな!やり方はティアちゃんがお昼寝していた時に話した通りだよ!」
ティアが寝ている間に二人の関係や、なぜ戦うことになったのか、精霊としての生き方を軽く一通り話している。
その中で宿り方も話していて、二人はそれを実行した。
ティアの魔力で満たされたぬいぐるみにとって二人の魔力は異物になるが、同調すれば入ることができる。
ティアの魔力を取り込み、魔法を使うときと同じようにすればいい。
ペンシィからティアの魔力を受け取れるようになったので、すんなりと宿ることができた。
「できたみたいだね!」
ペンシィの言葉に応えるかのようにパカパカが右手を上げる。
パオパオは手の代わりに長い鼻を上げた。
『おい魔王!それいいな!』
『であろう?まだ慣れぬが使いこなせれば不意を突くいい手になるだろうな』
「手ですか?鼻ですよね?」
「物理的な手じゃなくて手段のことだよ!これで物理的にも守れるようになっただろうし早く慣れてね!今の時点で要望はある?」
『我は無いな』
『俺はあるぞ!剣が欲しい!』
ゴルディアは無手で戦っていたのでぬいぐるみでも同じように戦うつもりだったが、レインは剣で戦っていたので無手だとうまく戦えない。
幸い獣人のぬいぐるみなので、手は蹄ではなく由布がある。
剣さえあれば握れるが、今はない。
「剣だね!後でティアちゃんから渡すから!ティアちゃん【複製】お願いね。消えるたびに作ってもらうのは手間だから、とりあえず3日で作ってくれる?」
「剣ですね。わかりました」
ティアの中で剣といえば、よく放ってる無骨な量産品だが、ぬいぐるみになったとはいえ勇者に選ばれるほどの実力を持ったレインが納得するはずもない。
しかし、剣を扱わない二人はそのことを失念している。
「じゃあこの後はぬいぐるみに慣れるために軽くるごいた後、今後の予定を話そうか!」
「わかりました。レインさん、ゴルディアさん、これからよろしくお願いします」
『うむ、ティアよ。こちらこそよろしく頼む』
『よろしくな!ティア!』
頭をさげたティアに手を上げるレインと、鼻を上げるゴルディア。
魔王は像の鼻を気に入ったようだ。




