Page32「精霊になった勇者と魔王」
お昼ご飯のため異空間に入ったティア。
小さな家があることは変わりなかったが、その奥にある大きな穴へと続く溝が、遠くへと延びていた。
その先には山を作る予定だったが、まだ手付かずだった。
ティアがもこちゃんを動かす練習をしている時も密かに魔力を使い拡張していた。
もちろんスノーウルフとの戦闘中は行っていない。
ティアの魔力量であれば全く問題はないのだが、ペンシィにその余裕がなかったのである。
「あの溝に水を通すのですよね?」
「そうだよ!もっと奥に山と滝を作って、そこから流すの!湖に溜まった水を魔力に戻して循環させるから、溢れないで流れ続けるようにするよ!」
「なるほど…水も魔力で作るのですね」
「外と同じようにはできないからね!こっちはアタシに任せてティアちゃんはご飯食べてきなよ!」
「わかりました」
ずっとお腹を押さえているティアを急かして家に入れたペンシィ。
その後は溝に沿って飛びながら土を盛る。
一定の厚さではなく凸凹にして、時には石を放り投げながら湖や川の整地を行う。
家に入ったティアはフィーリスボックスを取り出し、昼食を取る。
ドロッとしたシチューをかけたパスタとサラダのセットを食べた。
ドロッとした濃いシチューが平らにした麺に絡む、濃厚で満足できる一品だった。
サラダには薄めの野菜ベースのドレッシングがかかっていた。
そんな昼食を食べていると、机に置いていた本が光った。
クリスからのメッセージだ。
それを傍目にしながらも食事を続けるティア。
以前、本を読みながら食事をして怒られたことがあるため、食べることを優先したのだった。
「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
食事を終えたティアは光っている本を開き、内容を読み始める。
「えっと…『ティアへ メモリア様からの連絡だよ。メモリアを守る時に異空間に攻撃を収納したと思う。その異空間で暴れていたはずの魔力が急におとなしくなったので確認してほしいとのことだ。時間がある時でいいから頼んだよ クリス』ですか。とりあえずペンシィさんに相談ですね」
食器を収納し、家から出て周囲を見回すも、ペンシィがいなかったので湖予定地へ歩く。
昼食を食べている間に土に覆われた湖予定地と川予定の溝にティアが驚いているとペンシィが飛んできた。
「いやー。いい仕事したよ!」
かいてもいない額の汗を拭うペンシィ。
結構な距離に土を敷いていたが、メッセージが届いたことを感じとってさらに整地しながら戻ってきたのである。
「私が食べている間にこんなにも進めたのですね。さすがペンシィさんです」
「でしょー。ところで、メッセージにはなんて書いてたの?」
「メッセージが届いたことがわかるのですね」
「その本の精霊だからね!」
メッセージが届いたことや、本の場所がわかる他、知ろうと思えば何を調べたのか、何を収納したのかもわかる。
ただ、ペンシィは調べたものや、収納物はどうでもいいと思っているのでそこまで把握していない。
クリスの精霊レイズは真面目なので、すべて把握している。
「では、読みますね」
ティアは再度メッセージを読み上げた。
それを聞いたペンシィはしばらく考えて、ティアに戦闘用の異空間から攻撃を出すように指示した。
「ここに出すのですか?家が吹き飛ぶのではないでしょうか?」
「う〜ん。大丈夫だと思うよ。戦闘用の異空間は時間が進む異空間だから、攻撃が終わってから時間も経ってるしね。魔力になってるか、溜まった魔力で精霊になってるかのどっちかだと思うよ」
「精霊さんになっているのですか?!」
「あくまで可能性だけどね!精霊は魔力や魔素が溜まった場所で生まれるんだけど、周囲の影響を受けやすいから外だと生まれづらいの。でも、異空間は閉じられた空間だから、同じ属性の魔力同士結びついて精霊になってるかもしれないんだ!」
「精霊さんはそうやって生まれるのですか」
「そうなんだよー。精霊樹は魔力を溜める役割があるから、たまに生まれるんだよ」
「そうだったのですか」
ポケットに入れた手帳を見るティア。
ポケットの中から他の微精霊よりもふた回り以上小さい微精霊がフラフラしながら飛んできた。
「フラフラしていますね」
「その子は生まれて間がないからね〜。まだうまく飛べないんだよ」
その微精霊はティアの手に乗り、魔力を吸取りつつ休憩した後手帳に戻っていった。
少し大きくなって手帳に戻ったが、微妙な変化だったのでティアは気づかなかった。
「よし!気を取り直して戦闘用から出してみよう!」
「大丈夫なんでしょうか…」
ティアは本を開き、戦闘用の異空間を思い浮かべた。
他の異空間の場合、入っている物の一覧が表示されたが、何も表示されないので首をかしげる。
「どうしたの?」
「何も表示されないのです…これでは出せません」
「あー。戦闘用のは特殊な空間だから文字が出ないんだよ。その分、メモリア様が補助してくれて出したい物を想像するだけで出せるんだけど…今のメモリア様は無理っぽいね。代わりにアタシがやるね!」
防御用の異空間は拡張方法こそ同じだが、司書を守るための機能で、過去には防御用や収納用、仕事用など様々な本があったが、使用者が使いこなせず死ぬケースが発生したため現在の形になった。
司書を守るためのものなので、司書より上位の存在が手助けすることになっており、それがメモリアだった。
しかし、現在メモリアとの接続が不安定にないるため、うまく動かせない。
その場合に備えて各司書の契約精霊が代わりとなることができる。
「お願いします」
一応何も出していないところに本を開いて待つティア。
ペンシィは異空間にあるものを把握しにかかったが、やけに小さいことを感じ取り、自分の予測が正しいことを確信した。
ペンシィはその小さいものを引っ張り出すように取り出した。
出てきたものは他の微精霊と同じくらいの大きさの精霊が二つだった。
一つは光属性を表すように白く光り、もう一つは闇属性を表すように黒く光っている。
「やっぱり精霊が生まれてたね」
『やっと出れたぜー!』
『そうだな。だが、ここもよくわからない場所だ。魔力はあるが流れていない」
出てきた精霊から声が響いてきた。
それは口のない精霊が使う念話のようなもので、精霊が見える者にしか聞き取れない。
「ペンシィさん。この精霊さん達は話せるのですか?」
「中位精霊以上なら話せるんだけど、どう見ても微精霊だね…」
精霊のクラスは例外を除き大きさで決まる。
微精霊、下位精霊、中位精霊、上位精霊となり、精霊を認識できる者と契約を交わす事で契約精霊になる。
位階が上がれば魔力を使ってできることが増え、下位精霊でなんとなく伝わり、中位精霊で会話ができ、上位精霊で物体に干渉することができるようになる。
目の前の二つは、大きさと内包している魔力量は微精霊なのに話せている。
疑問が残るも、話を聞くしかないのでペンシィから問いかける。
「ねぇ!そこの精霊!」
『ん?』
『我らのことか?』
ペンシィの声で振り返ったのか微に動く。
球体なのでどこが前なのか端から見るとわからない。
「そうよ!あなた達は最近生まれた精霊のはずだけど、なんで話せるの?」
『ん?俺たちは決戦場で戦ってて、気づいたらこんな形になって訳のわからない空間にいただけだぜ?』
ペンシィの質問に光属性の精霊が答える。
「決戦場って…あなた達の名前は?」
『俺はレイン!レイン・ハートライトだ!精霊大陸会議で勇者に決められて、そこに居る魔王と決闘してたんだよ』
『我はゴルン・バルバロイ・ゴルディア!ゴルディアと呼んでくれて構わん。魔大陸にある「ガルン王国」の国王にして、魔大陸の各王国を管理する魔王だ!そこに居る勇者レインに決闘を挑まれたため決戦場で戦っていたのだ!』
光属性の微精霊は「レイン・ハートライト」と名乗り、闇属性の微精霊は「ゴルン・バルバロイ・ゴルディア」と名乗った。
それを聞いたペンシィは頭を抱えながら新たに質問する。
「二人は精霊と同化して戦ってたの?」
『あぁ!最後の一撃は俺の契約精霊の指示に従って放ったぜ!同化して残りの魔力をすべて注がないと勝てないって言われたからな!』
『我も同じだ!こ奴の攻撃の気配を感じ取ったのか、我の契約精霊も同じような指示をしおったのでな。負けないためにはやるしかなかったのだ…』
「その口ぶりからするとゴルディアは同化するとどうなるか知っているんだね。で、レインは知らないと」
「私も知りません」
「だよねぇ、説明するよ。同化は言葉通り精霊と一緒になることなんだよ。同化すると、その属性の威力が格段に上がるんだけど、使い方によってはしばらくその属性が使えなくなったり、体への負担でしばらく動けなかったりするんだよ。で、最悪死んじゃうんだけど、死んだ場合、精霊も死んじゃうんだよ。二人はそれで死んじゃったんだ」
『俺は死んだのか?』
「うん。多分跡形もなく魔力になって死んでるよ。でも、その魔力も攻撃に乗せちゃって、それが寄り集まって精霊になったから今のレインに自我があるんだよ。ゴルディアも同じ」
『そうなのか?』
『そうだ。我らの攻撃がそこに居る小さい司書の異空間にでも入れられたあのであろう。その結果、異空間内で精霊が生まれ、元になった魔力が我らの魔力だったため自我があるのだと推測する』
『そうなのか。俺は精霊のことはよく知らないからな。説明してくれて助かる』
同化しての全力攻撃を使ったため二人は死んだ。
その攻撃に使用した魔力が異空間で集まったため、生まれた精霊に自我が残ってしまった。
本来であればメモリアまで届いた攻撃はぶつかり合って消滅するはずだが、ティアによって収納されたためこんな結果になった。
「同化については使いすぎると危ない戦い方ということでいいですよね?」
「そういう認識でいいよ!」
「もう一つはメモリアを壊した勇者と魔王のお二人が精霊になったということですよね?」
「まぁ…そうだね…」
レインとゴルディアの説明を聞いたティアは、勇者と魔王の決闘のせいでメモリアがめちゃくちゃになった事を考えていた。
つまり、目の前の精霊のせいである。
そのことに気づいたティアは頬を膨らませて精霊を睨む。
メモリアを失ったが誰も死んでおらず、時間が経てば帰れる事がわかっているためこの程度で済んでいる。
もし、誰かが死んでいたり、二度とメモリアに帰れない場合は、幼いティアといえど二人を許すことはできないはずだ。
『メモリアが壊れたってどういうことだ?!もしかして俺たちの攻撃でか?!』
「そうなんだよ…。二人の攻撃はメモリアまで届いちゃってね。決闘の知らせで一般の人は避難したし、メモリアの建物は収納できたんだけど、結界は壊れたし、収納したメモリアも攻撃の影響で出せなくなったの…。それで、攻撃を防いでいたティアちゃんが一人取り残されたからマーブルに向けて旅を始めたところなんだよ…」
『小さな司書はティアと言うのだな…』
ゴルディアはティアの前に進む。
『幼き司書ティアよ。我ら二人の決闘で迷惑をかけた。すまない。我にできることであればどのようなことでも協力しよう』
ゴルディアが謝るのを見て、レインも急ぎ飛んでくる。
『ティア!申し訳ない!俺もできることは協力する!」
球体なので頭を下げているかは分からなかったが、二人が心から謝っていることはわかった。
それでも、心の整理がつかないティア。
「ペンシィさん。私は部屋に戻ってお昼寝します。起きたらお祖母様にメッセージを送りますので、それまではお二人のことよろしくお願いします」
そう言って返事を待たず家に入り、部屋に戻ったティアはベットに潜り込んだ。
いろいろあって疲れていたのかすぐに寝た。
「まだ6歳だし疲れたんだろうね〜。じゃあこれからどうするか考えようか!」
『そうか…あの子は6歳なのか。我の娘より一つ上だな』
『魔王にも娘がいるのか。俺にも双子の娘がいるぞ。うちの娘はティアより2つ上だな』
放っておくと娘談義をしそうな二人にペンシィが割り込む
「レインとゴルディアは戦ってたんじゃないの?仲良くない?」
『別に憎んでたわけじゃないからな。王様達の命令で決闘してたんだし』
『我も挑まれたから戦っただけだ。精霊になっていることを理解してからはあの空間から出ることに協力してたのでな。不仲ではない』
「そうなんだ…じゃあ改めてどうするか決めようか!」
『だな!』
『よろしく頼む』
三人の精霊がこれからどうするか話し合う。
話の流れ次第でそれぞれ自国に帰る可能性があるが、ペンシィは二人を逃すつもりはなかった。