Page31「黒羊のもこちゃんVS白い狼のスノーウルフ」
もこちゃんを操って練習という名の環境破壊をしながら雪山を進むティア達。
もし、獣に遭遇した場合、ティアの全周囲に結界を張って安全を確保した後、もこちゃんで戦うことになったため、少しでも上手く戦えるように動きの練習に加え、岩を見つけるたびに【物質破壊】で砕きながら進んでいるのである。
そんな進み方をしていたためか、音を聞きつけた獣が前に二匹、後ろに一匹現れた。
獲物を逃さないための挟撃である。
しかし、ペンシィが飛び回り事前に把握していたため、焦ることなく自身の周りに結界を張る。
そして、結界の外には『マリオネット』の糸で繋がったもこちゃん。
「スノーウルフは素早い移動と、鋭い爪と牙で攻撃してくるから注意するべきなんだけど、もこちゃんは勝手に直るし、ティアちゃんは結界に守られてるから落ち着いて戦えば負けることはないよ!」
「はい。あの、ペンシィさん。前のスノーウルフの奥に以前見た精霊竜の子供が居るようなのですが」
ティアがスノーウルフの先を指差し、ペンシィに位置を知らせる。
そこにはティアが戦っていたスノーラビットを横からかっさらっていった子竜がいたが、ティアが自分を指差していることに気づいたのか飛び去っていった。
その様子はどこか急いでいたようにも見えた。
「あー。飛んでいっちゃったけど同じ子竜だね。こっちを気にしてたみたいだけど…今はスノーウルフとの戦いに集中しないとね!」
「そうですね…まずはオオカミさん達です!」
飛び去った子竜も気にはなるが、まずは目の前のスノーウルフからだ。
スノーウルフは雪山に住む体毛が白いオオカミで、主にスノーラビットやスノーモンキーを狩っている。
ウルフ系の獣は群れで生活し、集団で狩りを行うため、駆け出しの冒険者達には一人で戦ってはいけないと口すっぱく言われる伝統がある。
「今のところ目指す戦い方は目の前の二匹をもこちゃんで、後ろの一匹をティアちゃんが倒す戦法なんだけど、今は全部もこちゃんで倒してね」
「わかりました。ですが、複数は私の物量で倒すべきではないでしょうか?」
「それもありだと思うけど、たぶん当てれないよ?二匹を牽制している間に一匹を狙う方がやりやすいと思うよ」
「………確かにそうですね」
スノーウルフの動きを見ていないが、スノーラビットを狩る生き物だと説明を受けたので、スノーラビットにすら剣を当てられないティアでは話にならない。
ひたすらに避けられる戦いを想像したティアは、ペンシィの言葉に納得して、改めて精進しようと決意した。
そんなやり取りをしている間にも、前方の二匹がもこちゃんに近づく。
後ろの一匹は、ティアの結界が放つ魔力を警戒してか、動かない。
「前の二匹、そろそろ来るよ。警戒してね…」
「はい…」
ペンシィはティアに戦わせるたびに精霊で良かったと思っている。
今も、初めて『マリオネット』で戦うため、必要以上に気を配っている。
ティアはもこちゃんを上手く動かすことに集中しているため、周囲の警戒はペンシィの仕事だった。
周囲の警戒をしながら、ティアの動きも見なければならないので、非常に疲れるのだ。
自分が戦えばどれだけ楽かと思い、もしも人間であれば胃が痛くなっているのは間違いないと考えるほどに。
「あ!」
話している間に近づいてきた二匹の片方がもこちゃんに飛びかかった。
しかし、驚いたティアのイメージがもこちゃんに伝わったのか、勢いよく両手を振り上げた。
「ギャンッ!」
振り上げられた右の蹄には、練習の時に張った結界が残ったままになっており、飛びかかったスノーウルフに運良く当たった。
偶然殴られたスノーウルフは、顎を殴られたため一撃で気絶した。
それを見たもう片方はゆっくりともこちゃんの周りを回る。
後方の一匹は背中を向けているティアに向かって飛びかかるが、周囲に張った結界に阻まれて弾かれる。
「後ろのは結界に阻まれてるから、先に前のもう一匹を倒しちゃって!」
「はい!」
何故か倒してしまった一匹を一瞥した後、周囲の様子を確認して、当初の予定通り前の一匹を倒すことにした。
ティアはもこちゃんを動かして距離を詰める。
詰めたことによってスノーウルフの間合いに入ってしまったのか、爪の一撃をもらってしまい、周囲に綿が舞う。
それを直るから大丈夫と我慢しながら距離を詰めさせ、右の蹄で頭を殴る。
スノーウルフは声を上げることなく吹っ飛び、雪の上に落ちた後ピクピクと痙攣している。
「後は後ろの一匹ですね!」
結界を引っ掻いていた最後の一匹は、自身の力では結界を壊せないことに気づいたのか、あるいは仲間を倒されたからなのか、もこちゃんに向かって走り出す。
その速度にティアは付いていけず、もこちゃんが吹き飛ばされる。
しかし、ぬいぐるみなので難なく起き上がらせ、スノーウルフ対峙する。
もこちゃんがスノーウルフに飛びかかるも、軽く横に飛んで避けられ、お返しとばかりに引っ掻かれる。
それでも追うもこちゃんだが、すでに倒した二匹とは違い避けられ続ける。
「当たりません…」
「この状態で【複製】したものを放ったり、結界や魔法で動きを制限して欲しいんだけど…無理そうだね。一旦止まって、もっと大きい結界を腕に纏わせるのはどうかな?」
ティアの焦り具合を見て、追加で何かさせることを諦めたペンシィは、今後の結界による剣の布石として、大きな結界で殴らせるという方法を選んだ。
提案を聞いたティアは、もこちゃんの左の蹄に棒状の結界を張った。
その間にもスノーウルフからの攻撃があったが、右の結界でなんとか防いでいた。
「できました!」
「よし!じゃあ棒を当てて怯んだところに右で殴っちゃえ!」
「はい!」
ペンシィの指示通り行うためもこちゃんをスノーウルフに近づき、左蹄の棒を振り降ろす。
ティアの結界に気づいていたスノーウルフなので、もこちゃんの左蹄から出ている棒の存在も気づいているかと思ったが、棒に込められた魔力が少ないのか気づいていないようだった。
なので、脳天に棒が直撃し、そのまま倒れた。
「あれ?」
「やりました!」
ペンシィは間の抜けた声を出したが、ティアは三匹のスノーウルフを倒せたことで喜んでいた。
ティアは勝ったことを証明したいのか、もこちゃんの右手を突き上げ、勝利のポーズをとらせていた。
どれだけ動きを操れても表情は変えれないので、眠そうな目のまま右手を突き上げているもこちゃんは、よくわからない迫力があった。
「まぁ勝ったからいっか!じゃあ剣を出して、トドメを刺して収納しよう!起き上がられても面倒だしね!」
「わかりました!」
もこちゃんのポーズをそのままに本を取り出し、倒れた三匹の上に剣を出して落とす。
ドスッという音と共に雪を赤く染めだしたスノーウルフを【貴重品入れ】に収納した。
「じゃあ行こっか!」
「はい!ですが、まずはお昼ご飯です!」
勝利の余韻があるのか、少しテンションが高いティアだが、空腹には勝てなかった。
キリッとした表情でお腹を押さえている。
「もうお昼かー。じゃあまた岩場を探して異空間に入ろうか」
「はい!」
再度もこちゃんに糸を接続して進み出し、しばらく進むと手頃な岩場があった。
影に入り、もこちゃんを収納してから結界を張り、異空間に入る。
ティア達が消え、戻ってくるときの目印になる精霊石が落ちたのを、一匹の子竜が遠くの物陰から見ていた。