Page 3 「ティアの祖母」
ぬいぐるみのカタログを見終わったペンシィは、服のカタログに手を伸ばしていた。
「ほー…へ〜…最近の服にはこんなのがあるのね〜…ぶれざー?じーぱん?じゃーじ?……このきぐるみシリーズはティアちゃんが持ってるやつね…」
ペンシィが読んでいるカタログに載っている服は、20年前に魔大陸で発生した技術革命の際に作られた、従来とは異なるデザインだった。
「ペンシィさん。読み終わりました。着替えてから食堂へ行き、お祖母様と朝食を取るつもりですがよろしいでしょうか?」
「ん〜。おっけー」
「何か気になる物でもありましたか?」
「服は私の担当じゃないから知らないデザインが多くてびっくりしたわ〜」
「そうなんですか?司書の服も同じようなデザインで統一されてますよ」
そう言ってティアは衣装棚からハンガーにかかった司書の服を手に取る。
襟端に水色の2本線が入っている白いセーラーブラウス。
水色のボタンが付いた白色のVネックベスト。
白色の生地に水色の線が入ったオーバーチェック柄のプリーツスカートと黒い革ベルト。
水色の三角タイと開いた本の意匠が彫られたタイ留めを取り出した。
「白いわね…制服なんていつできたの?」
「白いのは何でも書き込める白紙をイメージしています。15年程前に司書を騙る人達が現れたらしく、その際に作ったそうです」
「へー。最近の人達は服装にこだわるのね〜」
「いえ、服装にこだわっているのは貴族と一部の組織ぐらいで、冒険者や一般の方々は普通の服を着ています。ちなみに、今着替えようとしている服は夏服で、冬服の場合は普通のブラウスにこちらを着ます」
ティアが手に取ったのはダブルブレステッドのセーラーブレザーだった。もちろん白地に水色のボタンと線である。
「やっぱり白なのね」
「はい。コートも白ですよ。ペンシィさんも白いワンピースなので色はお揃いですね、ふふっ」
「そうだね〜」
色だけでもペンシィとお揃いだったのが嬉しかったのか、笑顔で着替えを始めた。
フードを脱ぎ、流れるような腰まである銀髪を手櫛で整え、パジャマの側面にあるボタンを外し一息に脱いだ。
真っ白なキャミソールと、ピンクのウサギが刺繍された白いパンツを脱ぎ、引き出しから真っ白なキャミソール、黒いペンギンが刺繍されたパンツ、白いニーソックスを取り出した。
パンツを履き、キャミソールを着た後ベットに上がる。
ベットの上に座り、背中を壁につけて右足の膝を曲げる。
右足のつま先にニーソックスを引っ掛け、足を伸ばしながら一息に引っ張り、指先をくにくにと動かして調整する。左足も同じようにしてニーソックスを履く。
壁から身体を起こして女の子座りになり、セーラーブラウスを手に取る。
左手から袖を通し、袖から手が出たら開いて閉じてを2度行う。右手も同じようにした後ボタンを止め、髪をかき上げてセーラー襟の上に出す。
スカートを手に取ってベットの上に立ち上がり、足を通す。
スカートを腰まで上げたら、黒い革ベルトをスカートに通して締め、金具で止める。金具のデザインは開いた本が彫られている。
三角タイの1辺の両端を持ち、三角が半分になるほど持っている辺をくるくると巻き三角を小さくする、背中に三角の頂点が下にくるようにセーラー襟に通す。
留め具に三角タイの両端を通して襟口まで引き上げ、表側の襟下から少し見えるように引っ張り、タイ先を伸ばして整える。
Vネックベストに袖を通し、タイが上になるように出した。
ティアはベットから降り、ピンクのふわふわスリッパを履いて、鏡が置いてある机の前に座った。
髪を櫛で整えた後、机の引き出しから黒く細いリボンを取り出し、少し考えてツインテールにした。
ツインテールの形に満足したのか、鏡に写るティアはにぱっと笑った。
脱いだ服を籠に入れて持ち扉まで進む。
スリッパを脱いでサドル部分にリボンの付いた水色のローファーを履き、ペンシィに声をかけた。
「ペンシィさん、準備できました」
「は〜い、今行く〜」
衣装棚から出てきたペンシィはティアと同じ服装になっていた。
ティアの着替えを待つ間、衣装棚にある司書の制服を念入りに調べ、服を変えていたのだった。
「ペンシィさんの服が変わっています!!」
「ふふーん!精霊だからね!自分の服装は変えれるのよ!」
「精霊さんはすごいですね〜。あれ?服は変わってますが、素足なんですね」
「アタシは靴を履かない主義なのよ!まぁ本音で言うと飛んでるからいらないかなーって考えだけどね」
「どうせなら靴も含めてお揃いにしませんか?」
「おっけー」
そう言うとペンシィの素足に光が集まり、霧散した。
するとティアと同じニーソックスとローファーになっていた。
「これでお揃いですね!さぁ行きましょう!」
「はーい」
籠を持ったティアを追いかけるペンシィがふと振り返り指を振ると、自身と一緒に現れた本と、ティアのために出した本が消えた。
「で、これからクリスのところに行くの?その籠は?」
「まずは洗濯物置き場に籠を持って行きます。その後顔を洗って歯を磨いてから朝ごはんです。朝ごはんはお祖母様と一緒なので、そこでお話しましょう」
「洗濯物ね〜」
チラッと見た籠の一番上にウサギパンツがあった。誰も居ないとはいえ、一番上にパンツを置いているティアを見ながら、まだまだ子供だと思うペンシィだった。
洗濯物置き場に籠を置き、洗面台で顔を洗い、様々な動物の絵が描かれたマグカップとピンクの歯ブラシを使って歯を磨いた後、ティアとペンシィは食堂に向かって移動している。
「ねぇねぇティアちゃん。さっきから誰ともすれ違わないんだけどどうして?ここには沢山の司書が居るはずでしょ?」
「どうしてでしょうね?いつもなら朝のバタバタした時間なんですが…」
「ティアちゃんがわからないなら考えても仕方ないし、それもクリスに聞こう」
「そうですね。あ、食堂に着きました」
食堂に入ったティアを迎えたのは、朝の食堂としてはありえないほどの静寂と、水色ではなく薄紫色をワンポイントにしたプリーツスカートではなくロングスカートの司書の服で、銀髪のベリーショートで、丸メガネを掛けた初老の女性が数ある長机の一席に座っていただけだった。
その女性はティアに向かって手招きをして、自分の向かいの席を指差している。
「おはようございます。お祖母様」
女性はティアの母方の祖母「クリスティーナ・メモリア」だった。
「はい、おはようティア。さて、ご飯の前に二つ話があるよ。まず一つ目だ。メモリア様が管理している司書の名簿にティアの名前が追加されていたんだ。ティアがメモリアの司書になったことに間違いないかい?」
「はい、間違いありませんお祖母様。昨晩自室で本を読んでいたのですが、気づいたらよくわからない空間に居ました、その空間を彷徨っていたところ、こちらに居られるペンシィさんと出会い、成り行きですが、契約して司書になりました」
祖母の質問に答えながら、傍を漂うペンシィに手を向けて紹介する。
ペンシィはクリスの前に進み出た。
「久しぶりクリス、老けたわね!」
「久しぶりだねペンシィ、老けたは余計だよ!まったく…アンタは変わらずメモリア様に怒られてるようだねぇ」
「うぐっ…昨日のは不可抗力でしょ!さっさと引退しちゃえ!ばーか!!」
「はっはっは!ティアが一人前になるまでは現役さ。…さてティア、話の続きだよ」
ペンシィとの会話を打ち切ったクリスはティアに向き直る。
「メモリアの司書について教え始めた矢先に司書になっちまったんだ。まだ知らないことだらけだろう。私の中では15歳ぐらいまでゆっくりと教えるつもりだったんだけどねぇ。まぁなっちまったものは仕方ない。司書についての心構えとかはこの後で教えるさ。仕事のやり方についてはペンシィに教えてもらいな。仕事はペンシィと一緒にやることになるからね」
「はい、お祖母様。ペンシィさんよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくねティアちゃん!アタシに任せといて!!」
ティアの前で、無い胸を張るペンシィを見て、クリスはニヤリとした。
「おや?いつもの無気力さはどうしたのさペンシィ。お姉さん風でも吹かせているのかい?」
「な!?」
「ティア、気をつけな。ペンシィは能力はあるけどやる気がないからねぇ」
「そうなのですか?」
「ん〜…まぁね。やりたくないことをやっても楽しくないからね〜。生涯通して楽しく生きるのがアタシのモットーだから」
「今もやる気は無いのですか?」
「今はやる気あるよ!ティアちゃんと一緒にいれば大変そうだけど楽しそうだしね!」
「楽しそうだと言われるのは嬉しいのですが、大変そうですか?」
ペンシィの不安を知らないティアには、自分の何が大変そうなのかピンときていない。そんなティアを見たクリスは苦笑いだ。
「さて、もう一つの話だよ。朝から人がいないだろう?これはティアの父親から、勇者と魔王の決闘が始まったって情報が入ったのが原因さ。司書の殆どが決着後に備えるため動き回ってるよ」
「ん?ティアちゃんのお父さんからの情報って、勇者パーティに付いてるの?」
「はい、お父様は勇者パーティにサポート役として参加しています」
「他の家族は?」
「お母様が《マーブル共和国》の宰相付きで、上のお姉様が《冒険者協会》の会長付き、下のお姉様は《料理王国クック》の宮廷料理長付き、お兄様が魔大陸で技術革命を起こした方に付いているはずです」
「家族みんなすごいことになってるのね...アタシはノンビリとやりたいわ」
ティアの家族のことを知らないペンシィ、その姿を見てため息を吐くクリス。
「なんでペンシィが知らないんだい?」
「いや〜。仕事しなさすぎて怒られちゃって...アタシの溜め込んでる情報を整理してたんだ…20年程…」
「20年...それで、整理は終わったのかい?」
「まだ終わってない…だって整理する量より、他からの整理依頼の方が多くてアタシの担当部分に手が回らないんだもん!でも、ティアちゃんと契約したってメモリア様に伝えたらすっごい怒られたけど、アタシの担当する情報の整理は空き時間でいいからティアちゃん優先って言われたよ!他の担当の情報整理依頼はアタシ以外の契約してない精霊に回すってさ!」
「はぁ〜。メモリア様がそう言うなら私は何も言わないけど、ティアの面倒はちゃんと見ておくれよ」
「わかってるよ!整理とかしたく無いもん!全力でティアちゃんをサポートするよ!」
「はいはい。空き時間に整理しなくてまた怒られても知らないからね」
返事をせず視線を外して口笛を吹くペンシィ。それを見たクリスは、そのうちまた怒られると確信する。
「ティア。ペンシィの知らない20年に関しては、全司書でサポートするから、何か困ったらお婆ちゃんに言いな」
「わかりました。ありがとうございますお祖母様。ペンシィさん、一緒に楽しみましょうね!」
「そうだね!一緒に楽しもう!」
ティアとペンシィを見て、心配しなくてもよさそうだと思うクリスは話を続けることにした。
「話を決闘の話に戻すよ。勇者側からは魔王が持っている技術と人材の提供、魔王側からは精霊大陸の各国が管理しているダンジョンに、冒険者登録されている魔族が入れるようにって要求だ。これを両者とも飲んだらしい」
「勇者と魔王の決闘っていうと、契約魔法で縛られた勇者と魔王が一対一の決闘を行って、勝ったほうの要求が通るってあれよね?負けを認める、どっちかが死ぬまでってやつ」
「それだよ。精霊大陸の王達は、魔大陸の技術革命に危機感を持っているみたいでね、その技術を得るために勇者をぶつけたらしい。メモリアには情報はあっても実行できる技術者がいないからね。それに、魔王側もダンジョンにある情報や素材が欲しいみたいでね。成立したんだよ」
「ふ〜ん。それはわかったけど、司書になったばかりのティアちゃんに何かさせるつもりなの?」
「いや、今のところ何かしてもらうつもりはない。ただ、決着と同時に忙しくなるはずだから、今のうちにできることはやっておこうと思ってね。だから、朝食を食べたらメモリア様のところに行くよ。そこで、司書の役割を教えるさ」
「アタシパス!」
ペンシィは即座に拒否をして逃げようとしたがクリスに捕まえられた。
「ティアが行くんだよ!アンタも行くに決まってるだろ!!」
「い〜や〜だ〜!何もしてないのに怒られるもん!!」
「何もしてないから怒られるんだよ!!仕事しな!!ティアと一緒に行かないと仕事してないってことになってまた怒られるよ!!!」
「どっちにしろ怒られるじゃん!」
「今回はティアの顔見せだから大丈夫だよ!たぶん!」
「たぶんじゃん!うぅ……ティアちゃん!アタシを守ってね!」
「え、えっと…で、できるかぎりがんばります」
そう言ってティアは朝食を取りに行った。
クリスの分と合わせて二人分を持って戻ってくると、涙目で机の上に三角座りしているペンシィが居た。