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戦う司書さんと勇者と魔王  作者: 星砂糖
雪山と 精霊竜と ぬいぐるみ
29/106

Page29「動かされるぬいぐるみ もこちゃん」

マリ球。

ペンシィからティアに渡された魔術道具につけられた名前である。

魔術『マリオネット』の魔術陣を水晶に刻んだもので、魔力を流すと発動する。

『マリオネット』は、魔力の糸を対象につなげ、糸を伝って魔力を流すことで、対象を操作する。

人形師がよく用いる魔術ではあるが、糸は自由に曲げ伸ばしでき、魔力が続く限り切れないため、商人や冒険者も使うことがある汎用的な物だった。

生物にも使うことができるが、生物は魔力を持っているため、術者の魔力と生物の魔力が反発してうまく操作できないどころか、逆に魔力を流され操作される可能性もある。

使い方によっては危険な魔術だが、当然そんな使い方をさせるつもりのないペンシィは、生物に対して使わないようにきつく言うつもりだった。

万が一生物に使ったとしても、圧倒的魔力量でねじ伏せることができるのも関係している。

それを教えられるティアは、山肌から突き出た岩にくっ付いてしまった糸にぶら下がって涙目になっていた。


「説明する前に使うからこうなるんだよ!」

「ご、ごめんなさい…」


マリ球を両手で握ってぶら下がりながら謝る。


「とりあえずもっと魔力を流して糸を長くすれば降りてこれるから!」

「わ、わかりました」


言われた通りに魔力を流すと、魔力の糸が長くなり無事に降りることができた。

降りたことを足踏みして確認したティアは、マリ球に流していた魔力を止めて、魔術の発動を終わらせた。

ティアが岩にぶら下がった理由は簡単だ。

貰ったマリ球は魔術道具なので、魔力を流すだけで発動する。

好奇心に負けたティアは、使い方の説明を受ける前に、両手で持ったマリ球に魔力を流した。

流した魔力が魔術陣に流れ込み、『マリオネット』が発動する。

流した魔力が多すぎたため、細長い魔力の糸が塊となって飛び出た。

それに驚いたティアはマリ球を握ったまま、手を動かしてしまった。

ティアの動きに追従するかのように解れた糸は、ティアの上にある出っ張った岩にくっ付きいた。

糸が取れないことに混乱したティアが、流していた魔力量を減らしたことで糸が縮み、ぶら下がる結果となった。


「もう!いくらぬいぐるみを動かしたいからって説明を受けずに使うのはやめてよ!」

「はい…ごめんなさい…」


ぬいぐるみが絡むと少し暴走するティアなので、勝手に使ったのは早くぬいぐるみを動かしたいからだと判断したペンシィだったが、今回はただ単純に新しく手に入れたオモチャを使いたくなっただけだった。

ティアも怒られるようなことをした自覚はあるので反論しなかった。

勘違いされても大したことではないので。


「まぁ怪我がないからいいけど…本当に気をつけてよ!」

「はい…」

「はぁ…反省しているようだしこの話は終わり!わかったら返事!」

「は、はい!」


ティアの自業自得とはいえ、その表情を見ていたくないので、反省していることだし空気を変えにかかるペンシィ。

落ち込んだ表情から驚いた表情に変わったが、雰囲気はいつものティアに戻った。


「うんうん!それでいいんだよ!じゃあ『マリオネット』の説明するね!使ったからわかると思うけど、魔力を流すと糸が出せます!」

「先ほど出ていたのは糸なのですね…出てきた時は塊だったのでびっくりしました…」


先ほどよりマシにはなったが、まだ本調子ではないティア。

ペンシィは時間が解決するだろうと放置し、説明を続けることにした。

下手に指摘して戻るのは嫌なので。


「流す量や、早さ、流し方で色々変わるんだ!量が増えると長くなるんだけど、方向を決めずに出す後から出てくる糸に押し出されて塊になっちゃうんだよ」

「なるほど、先ほどは一度にたくさん流したから塊になったんですね」

「うん!それで、次は早さ!流す早さは糸が動く早さになるから、素早くくっ付けたいなら早く流さないとダメだね!」

「どういう時は早くするべきですか?」

「とっさに逃げたい時とかかな?遠くの何かにくっ付けて、くっついた後、流す量を少なくすれば糸が縮まって一気に移動できるよ」

「ロープみたいになるのですね。先程のように」


先ほどのぶら下がりに関することだったので、もしかしたら機嫌を損ねるかと言ってから気付いたペンシィだったが、ティアは気にした様子もなかった。

むしろ先程の事があったので、より理解できていた。


「最後に流し方だね!魔力の手を出した時に、指先は5本になってるでしょ。そんな感じで5本陣に通すと、糸も5本になるんだ!」

「一度にたくさん糸を出してどうするのでしょうか?絡め取るのですか?」

「糸を付けた物に魔力を流して操る魔術だから、一度にたくさん操れるようになるんだ!」

「操る…ですか?」

「あれ?言ってなかったっけ?『マリオネット』は糸を通して魔力を流して、対象を操る魔術だよ」

「魔力を流して…対象を操る…よくわかりません」

「えっとね…ティアちゃんはおでこからしか魔力が出ないけど、体の中を魔力が巡ってるのはわかるよね?それは筋肉にも流れているんだよ。その魔力を強制的に動かすと、筋肉が引っ張られて体も動くんだよ!」


対象に魔力を流すことで魔力許容量を超えさせ、破壊する【魔力破壊】があるように、魔力の使い方で起きる現象が変わる。

程よく流せば筋肉の動きを補助でき、極めれば体を鉄のように硬くすることもできる。

しかし、今のティアには肉体強化はできない。

それは魔力操作の慣れや集中力の持続に加え、運動神経の無さが影響している。

もしも、ティアの運動神経が良ければ近接戦闘を教え、詠唱ができるほどの才能があれば魔術師の道を示しただろう。

しかし、ティアには膨大な魔力しかない。

それすらない人からすれば羨ましい限りだが、今現在は使いこなすには程遠い状態なので、宝の持ち腐れである。


「相手の意思に関係なく動かせるのですか…そんな魔術を使ってもいいのですか?」


ティアの疑問も最もである。

しかし、魔法と魔術の違いすら知らなかったティアに、そんな危険な魔術を教えるはずがない。


「いろいろできるけどそこまで強い魔術じゃないから大丈夫だよ!それに、生き物に使うと相手の魔力が邪魔になって失敗しちゃうんだ。もし成功したとしても、ずっと抵抗されてるからうまく操れないし、使う魔力も増える。更には逆に相手の魔力が糸を流れてきて操られちゃうかもしれないんだ。だから生き物には使えない魔術なの。でも、人形を動かす分には抵抗がないから楽だし、箱とか動かしやすいものにくっ付けて引っ張れば手元に持ってこれるから便利魔術扱いだね!」

「そうなんですか。使っても大丈夫なんですね。いろいろと使い勝手も良さそうなので、頑張って使いこなせるようになってみせます!」

「やる気十分だね!じゃあさっそくもこちゃんを操ってみよう!」

「はい!」


切られた首が元に戻ってから、出しっぱなしだったもこちゃんの上には雪が付いておらず、周囲は先ほどより雪が積もっていた。

つまり、もこちゃんだけ雪の影響を受けていなかった。

これが『状態維持』の効果なのだが、雪で見ると地味である。

そんなもこちゃんの状態には気付かず、もこちゃんの後ろに立ちマリ球に魔力を流す。

ゆっくりと少しずつ流したので、ニョロニョロと糸が出て雪の上に落ちた。

マリ球を握った手をブンブンと振って無理矢理頭にくっ付けた。


「振らなくても魔力の手と同じように操作できるよ?」

「そうなのですか?やり直してみます」


魔力を流すのを止め、糸を切断する。

再度付けるために魔力を流す。

一度目より量を増やし早く流したので、シュルシュルと出てきた。

出てきた糸は雪に落ちる前に糸先が持ち上がり、もこちゃんに向かって伸びていき、背中にくっ付く。


「付けたら魔力を流してもこちゃんをティアちゃんの魔力で満たすの。満たしてから動かすイメージをするだけだよ!ちなみに足だけ満たした状態でも歩かせることはできるよ!」

「全身動かすために満たすのですね…。では、早速動かしてみますね!」


宣言してから魔力を流し始める。

足から溜まっていく魔力だが、逸る気持ちの影響なのもこちゃんの足先がピクピクしている。

しばらくして魔力が満たされたことを【看破】で確認たティアはもこちゃんを動かし始める。

ティアは糸を背中につけるためもこちゃんの後ろに回っていたため、まずは後ろを振り向かせて自分に向けるイメージをした。

すると、もこちゃんが振り返った。


「動きました!」


続けてイメージしたのか、両手をピコピコ動かしたり、雪の上をちょこちょこ歩かせる。

そのままペンシィの前に進ませ手を振らせる。


「うん!動かせてるね!じゃあ次はもこちゃんを使った戦い方だね!」

「お願いします!」


ティアの声と共にもこちゃんがぺこりと頭を下げた。

それを見たペンシィは、司書の仕事以外に人形師でも稼げるかもと思い始めた。

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