Page28「魔法と魔術と魔術道具」
ぬいぐるみを操って、自身の代わりに接近戦をすることになったティア。
聞いた当初はぬいぐるみを動かせることで興奮していたが、動かすぬいぐるみを選んでいる間に一つの疑問が浮かんだ。
「あの…ぬいぐるみで戦うということは、ぬいぐるみが攻撃されると…」
「破けるね」
「地面の上を転がったりすると…」
「汚れるね」
当たり前のことを聞いてくるティアに、ペンシィは短く答える。
「では、嫌です」
「やっぱそうだよねぇ…じゃあこうしよう!アタシが『自動修復』を付与して、破けても元に戻る上に、汚れても綺麗になるよう『状態維持』も付与するよ!これでどう?」
「直ったり、綺麗になるのはとても嬉しいのですが、どの程度まで直るのですか?」
「状態維持で燃えないし、水を吸わないし、風化しないし汚れないから環境で壊れることは無いはずだよ!それに加えて切られたり、潰されたりしても元に戻るから、パッと思いつく範囲では直るね!」
「なるほど…直るにしても抵抗がありますが……このままではよく無いのも事実ですので、やります」
「わかった!じゃあ、さっそく付与しちゃうからぬいぐるみ出してくれる?」
「わかりました」
ティアは異空間から黒い毛に覆われた羊のぬいぐるみを出した。
やけに体毛がリアルなぬいぐるみは、眠そうな目をしていた。
「もこもこシープのぬいぐるみ『もこちゃん』です!」
「これ、体毛はもこもこシープの毛をそのまま使ってるよね?!しかも黒!高級品だよ!」
もこもこシープは白い体毛の羊で、魔獣ではなく獣。
比較的おとなしく、牧場で飼われていることが多い。
もこもこシープから取れる体毛は、ふんわりしているため用途が非常に多く、環境によって色が変化するので産業としても成り立っている。
火の魔力が多い環境で育てられている場合は薄い赤に、水の魔力が多い場合は薄い青になる。
濃い色を出すためには魔力ではなく魔素が溜まっている場所で育てなくてはならず、一度管理を間違えると魔獣になってしまう。
そして、一匹でも魔獣になった場合、その対処に追われて残りも魔獣になるか、魔獣になった一匹に全て殺されるかである。
なら、一匹だけ育てればいいと思われるが、一匹の場合魔素が集中してしまい、即座に魔獣になることが報告されている。
複数居ることで魔素が分散し、緩やかに毛の色が変わっていく。
「もこちゃんは高いのですか?」
「高いよ!黒は闇の魔素が多いところで育てないとダメなんだけど、精霊大陸に住んでいる人で闇属性を使える人はほとんどいないんだよ!だから、黒い毛は高級品なんだよ!」
「なるほど…お母様から頂いたので知りませんでした」
「やっぱり母親なんだね…。まぁいいや、このぬいぐるみだったら余裕で付与できるね!ティアちゃんもいつか付与するかもしれないから見ておいてね!」
「私ができるのは杖の祝福の【錬金術】ですね」
「そうだよ!まぁやるためには覚えることが多いけどね〜。じゃあやるね!」
ペンシィは眠たげな目をしたもこちゃんの前に進み、聞きなれない言葉を口にする。
それはティアには聞き取れない音だった。
しばらくするともこちゃんの周りが仄かに光り出した。
その光がもこちゃんにぶつかり、やがて消えた。
それを確認したペンシィは再度口を動かし始めた。
次も同じように光り、もこちゃんに集まる。
光が消えたことを確認したペンシィが振り返る。
「成功したよ!」
「そうなのですか?」
「うん!証拠を見せるね!」
もこちゃんに向き直ったペンシィが微かに口を動かすともこちゃんの首が落ちた。
「もこちゃん!」
「大丈夫!」
駆け出そうとするティアを止め、首が取れたもこちゃんを指差す。
見ると、落ちた首が浮き上がり、元の位置に向かって戻り始めていた。
軽くホラーである。
【看破】を使って見ると、体から首に向かって魔力が流れ、首を引っ張っていることがわかるのだが、動揺したティアにはその余裕がなかった。
すぐに首が元の位置に戻ったので、確認するティア。
もこちゃんの首はしっかりと繋がっていて、雪も付いていなかった。
「確かに大丈夫ですが、できれば事前に言って欲しかったです」
頬を膨らましながらペンシィを睨む。
ティアよりも高い所にいるペンシィから見ると上目遣いに見えていた。
「言わなかったのはごめん。でも、これで大丈夫ってことはわかったよね?」
「もこちゃんが大丈夫なのはわかりましたが、付与については最初から最後までよくわかりませんでした」
ティアから見ると口をパクパクさせると急に光りだし、もこちゃんに光が集まっただけだった。
「だよね!簡単に説明すると、付与する物を魔術陣の真ん中に置いて、その魔術を対象に集約するの」
「なるほど?いろいろわかりません。今更ですが魔法と魔術の違いに、ペンシィさんが喋っていた聞き取れない言葉とか…」
メモリアでティアが受けた説明は、魔力を出してイメージする方法で、その時は『魔法』と言われた。
メモリアの建物が収納される時にペンシィが口にしたのは『魔術』だった。
この時は焦っていたこともあり、聞こえてはいたが後で聞くことを忘れていた。
ティアの好奇心であれば、雪山を登り始めたら聞いてくるはずだった。
あるいは、目まぐるしく環境が変わったことで知らないうちに疲れたのかもしれない。
昨日もよく寝ていたので。
「えっとね、イメージで何かをするのが魔法!自分なりの魔力使用方法って感じ!だから、人によって魔力を使ってできることが違うんだよ!」
「火を出したり、水を出したりですか?」
「それ以外にも遠くのものを動かしたり、遠離れた人と話したりもあるよ!それで魔術なんだけど、使い方が決まっていて、使ったら誰でも同じことができるのが魔術!」
「使い方…ですか?」
「そう!詠唱、陣、魔術道具とかだね!」
「陣はメモリアの建物を収納した時に使用したものですよね?」
「そうだよ!さっきの付与もそう!詠唱して、魔術陣を作って、それをもこちゃんに集約したんだよ!」
うっすらとした光は周囲の雪と同化して見えるほど淡い光だった。
上から見ても陣が見えるか怪しい程だったので、横から見ていたティアは気づかなくても仕方がない。
「先ほど光っていたのが陣なのですね。では、詠唱というのはペンシィさんが話していた言葉ですか?」
「そうなんだけど、ティアちゃんには聞き取れなかったんだよね?」
「はい。音が出ていませんでした」
「なるほど…じゃあティアちゃんは詠唱できないねー」
「聞こえないと使えないのですか?」
「詠唱は魔力を聞いて話せないとダメなんだよ!説明しようにもそうとしか言えないんだ。まぁ才能だね!でも、陣は書けるから大丈夫だよ!」
魔力が多いことと詠唱は関係がない。
少ない魔力で詠唱する魔術士が圧倒的に多い。
詠唱ができない魔力の多い人は、陣に魔力を込めたり、魔術道具を使って働いている。
「詠唱できなくても問題ないのですよね?」
「うん!ティアちゃんには魔術道具を使ってもらうからね!」
「魔術道具ですか?」
「そう!魔術が込められていて、魔力を流すと決められた魔術が発動する道具!」
「それは…この本のことですか?」
「本は似てるけどちょっと違うかな。魔術道具は一つの道具に一つの魔術だけなの。あ、付与とは別だから注意してね!」
もこちゃんには二つの魔術が付与されていたので、そのことを聞こうと思ったティアだったが、先に言われてしまった。
「付与は対象そのものに効果をつけて周囲の魔力で発動するもの。魔術道具は刻まれた魔術陣に魔力を流すことで発動するものって別れるの」
「物に魔術陣を使って魔術を付けると付与、魔術陣自体を物に彫るのが魔術道具ということですか?」
「おぉ!その解釈であってるよ!で、ティアちゃんに教える『マリオネット』は魔術道具です!それはこれです!」
ペンシィとティアの間に透明な球が現れた。
球の大きさはティアでも握れるぐらい小さい。
球を手に取ったティアは、いろんな角度から見ている。
玉の内部には薄っすらと模様が刻まれていて、光に透かすと陣が見える。
「これが…魔術道具なのですか?」
「うん!半球になった水晶に陣を刻んで、二つの半球を合わせて球にしたんだよ。ちなみに名前はありません!魔術『マリオネット』が刻まれた球です!」
「では省略してマリ球にしましょう」
「マリ球……まぁ言いやすいからいいかな!」
少し思うことがありそうなペンシィだったが、新しい道具を手に入れ、嬉しそうなティアを見て言うのをやめた。
もこちゃんも『もこもこシープ』を省略したんだろうとある意味納得している。
ぬいぐるみに二つの魔術を付与し、ティアに魔術道具を渡したので、あとは使い方を教えて、もこちゃんを使った戦い方を考えるだけだ。
可能であれば詠唱でやりたかったペンシィだったが、できないことをうだうだ言っても仕方がないので、すぐに切り替えた。
何も起きずに教え切れることを願いながら。




