Page26「リベンジと精霊竜」
ティアが目を覚ますと見慣れない天井だった。
しばらくボーッとした後、ここが異空間で、自分が出した家で寝ていたことを思い出した。
起き上がり、着替え始める。
寝る前に着た白熊の着ぐるみパジャマを脱いで司書の服を着る。
今日の髪型に少し悩み、三つ編みにして後ろに流した。
「これはどうしましょう」
ティアの目の前には昨日着ていた司書の服等と、今脱いだパジャマがあった。
メモリアにいた頃は、他の司書達が洗濯してくれていたが、旅に出たらそれもできない。
自分でやるしかないのだが、できるかどうかわからないので、ペンシィに聞くことにした。
ふと窓から外を見ると、石畳だった所に広く、深い穴ができていた。
昨日はなかったその光景に首を傾げながらも、階段を降り外に出る。
湖用の穴だが、ティアには単なる大穴にしか見えていない。
水も流れていないので。
「おはようございます」
「ん?おぉ!おはよう!ティアちゃん見て!湖用の穴が大体できたよ!」
穴のそばで透明な板をペチペチしていたペンシィに声をかける。
ティアに声をかけられ大穴を指差しながら嬉しそうに答えるペンシィ。
「これが湖になるのですか?」
緩やかな斜面がしばらく続き、徐々に勾配が急になっている。
大穴の中央には、塔のような何かがあり、先端は家を建てた地面と同じ高さになっている。
「入ってすぐは緩い坂にしてるから、涼みやすいよね!中央の塔みたいなのは浮島みたいなやつだよ!ボートで渡るの!」
「ボートで浮島へ…いいですね!」
「でしょ!」
しばらく湖の周辺や、浮島をどうするか話し合い、落ち着いたところで朝食を取ることにした。
部屋に戻り、フィーリスボックスを出て開ける。
三種のフルーツを生クリームとパンで挟んだフルーツサンドと牛乳を取り出し、ニコニコと嬉しそうに食べる。
甘い物が好きなのである。
「今日も昨日と同じように雪山を進むよ!獣がいれば戦うけど、多い時は逃げる!それでいい?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ、本を出して自分を取り出すイメージをしてくれる?それで出れるから」
「わかりました」
本を取り出し、ペンシィの言う通りにする。
入ってきた時と同じく、本が光るとティアが消え、続けて本とペンシィが消える。
異空間に入る時に目印はいらないので精霊石は残らない。
雪山に残された精霊石は、ティアが異空間から出ようとしたと同時に薄っすらと光り、空気に溶けるようにぼんやりとした霧状になった。
その霧が晴れると、そこにはティアが居た。
ティアが周囲を見渡して入った場所に出たことを確認していると、ペンシィも現れた。
「さて、行きますかって、ティアちゃん上見てどうしたの?」
「【看破】で見ると、爪痕がいっぱいあります」
「ん?おー。これはスノーウルフかな?結構鋭い爪だし」
「精霊竜さんではないのですか…」
「この岩陰に竜は入らないよ!爪の感覚も狭いし、結構な範囲に付いてるし!」
「そうですか。では、オオカミさんに出会うかもしれないのですね?」
「その可能性はあるね!じゃあ出発!」
「わかりました」
岩陰から出られるよう一部の結界だけ消して出ると、降り積もった雪を光が照らしていたよ
すっかり日が昇っているようだ。
「異空間にいると朝になったかどうかがわかりませんね」
「わかるようにもできるから、今度やっておくね!」
「できるのですね。お願いします」
「りょうか〜い!」
異空間で朝かどうか判断するために行うのは、魔力で擬似太陽を作り、その動きを外の太陽と同じにする方法だった。
草原や花を作る上で太陽は必要なので、今回のことがなくても作る予定ではあった。
そんな話を皮切りに、異空間の拡張案を出し合う二人。
いつしか、地上だけでなく、地下や空にまで何を作るか話し合っていた。
そんな二人の前に一匹の生き物が現れた。
それは、苦い思い出が蘇る相手、スノーラビットだった。
「リベンジです!」
「ちょっ!決断が早いよ!」
言うが早いか本を取り出し、お馴染みとなった剣を50本出し、スノーラビットと自分を囲むように地面に突き立てる。
「まだですよ!」
剣と剣の隙間が空いているので、その少し後ろに追加で剣を降らす。
100本の剣が地面に突き刺さり囲われた特製リングの完成だった。
非効率極まりない。
鼻をピスピスと鳴らしながら、周囲の変化に戸惑うスノーラビットだったが、普通の剣が雪に突き刺さっている程度では囲んだことにならない。
そう、剣よりも高く跳んだのである。
しかし、柄を越えた瞬間、鈍い音を立てながら囲いの内側に落ちた。
柄の上に結界を作り、跳んで逃げられることを防いでいた。
「えー…。この大量の剣は時間稼ぎなの…?」
スノーモンキーとの戦いを見たせいで、ある程度の物量戦であれば驚かない決意をしていたペンシィだったが、物量を囮にしてまで囲い込むとは思っていなかった。
そもそもスノーモンキー戦で行った対象に刃を向けて囲む戦法を使えば、スノーラビット程度なら簡単に倒せる。
しかし、ティアには思うところがあるのだろうか。
ただ倒すだけではなく、逃げることを封じようとしたのかもしれない。
「えい」
結界に頭をぶつけたスノーラビットだったが、即座に起き上がり、ティアの追撃である剣を避ける。
避けながらも何度も跳んで柄を越えようとするも、すべて結界に阻まれた。
二回目からは、足から結界に当たるように跳んでいるため、ぶつからずに戻ってくる。
そんなスノーラビットに一本ずつ剣を飛ばすティア。
しかし、当たることはなかった。
「当たりません!………あ!」
それはスノーラビットが逃げられないようになってから、ちょうど20本目の剣を避けられた時だった。
空から野良猫ぐらいの大きさの雪玉に似た何かが降ってきて、スノーラビットを下敷きにしたのである。
「きゅ〜」
雪玉は音を鳴らしてスノーラビットの上で上下に揺れている。
雪玉の下から見えていたスノーラビットの足から徐々に力が抜けていくのが見える。
どうやら雪玉に押しつぶされているようだ。
警戒して自分の周りに剣を出したティア。
気づけば隣にペンシィ来て、雪玉を見ていた。
「あれはなんですか?」
「多分だけど…精霊竜の子供かな…」
「この雪玉がですか?」
「多分だけどね」
じっと見ていると、スノーラビットの息の根を止めたことが確認できたのか、雪玉は丸めていた体を伸ばした。
ふんわりとした短い毛が生えた翼を広げ、頭を上げる。
ティアが見ていたのは背中だったようで、左右に広がった翼の向こうに、二本の腕と、可愛らしい小さな角が二本生えた頭が見えた。
よく見ると、小さな足で立ち、丸まった細い尻尾が見えた。
どうやらこの子竜は、体を丸めてスノーラビットに体当たりをしたようだ。
「きゅ〜〜〜……きゅ?」
目を瞑って伸びをして、ふと後ろを確認した子竜とティアの目があった。
長い首を後ろに向ける子竜と、それを見つめるティア。
子竜の瞳はサファイアのように透き通った蒼色だった。
しばらく見つめあったあと、子竜が周囲を見回し雪に剣が刺さっていることと、ティアの横に同じ剣が浮いていることに気づいた。
「きゅ?!」
鳴くが早く、スノーラビットを咥えて飛び立とうとする。
早く逃げなければ剣で串刺しにされる。
でも、ご飯であるスノーラビットは置いていけない。
そんな感じに焦って、地面を引っ掻きながらヨタヨタと飛び始める。
まだ慣れていないのか手足をバタつかせながら飛び、最後には結界を足場にして去って行った。
「真っ白でとても綺麗でしたね!瞳も綺麗な蒼色で!柔らかそうな毛も良かったです!触りたいです!」
「うんうん!あの子は綺麗だったね!でも、スノーラビットは持っていかれちゃったけどいいの?」
「大丈夫です!精霊竜さんが見れたのでスッキリどころか幸せです!」
「まぁティアちゃんが喜んでいるならいいんだけどね…」
周囲に突き刺さった剣を見回しながら今回の惨状を確認するも、雪がひっくり返されたわけでもないので問題はなかった。
ただ、結界についた子竜の爪痕が、異空間に入る時に張った結界についていた爪痕と同じだった。
「ティアちゃん。どうやらさっきの結界についてた爪痕はさっきの子竜だったみたいだよ。飛び立つ時についた爪痕と一緒だし」
「本当ですね。結界が気になって引っ掻いてたのでしょうか?」
「そうなのかもしれないね。子供は好奇心旺盛だし」
「そうですね」
ティアを見ながら言うペンシィだったが、ティアはその意図に気づかなかった。
もしかしたら、自分の好奇心を認めた上で反応なのかもしれない。
「あ!ペンシィさん!私やりたいことがあります!」
「ん?雪山で?何々?」
「もう一度飛ぶことに挑戦しようと思います!」
「へ?」
ペンシィの脳裏に蘇ったのは、仰向け担って空に向かって風を放っていたティアの姿だった。
こんなところでやると雪が舞ってしまう。
しかし、ティアの表情を見ると何か考えがあるようだった。
その顔を見たペンシィはティアの好きにさせることにした。
最悪、結界を張って異空間に逃げればいいので。