Page24「次女フィーリスのお祝い品」
スノーモンキーとの戦闘以降、獣や魔獣に遭遇することなく雪山を進んでいたティアとペンシィ。
二人は夜を明かすための安全な場所を探していた。
「見つかりませんね」
「そうだね〜」
二人が探しているのは洞穴だった。
司書自信が異空間に行く場合、安全な場所で移動する必要がある。
異空間から戻ってくるための目印が自動的に作られるためだ。
この目印を破壊された場合、異空間の接続先がわからなくなる。
壊れて内包する魔力が少なくなった目印を探すために膨大な魔力が必要になる。
また、他の人に目印を持って移動してもらうことで安全に移動することもできるが、道中獣や魔獣、あるいは人との戦闘が起きることもあり、その時に壊れるならまだしも、奪われた場合どこに出るかわからなくなる可能性があるため、非常時以外は行われない。
「んー。もういっそ結界で囲おうか!ティアちゃんが張れば朝までもつでしょう!」
「持たせるために必要な魔力量がわかりません。大丈夫でしょうか?」
「その辺はアタシが助言するから大丈夫だよ!という訳で探す場所に洞穴だけじゃなくて岩陰を追加します!さすがに全周囲に張るのはめんどくさいからね!」
洞窟の場合は中を掃除して入り口を塞ぐように張る。
岩陰の場合、岩を背にして前と後ろに張る。
仮に大人数だとしても、一人の異空間に入るのでそこまで大きい場所は必要としない。
しばらく進んでいるとずいぶん前に落石があったのか、雪が積もった岩が積み重なっていた。
岩陰を覗くと、裏側に数人程度であれば隠れることができそうなスペースがあった。
「ここでいいんじゃないかな?」
「わかりました」
岩陰を覗き込み、何も居ないことを確認してから影裏に入る。
「じゃあ上と入り口に結界出して、岩も軽く出した結界で覆ちゃおう!」
「前と上と周囲の岩ですね」
前髪をそよがせながら魔力を放出し、入り口から上を丸く覆う。
厚さは手のひらに乗るペンシィ程だったが、足りなようだ。
「んー。ちょっと薄いかな。ティアちゃんの腰ぐらいまで厚くしてくれる?」
「はい」
さらに2回ほど魔力を足して厚くする。
その状態で壁になるよう意識すれば結界になった。
岩には一回分の魔力で結界を張る。
「あとは異空間に入ればいいだけだね!」
「物を入れる時と同じでいいのですか?」
「そうだね。ティアちゃんだと【荷物入れ】に自分を入れようとすればいいよ!」
「わかりました…」
硬い表情で本を開き、白紙のページに手を添える。
初めて自分から入る異空間なので緊張しているようだ。
意を決して、自分を【荷物入れ】に入れるよう意識する。
本が光るとティアが消え、ティアを追うように本とペンシィが消えた。
消える際に表紙に嵌っていたペンシィの精霊石が光を失い、ただの石のようになって落ちた。
これが異空間から戻る時の目印になる。
「ようこそティアちゃんの異空間へ!」
「ここが私の異空間…ですか」
ティアは周囲を見渡した。
足元は石畳で、天井はメモリアの廊下と同じぐらいの高さで、ティアの周りにはベッドやクローゼット等入れた物が並べられている。
その家具の向こうに壁は見えず、遥か先まで石畳が広がっていた。
気温は高くもなく、低くもないちょうどいい温度で、ティアの魔力で満たされている。
「広いですね」
「あ〜。ティアちゃんが寝てる時にちょくちょく広げてるの。一生をかけて城を建てる人もいたから、そうなった時のために先にね。今は広さを広げてて、ある程度広がったら高さも広げるつもりだよ!」
「わかりました。そのあたりは全てお任せします」
「そうだね!どうしたいかは落ち着いたら考えよう!まずはご飯だね!クリスに言われて【貴重品入れ】に入れた箱の一つを調べて【フィーリスからのお祝い箱】って名前にしたから、それを出してくれる?」
「フィーリスお姉様の箱ですね」
ティアは本を出し、ペンシィが言った箱を検索して目の前に出した。
クリスから受け取った時は余裕が無く、箱のデザイン等を見ていなかったので、改めて見ているようだ。
肌触りのいい水色の布で包まれ、黄色いリボンで留められたティアがスッポリと入る大きさの箱だった。
ペンシィがリボンに挟んであったメッセージカードをティアに渡す。
「えっと『愛するただ一人の妹ティアちゃんへ 司書就任おめでとう!早すぎる就任ですがティアちゃんなら問題なく仕事ができるよ!なのでお姉ちゃんは心配していません!お祝いの品として、私がオーナーをしているお店の料理をたくさん送ります!時間が止まる異空間に入れて味わいながら食べてください!そして、クックに来た時は迷わず【ツインズ】というお店に来てね!少なくとも先にお城へは行かないように! ティアちゃんを第一に愛する姉 フィーリスより』とのことです」
「愛する云々は置いとくとして…。クックの宮廷料理長に付いて仕事してるんじゃなかったっけ?オーナー?」
「あはは…。お祖母様から聞いた話だと、クックは料理の腕と獣を狩る腕の両方がないと認められないそうです。戦う料理人ですね。フィーリスお姉様が出会った方の中で料理ができるけど戦えない人と、逆の戦えるけど料理が苦手な人を集めてお店を開いたそうです。なんでも、スタッフ全員双子の変わったお店だとか」
愛する云々で苦笑いになりながらも、祖母から聞いた姉の話をする。
料理王国クックでのし上がるためには、戦えて料理も出来なければならない。
どちらかしかできない場合、国家の上層部にはなれないが、国民として生活はできる。
しかし、周りが戦う料理人の中で、自分だけ戦えないとあっては劣等感を感じたり、周囲から蔑まれたりする。
フィーリスがクックで初めて出会ったのが、そういった人だった。
メモリア出身なので偏見もなく、その人に手を差し伸べ、気づいた時にはオーナーになってしまっていた。
しかし、フィーリスはそれを楽しんでいるようだった。
宮廷料理長付きなので、仕事は城で行う。
国王から城の部屋を与えられていたが、店のオープンと同時に、城下町にある店の従業員用住居で生活するようになり、城の部屋は仕事だけで使うようになっている。
「へー。変わったお姉さんっぽいね」
「そうですか?優しいお姉さまですが…」
ティアにとっては優しいが、周囲から見ると可愛いもの好き、その中でも妹のことが大好きな残念司書と言われている。
もちろん、そんなことはティアの耳には入っていない。
ちなみにフィーリスの店で働く双子は全員女の子だった。
フィーリス曰く『男の子も可愛いけど、私が求めてるものとは違うの!』とのこと。
その点守ってくれる王子様を求めていたりする。
それはさておき、結界を出して箱の上に乗り、リボンを解いたティアは、布を取り払い箱を開けた。
手前に開く箱が現れ、扉に中に入っている物をリストにした紙が貼られていた。
リストには前菜から始まるフルコースが10食分。
麺料理やパンがそれぞれ40食分。
クッキーやケーキ等のお菓子が60食分。
保存のきく燻製品や干し肉等の乾物が50食分。
紅茶や果実水等の飲み物が200食分。
食べるための食器類が所狭しと入っていた。
箱自体に魔法が付与され、入れた状態を保つようになっている。
なので、いつ取り出しても出来立てを楽しめるようになっていた。
「多いですね」
「予想以上だよ…。乾き物数品で十分だと思んだけど…これは…」
メッセージカードで引いてたが、箱の中身を見てさらに引いたペンシィ。
ペンシィの中でフィーリスは注意する対象になりつつあった。
「と、とりあえずパパっと済ませたいからパンでも食べよう!フルコースは…雪山抜けてからでいいんじゃないかな?」
「そうしましょう。お腹が空いたので早く食べたいです」
まだ、旅に出て1日目である。
昼食代わりにクッキーしか食べてないティアのお腹は、そろそろ限界だった。
箱の魔法で匂いが出てこないことが幸いしたのか、飛びつくことはなかった。
もし、匂いが出ていたら、箱を開けた瞬間クッキーを手にとっていたかもしれない。
「これにしますね」
ティアが箱から取り出したのはカットされたステーキ肉と野菜をパンで挟んだものだった。
リストによると『ワイバーンの肉ワイン煮込みサンド』らしい。
「ワイバーンって腕と羽が一つになった竜ですよね?」
「そうだよ!ただ焼くだけじゃ筋張ってて食べづらいんだけど、ワインで煮込んでるから柔らかくなってるんじゃないかな!」
「なるほど。では、飲み物はこれにして、早速いただきますね」
飲み物はアプという赤い実の果汁水を選んでいた。
箱にあった木のコップに飲み物を入れて、収納していた机にサンドと一緒に置く。
椅子に座り、食べ始める。
パンと野菜の間にバターを塗り、野菜の水分でふやけるのを抑えるとともに、野菜の苦味が肉の旨みを引き立てていた。
しっかりとした肉の味を楽しみつつも、ワインによって爽やかな酸味が抜けていく。
その酸味によりアプの実の果実水がさらに甘く感じるも、サンドを食べた時は酸味よりもパンや野菜の苦味が先に来るため、ワインのほのかな酸味が強調されることはなかった。
「とてもおいしいです」
ティアにとってはこの一言で片付いてしまう。
美味しくない物を食べたことがないティアには『おいしい、とてもおいしい、すごくおいしい』の三段階としかない。
コメントを求められたこともないので。
もしかすると、旅の途中で『おいしくない』が生まれるかもしれないが、フィーリスの用意した食事がある間は問題ない。
「よし!腹ごしらえも済んだことだし!ここを快適空間にしよう!」
「快適ですか?」
「そう!さっきも言った通り城を建てたりできる空間だから、ティアちゃんの好きにしていいんだよ!雪山を進む以上は何度もここに来るからね。少しでも過ごしやすい方がいいでしょ?」
「確かにそうですね」
「でしょ!ゆっくり作っていけばいいからね!」
「わかりました!」
何を作るか考えるためか、収納していたカタログを手に取り、眺める。
無骨な石畳の空間がどうなるか、今から楽しみな二人だった。




