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戦う司書さんと勇者と魔王  作者: 星砂糖
雪山と 精霊竜と ぬいぐるみ
23/106

Page23「初めての実戦」

緩やかな坂道を登り、転ぶ回数が二桁に差し掛かる頃、それが遠目に見えた。

ふわっとした短くて白い体毛。

小さな顔に赤い瞳と長い耳。

前足は短く、後ろ足が長く、ピスピスと鼻を鳴らしながら黒い雪ギリギリを移動している。

ティアでも抱えられそうな大きさの兎、【スノーラビット】だ。


「スノーラビットだね。一匹しかいないからはぐれなのかもね。こっちに気づいてないみたいだし初戦闘やってみようか!」


スノーラビットは時折黒い雪の匂いを嗅ぎながらも決して触れる事はなく、雪山に向かってゆっくりと進んでいた。


「…………………わかりました。ウサギさんを殺すのは嫌ですけど、これも生きるため仕方ありません!」


目を瞑り、長い葛藤の末戦う事を決めたティア。

司書になって旅に出たら、獣や魔獣、時には人とも戦う事があるのは理解していた。

それでも当分先の話だと思っていたので心構えができていなかった。

更に着ぐるみパジャマでも喜んで着ているウサギなので、更に時間がかかったのである。


「やります」

「え?」


真剣な表情で立ち上がるティアと置いていかれるペンシィ。

作戦を考える暇もなく戦いが始まった。

立ち上がった時に出たかすかな音や、ティアの視線に反応したのか振り返るスノーラビット。

初めて見るスノーラビットのクリッとした目で見られて動きが止まるティアと、雪山で見た事がない生き物に興味津々のスノーラビット。

先に動いたのはティアだった。

目の前に本を出し、物量複製で使った剣を10本出す。

この行動で使用した魔力量だけでもスノーラビットの数十倍はある。

そのためティアが自分より遥かに多い魔力を持っている事、かつその魔力を使って何かをしようとしている事に気づいたスノーラビットは、逃げた。

全力で山へと逃げた。

スノーラビットは草食動物で、草がない場合雪に含まれる魔力を食べる。

臆病だが好奇心のある生き物で、今回遭遇したスノーラビットは黒い雪を食べても大丈夫なのかを確認しに出てきていた。

結果は食べる決心がつかず、うろうろしている時にティアと出会って戦闘になった。

もしも食べていた場合、闇の魔素によって変貌し、魔獣になっていたかもしれなかった。


「あ!」


ティアは逃げたスノーラビットを追うように足を踏み出しながら、出した剣を放った。

そしてバランスを崩してコケる。

ティアが放った剣は指定された場所に向けて飛んでいるので、走るスノーラビットに当たる事なく雪に突き刺さり、雪煙を上げる。

雪の上に倒れたまま顔を上げるが、雪煙で何も見えない。

額から魔力を出し、雪煙を中心に風を起こして晴らしたが、見える範囲にスノーラビットは居なかった。


「逃げられました…」


雪を払いながら立ち上がり、悔しそうに言う。


「そりゃあ今のティアちゃんがいきなり攻撃したらこうなるよ!さっきのティアちゃんの攻撃は、速度は微妙、威力はまぁまぁ、物量でカバーしてるだけだし、当てるように工夫をしないと!」

「わかりました。次は逃げ場がなくなるほど増やせばいいのですね?」

「いやいやいや!数じゃないよ!結界で逃げ道塞ぐとか、魔法で牽制するとか、四方から囲んで放つとかあるよ!」


ペンシィの言葉に納得するも、しばらく考えて頭の中でスノーラビットと戦う想像をして、首をかしげる。

ティアの中で行った仮想戦闘ではうまくいかなかったようだ。

そもそも攻撃手段等もわからないので、ただ逃げるウサギを追いかけ回す想像になっていた。


「先ほどのウサギさんが相手だと、結界を出してる間に逃げられる気がします。もう少し考えてみますね」

「想像の中でも逃げられたんだね…」


ペンシィにはわからないが、ティアの中ではこうなっていた。

剣を増やしても全て躱され、結界を出しても迂回され、追いかけても追付けるはずもなく、あまつさえコケる。

最終的に本を大きくして圧殺しようとしたが、岩や山が邪魔になりうまく当てることができなかった。

そして、再度考え直した結界ついに仕留める事ができた。

想像の中で。


「決まりました!」

「そっかそっか!じゃあそれをあいつらにお見舞いしてくれない?さっきのスノーラビットとの戦う音か魔力に釣られたみたいなんだよ」

「え?」


ペンシィがスノーラビットが居た所を指差す。

そこには雪に突き刺さった剣を興味深げに眺める三匹の白い猿が居た。

短い尻尾と赤いお尻。

短い二本の足で立ち、拳が雪に付くぐらいの腕の長さ。

猫のように曲がった背中や足や腕にも白い毛が生えている。

突き出た口には尖った歯が見え、目は黄色。

耳はほとんど人と変わらない。

【スノーモンキー】である。


「スノーモンキーだね。三匹とも剣に夢中だから今のうちにやってみたらどうかな?スノーラビットよりは好戦的だけど、そこまで強くないし、攻撃されそうになったら本で守ればいいよ」

「わかりました。ですが、なぜ剣に夢中なのでしょうか?」

「んー。剣を見慣れてないからかな?多分だけどね」


実際は剣に流れてる魔力を気にしていた。

ティアが内包する魔力はとてつもなく多い。

しかし、それは探らなければわからない。

探るには自信も魔力の扱いに長けているか、魔力に敏感になっている必要があるが、スノーモンキーでは探れない。

そのためスノーモンキーでも感知できる程度の魔力が流れた剣を気にしていたのである。


「では、やりますね!」


ティアの考えた戦法をドキドキしながら見ているペンシィの表情は、わくわくから呆然に変わり、天を仰いだ。

ティアが至ったのは囲むことであった。

剣を見ている三匹の周囲を複製した剣が囲んだ。

この時点でペンシィは呆然としていた。

ご丁寧に上部にも複製しているため、力押しで一点突破するか、全てを弾くしかない。

スノーモンキー達は、目の前の剣と同じ魔力に囲まれていることに気づいたが、顔を上げた時点で刃が襲いかかってきていた。

結果、短い悲鳴と共に突き刺さり、白い雪が赤く染まった。


「えぇー……考えた結果がこれって…」


6歳の少女が獣の周囲を剣で囲み、逃げ場をなくした状態で一斉に突き刺したのである。

ペンシィでもドン引きである。

しかし、当のティアは満足気だった。


「これでウサギさんも倒せるはずです!」

「うん…まぁ…そうだね…」

「どうしました?」

「ちょっと予想外だったから…。よし!復活!冒険者なら倒した獣から討伐証明部位や売れる部分解体して取得するんだけど…あの有様じゃ無理だね…」


自分の頬を叩いて気合を入れ直し、解体の指示を出そうとしたが、スノーモンキーの惨状を見て断念した。

三匹とも5本以上の剣が刺さり、四肢は切り落とされていた。


「ちなみに討伐証明部位はどこなのですか?」

「スノーモンキーは右掌で、スノーラビットは両耳だね。それ以外の部分だと、肉なら食べたり、毛皮なら服に使ったりだね」

「なるほど…これでは無理ですね」


ティアもやり過ぎたと思ったのか、少し気落ちするも、血が飛び散り、肉片が転がっている光景に対してはなんとも思っていないようだった。


「ねぇティアちゃん。この惨状は平気なの?」

「特に問題ありませんよ?戦う覚悟も殺す覚悟もできています。お祖母様も『殺らなければ殺られるのが外の世界だ。信用できない奴や獣は全て敵と思って対応しろ。そして敵には一切の躊躇なく持てる力を全て使って勝て』と言われていましたし。ただ、さすがに人を相手にするのはまだ無理です…」

「クリスのせいかー!」


司書としての教育は始まったばかりだが、外の世界の心得的なものをクリスから散々言われていたので、覚悟を決めるのも早かったのであった。


「じゃあこのスノーモンキーの死体を燃やしてくれる?置いたままだと他の獣や魔獣が来るかもしれないから」

「わかりました。では」


額から魔力を放出し、炎に変換する。

額から放射状に伸び、死体を燃やし、雪を溶かしていく。

しばらく炎を放出し続け、死体が骨だけになったところで止めた。


「あとは、上から土を被せてくれればいいよ!」

「はい」


溶かした雪の範囲に魔力を放出し、土に変わるように念じると、溶けた部分が土で埋まった。

そして降っている雪がゆっくりと積もり始める。


「よし!これでいいよ!じゃあ行こうか!」

「わかりました!」


スノーラビットは逃したが、スノーモンキーを倒したことで、少し自信がついたようだ。

さっきまでよりも足取りは軽い。

ただ、足取りが軽くなったとしてもコケる運命は変わらなかった。

日も落ち始めているので休める場所を探すため、ゆっくりながらも進むのだった。

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