Page22「雪山への道と魔素」
メモリアから東西にある山脈。
人が越えるには様々な装備が必要になり、獣を宿す亜人と、獣から人になった獣人には辛い環境になる種族が多く、魔法や魔術を駆使して進む魔族にとっては魔力との戦いになるほど険しく、メモリアを訪れるルートの中では一番人気がなかった。
崩壊したメモリアの防壁から西の山へと続く黒く染まった雪の横を精霊の出すふんわりとした光に包まれたティアが歩く。
防壁を出る前の瓦礫で冬服に着替えたティア。
デザインは夏服と大きく変わってはいないが、Vネックベストではなく、白いテーラードジャケット、その上に白い丈の長いコートを着て、旅行用のしっかりとしたブーツを履いた。
首回りや耳には何も付けていないが、そこはティアに宿った精霊がカバーしていたので温かい。
火の微精霊がティアの耳にくっつき、あたかもイヤーマフのようになっていた。
「あの、ペンシィさん。白い雪が黒い雪の上に降ると黒くなるのですが、あれは何なのでしょうか?」
側に浮かんでいるペンシィに問う。
ティアが見つめる先には、降った白い雪がジワジワと黒くなっていく様が見える。
半透明な薄い板を目の前に出し、ペタペタと触っていたペンシィが、ティアと同じものを見て答える。
「あれはねー。闇属性の魔素が雪を闇属性にしてるんだよ」
「魔素…ですか?」
「うん。属性を帯びた魔力が土地とか物に溜まると、目に見える形で現れるんだー。この黒い雪は闇属性に染まった土地に雪が降って、その雪が闇属性に染められていってるの」
「よくわかりません。何か起きるのですか?」
「んー。同じ属性を操れるなら体に影響は無いし、逆に強化されるね!逆の属性を操れるなら対抗できるけど、対抗中は魔力を消費するから注意だね。で、操れなくて対抗もできない場合は強い魔力で徐々に侵食されていくから、体が拒絶して変貌したり、死んじゃったりするかな!」
「え?!」
変貌や死ぬと言った単語に驚き、黒い雪から大きく距離をとり、恐る恐る体を触ったり、ポニーテールを目の前に引っ張り変貌していないことを確かめる。
何も変わっていないことを確認してホッとしている。
そもそも黒くなった雪の上を進んでいないので影響はないのだが。
「ティアちゃんはよっぽどのことがない限り、どの属性の魔素も影響受けないから安心して!」
「それは何故でしょうか?」
「ティアちゃんには精霊が宿ってるからね!属性による悪影響は、基本的に精霊が防いでくれるんだ!」
「なるほど…」
周囲の精霊を見回すと力を込めたのか一瞬膨れ、すぐに元の大きさに戻る。
ティアに任せろと言っているようだった。
「ふふっ」
その動きに笑みがこぼれ、先ほど抱いた恐怖が薄れていく。
ティアはそのまま黒い雪沿いに進む。
その間もペンシィは板を操作していた。
「あの…先ほどから何をしているのですか?」
「ん?これ?これはティアちゃんで言う本みたいなものだよ。色々調べたり、メモリア様に報告したりするの」
「今は何をされてるのですか?」
「調べ物だねー。この辺の獣や魔獣、地形に登頂ルートを調べてるんだ」
一通り調べたきったのか板を消しながら答える。
獣は魔法を使えない野生動物で、魔獣は魔素の影響で変貌した獣や、溜まった魔素が形成された生物のことを指す。
ティアは魔獣という生物が存在するということは本で読んだので知っているが、冒険譚が中心だったので魔獣は悪さをして倒されることばかり描かれていた。
なので魔獣と魔素の関係や魔素そのもののことを知らず、山に魔獣が出るかもしれない状況でも危機意識はない。
むしろ本で読んだ存在を目にすることができるかもとワクワクしている。
「そうなのですか。ありがとうございます」
「いえいえ。ティアちゃんのサポートをするのもアタシの仕事だからね!」
軽い休憩をはさみつつ、幼いティアの足に合わせてゆっくりと進む。
休憩時には昼食代わりとして、自身の異空間から出したクッキーを食べ、魔力を変換した水を飲んだ。
クッキーはティアの【貴重品入れ】に入れていたお菓子箱にあった物だった。
ペンシィは食べ物だから時間の止まる異空間に入れたのだと思っていたが、ティアにとって甘いものは貴重品なので【貴重品入れ】に入れただけだった。
しばらく進むと緩い勾配のついた坂道に差し掛かり、その向こうには巨大な山が聳えていた。
「ここがメモリアの東西にある精霊山脈の西側【精霊白竜山脈】の入り口だよ!ルートは山頂まで登って、他の山の山頂を通るのと、山の間を迂回しながら進むルートがあるんだけど、今回は後者を選びます!」
「わかりました。できればルートの違いを教えていただきたいのと、東側の山脈についても教えて欲しいです」
「わかった。まずは東側の山脈ね。東側の山脈は【精霊黒竜山脈】って言って、東西両方に精霊竜が住んでるんだけど、西が光属性、東が闇属性でその体表の色から名前がついたんだよ」
「竜が住んでいるのですか…」
「うん!ちなみに白竜も黒竜もメモリアに協力してくれてるんだよ!」
「そうなのですか?!では安全に会えるのですよね?会ってみたいです!」
「飛んでるからね〜。会えるかもしれないし、会えないかもしれないね〜。ティアちゃんの運次第かな!」
「わかりました!会えることを願っています!」
「うんうん。じゃあ、次はルートの話ね。山頂ルートは険しい分出てくる獣や魔獣の数が少ないの。竜の住処も山頂付近にあるから会うならこっちのルートだけどティアちゃんの体力じゃ無理!で、山の間を通るルートは険しい道がない分獣や魔獣が出てくる可能性が高くなるけど、結界や物量を駆使すれば大丈夫だから、ティアちゃんの体力も考えてこっちのルートね!」
「わかりました。ルートはペンシィさんにお任せします」
竜に会ってみたい気持ちもあるが、体力のことを心配されては強く出れない。
それでもメモリアの外に出たことがないティアは、目の前に広がる光景に心を躍らせて進む。
それをペンシィが止める。
「待って待って!まだルートを決めただけだよ!進み方とか、休憩方法とか色々決めないと!」
「なるほど…お任せでいいですか?」
早く先に進みたいようだ。
顔はペンシィに向いているが体は半分雪山に向けている。
「ダメです!まずはティアちゃんがどう認識しているか確認します!」
「わかりました」
真剣な表情でペンシィに向き直る。
「まず山脈を抜けるのにどれくらいかかると思う?」
「4、5日でしょうか?」
「ぶっぶー!20日ほどかかります!ちなみにクリスが全力で駆け抜けて2、3日だね!」
クリスは進みにくい雪の上に結界を出したり、教導戦で使った結界の上を跳び上がるなど、特殊な移動方法を用いることが多い。
そしてティアは外に出たことがなく、地図もチラッと見ただけなので、距離とかかる時間がよくわかっていない。
「そんなにかかるのですか…。そしてお祖母様はそんなに早く移動するのですか?」
「結界を足場にして短縮するからね!ティアちゃんも10年ぐらいしたらそのくらいできるようになるんじゃないかな。で、次はご飯についてです!雪山を進んでる時のご飯はどうするつもりだった?」
「お菓子は5日分しかありません。どうしましょうか?」
料理をしたことがないティアには、料理をするという考えがなかった。
なので手持ちの食べ物を申告するしかなかった。
後はペンシィに丸投げだった。
「お菓子で過ごす気だったの?ご飯は司書就任祝いの中で食べ物くれた司書が居るからそれを食べよう!」
「食べ物を送ってくれたのはフィーリスお姉様のはずです。お祖母様宛ですが定期的に届いてましたので」
「メッセージカードには『フィーリス』って書いてあるね!読むのは食べる時にしよう。送ってもらった物だけじゃなく、獣を狩って料理を作るのも予定しておいてね!」
フィーリスはティアの姉で、次女である。
ちなみにティアは三女。
フィーリス・メモリアは、精霊大陸の中央よりやや北に位置する「料理王国クック」の宮廷料理長に付いて仕事をしており、時折試食と称して料理をクリスに送ってくる。
母のマリアーゼと同じくティアのことを溺愛しており、昼食代わりに食べたクッキーもフィーリスの作ったものだった。
「えっと…料理はしたことありませんし、うまく狩れるかどうかもわかりませんが、大丈夫でしょうか?」
「その辺はサポートするから大丈夫!後は夜寝る場所はどうする?」
料理はレシピ通りに作らせるか、最悪塩を振って焼くだけでいいと考え、狩りは物量で押し込むつもりのペンシィ。
相手が竜などの強者ではない限り大体通じると考えている。
もちろん時間が許す限り戦闘訓練はするつもりである。
「異空間で寝るのではないのですか?時間が進む異空間であれば入れるのですよね?」
「せいかーい!できるだけ安全な場所を探して、そこから異空間に入るからね!出てきたら囲まれてるなんて嫌でしょ?」
「それは嫌ですね」
時間の進む異空間にベットを置き、そこで寝ればいいだけなので司書にとっての旅はそこまでキツイものではない。
不便だと感じれば、異空間を自分に合わせて変えればいいだけなのでトイレもお風呂も作ることができる。
目指せ快適空間。
もちろん作る際には魔力を消費するので、普通の司書は時間をかけて作るのだが、ティアはある程度一気に作ることができる。
「このぐらいかな!まぁ心構えだけしといてくれれば、その都度説明するから大丈夫だよ!」
「わかりました。では行きましょう!」
早く進みたいティアは、すぐさま雪山に向けて歩き出し、慣れていない坂道の雪に足を取られてコケる。
起き上がったティアは平坦な道を進んでいた時より更にゆっくり進む。
傍らにペンシィと精霊を従えて。
何度もコケながらも前に進む。
日暮れまでに安全な場所を見つけることができるのだろうか。




