Page21「旅立ち」
勇者と魔王の決闘で放たれた攻撃によって、東西の防壁が倒壊したメモリア。
防壁は結界の維持だけでなく気候制御も行っていた。
大陸中央付近の季節に合わせるよう調整されているため、現在は夏の気候になっていた。
ティアも夏服である。
しかし、防壁が破壊されたことにより、雪がメモリア跡に入り始め、気温が下がる。
「寒くなってきましたね…」
「そうだねー。火精霊でも出して暖を取るか、冬服を出して着替えるかだけど、火精霊の方がいいかなぁ」
着替えるにしてもクローゼットを出し、そこから引っ張り出してから夏服を脱ぐ必要がある。
下がり始めの今ならまだ寒さはマシかもしれないが、それでも寒いことに変わりはない。
火精霊を出して、暖かい中で着替えさせれば問題ないこともあり、ペンシィはティアに宿った火精霊を出すことにした。
「んー。今後のためにやっとくかな。ティアちゃん!精霊を入れた本を手に収まるぐらい小さくしてくれる?手帳ぐらいで!」
「小さくですか?わかりました」
大きくすることばかりしてきたティアは、小さくできるかわからなかったが、大きくするときに魔力を入れるのだから、小さくするときは魔力を抜けばいいと思い至り承諾した。
できなければ聞けばいいだけだ。
「できました!」
思った通り魔力を抜けば本が小さくなった。
これが他人の魔力だと難易度がとてつもなく上がるが、自分で出した本なので問題なかった。
「いい感じだね!じゃあこれを固定化するね!」
「固定化ですか?」
「うん!複製する際に素材を使って出すと消えなくなるのは説明したよね?それを固定化って言う時もあるの。で、この手帳を固定化することで、精霊の出入り口専用にするんだよ!これでティアちゃんの周りを快適にできるし、守ってくれるよ!」
「快適はなんとなくわかるのですが、守るとはどういうことでしょうか?」
「精霊が宿ったものは精霊が守ってるんだよ。誰だって住処が無くなるのは嫌だからね。で、今はティアちゃんに宿ってるけど、異空間にいたら守れないから出入り口を作る必要があるの。ちなみに、昨日ティアちゃんが精霊樹の枝先を燃やした時、アタシが消さなければ精霊が消してたんだよ。そんな感じだと思ってくれればいいよ!」
「そうなのですか…わかりました…」
失敗した話を例に出されて落ち込む。
ちょっとめんどくさくなる多感な年頃なのである。
そんなティアには触れず、手帳サイズになった本に対して固定化を行うペンシィ。
ティアの魔力を使い、共有倉庫から素材を消費して固定化を行ったが、ティアと出会いぬいぐるみを作った時とは感触が異なった。
以前は品種ごとに棚が分けられ、綺麗に並べられた棚から素材を出すだけだった。
今はごちゃごちゃに突っ込まれた棚から、自分で欲しいものを抜き出すような感じになっていた。
素材を指定して取り出すだけなので探す必要はないが、素材を取り出すまでの魔力消費量が10倍以上になっていた。
しかし、魔力を消費するのはペンシィではなくティアなので、扱いづらいなぁ程度だった。
そして魔力を消費したはずのティアは、ケロッとした様子でメモリアを襲った攻撃の影響で散った精霊樹の葉を異空間に入れていた。
「固定化できたけど…なにしてるの?」
固定化された手帳から精霊達が溢れ出し、ティアを温め始める。
「葉っぱにも魔力があるようなので、一応倉庫に入れようかと…ダメでしたか?」
「ダメじゃないよ!精霊樹の葉は魔力を回復する薬やお茶にできるからね!」
その言葉を聞いたティアは嬉々として葉を集める。
精霊がティアを追従するので、ティアの動いた軌跡が描かれる。
その軌跡の向こうに大きく横たわる精霊樹も、多量の魔力を含んでいるため何かに使えるかと考えるペンシィだが、杖ぐらいしか思いつかなかった。
こんな時は後回しである。
「ティアちゃーん!!葉を集め終わったら、精霊樹も異空間に入れておいてねー!!」
遠くから返事が聞こえたと思ったら、目の前の精霊樹が消えた。
精霊樹を先に収納することで迂回せずに葉を集めるつもりのようだ。
ペンシィがチラッとティアを見ると自分の胸付近を触りながら首を傾げていたが、すぐに葉の収納に戻った。
収納する際の魔力消費量に違和感があったのだが、本人にとってはいつもより入れ辛いなという程度だった。
「終わりました!」
葉を集め終わり、額に汗をかいて前髪を貼り付けたティアが、やりきった笑顔でペンシィの前に立つ。
雪が降っているにもかかわらず薄手の夏服でも温いのは、周囲に漂う火精霊達が頑張ったからである。
初仕事なので。
「今は寒くなさそうだねー。じゃあ今後の方針をクリスに聞こうか!」
「メッセージを送るのですね?」
「そうだよ!まずは本と羽ペンを出して内容を書く!『これからどうすればいいでしょうか? ティア』でいいんじゃないかな」
「わかりました」
羽ペンを出して、本を開き、白紙のページに祖母を思い浮かべながら書き込む。
『お祖母様。ティアです。こちらは大丈夫ですが建物がなくなっています。これからどうすればいいでしょうか? ティア』
しばらく待つとクリスからの返事が来る。
『とりあえず西の山を越えて、マーブルのマリアを訪ねな。マリアには話しておくし、マリアから連絡があれば私からティアに伝えることにする。本当ならもっと色々訓練してからだったんだけど、だいぶ早い旅立ちになるね。 クリス』
マリアとはティアの母親のことで、本名をマリアーゼ・メモリアと言う。
メモリアを含んだ精霊大陸の南部に領土を持つ「マーブル」という国の宰相に付いて司書の仕事をしている。
また、ティアにぬいぐるみを送ってくる人であり、夫や自分の子供を溺愛するだけでなく、国民全てを慈しみ、優しく包む人として有名だが、他国からは一度敵に回ると情け容赦ない攻めで滅ぼすことで有名である。
クリスはティアに精霊樹の防衛を命じた事を後悔しながらも、都市と一緒に封印された自分では何もできないことを認め、一番近くに居る司書の元へと行くように指示した。
その指示に対して返事を書き、少しのやり取りをする。
『わかりました。ペンシィさんと向います。他にすることはないでしょうか? ティア』
『出会う準司書とはリンクを繋いで欲しいかな。あとは、ペンシィの指示に従うことぐらいだね。 クリス』
『わかりました。行ってきます。 ティア』
『あぁ、行ってらっしゃい。 クリス』
今生の別れではない上にメモリアの外に出るのが初めてのティアは軽い気持ちで返事を書く。
対するクリスは後悔を押し殺し、旅の無事を祈りながら返事を書いた。
「ペンシィさん。お母様の居るマーブルへ行くことになりました。道はわかりますか?」
「んー。大丈夫!任せて!」
ペンシィは闇に覆われた黒い大地と、その先に広がる白い雪山を見た。
西にあるマーブルへ、西から来た攻撃の跡を辿っていくことにした瞬間だった。
地図も方位磁石も複製できる。
山を越えるための道具も複製できる。
のんびり進もうと決めていた。
「では、お願いします」
「はーい!ではでは、しゅっぱーつ!!」
そんなペンシィの想いを知らず歩き出すティア。
黒く染められた雪の側にある白い雪に足跡を付けながら進む。
メモリア跡地でティアが守った大地を背にして。
一章完結です。
次回から二章「雪山と 精霊竜と ぬいぐるみ」です。