Page 2 「ティアの趣味とペンシィからのプレゼント」
記録管理機構「メモリア」を中心として発達した記録管理都市メモリアは、二大大陸である精霊大陸と魔大陸を地続きで繋ぐ最南端に位置している。
都市の周囲は極寒の山が連なっているが、都市には様々な精霊による加護があるため、一年中過ごしやすい環境になっている。
都市への行き方は陸海空とあるが、陸路は山越え。
海路は流氷の下を潜水する船か魔法を使用しての都市内部への水中航行。
空路は荒れ狂う猛吹雪の中を、調教された魔物か魔法による飛行となっている。
それでも二大大陸から様々な種族が訪れ、大変賑わっている。
理由としては大きく二つある。
一つは「精霊大陸最南端の人類・亜人共和国「マーブル」に所属している」こと
マーブルに所属している都市は人類・亜人・獣人・魔族などの種族を問わず、その能力に見合った仕事を与えられる。
また、成果によって地位が確立するので、精霊大陸で敵対種族と言われる獣人や魔族が共和国の代表に選ばれることがある。
共和国は各都市の代表により運営されているため、争いを好まない者や故郷を追われた者が移住する先の一つになることが多い。ただし、犯罪者は入国拒否される。
穏やかな国民性を持つ国である。
もう一つは「メモリアに管理された情報や技術、物品等」になる。
世界各地に散った司書により、メモリアにある情報にアクセスできるためある程度の情報が得られる。
しかし、各地に居る司書は情報収集が主目的のため、必要な情報がある場合、メモリアに行かなければならない。
冒険者は魔物やダンジョンの情報を、国政に関わる者は世界各国の情報を、魔術師や魔導師は自らが知らない魔法を求め、武術に携わる者は新たな技やライバルを、料理人や技術者は自らの仕事に関わる情報や技術を求め、商人は見たことのない物品の購入や自らが販売する商品の鑑定等を行うために訪れる。
そんなメモリアは山間部の中にある平地に存在し、高さ5m程の防壁が円形に広がっている。
防壁には等間隔で魔力水晶が設置されており、各水晶と共鳴し合い、吹雪などの自然に対応するための防壁を展開している。
建造物は円の中に一辺が20kmの正方形の建造物のみで、全ての施設が建造物の中に入っている。
正方形の中心部以外は屋根に覆われているが、中央の20m四方は吹き抜けになっており、巨大な木が一本生えていて、精霊の住処になっている。
そんな建造物の一部にある司書専用エリアの一室でティア・メモリアは目を覚ます。
むくりと起き上がり、周囲を見渡し、天井を見上げた。
時計で朝6時であること確認してから呟いた。
「ペンシィさん」
すると目の前にペンシィとペンシィに手に取るように言われた本が現れた。
ペンシィは本の上に仁王立ちしている。
「おはようティアちゃん!さっきぶり!」
「おはようございます。早く本を読ませてください」
「え!?本なの!?契約の話とか司書の話じゃなくて本なの?」
「そうです。私は起きたら軽く本を読むのが日課です。なので早く本を!あの場所で私が持っていた本を!」
「わ、わかったわ!すぐに出すから待って!」
ティアとこれからの事を話すつもりだったペンシィは、ティアの勢いに押された。
不毛な争いをして出来たばかりの関係を悪化させるよりも、話を進めるためにまずはお願いを聞くことにした。
ペンシィは立っていた本から浮き上がり、指先を本に向けて振った。
すると本が開きだしパラパラと捲れるが、中ほどのページで止まった。
開かれたページは白紙のページだったが、徐々に文字が浮かび上がっている。
「これはどういうことでしょうか?」
「これはね!ティアちゃんが読みたがっていた本を検索して、内容を表示しているんだよ!クリスがよくやってるやつだね!ページを捲ればちゃんと次のページが読めるよ!」
ペンシィは誇らしげに胸を張って言うが、ティアは不満気だった。
その事に気づいたペンシィは慌てて声をかける。
「えっと、ティアちゃん?言われた通り昨日の本を読めるようにしているけど…何か不満が?」
「はい。本を読むのですよ?表紙を楽しみ、紙の年季を楽しみ、香りを楽しまなければなりません。その本は表紙は変わらず、紙は作られたばかりのように綺麗で、インクの香りすらしません。これは私が求めているものと違います!」
本の事になると目つきが鋭くなるティアに見つめられ、空中で後ずさるペンシィは本を取り出す事に切り替えた。
「ほ、本を出せばいいんだね?ティアちゃんの魔力を少しもらうけどいいかな?」
「構いません。あの本を読めるのならば!」
鋭い目つきが柔らかくなり、爛々と輝き出す。
ペンシィは理解した。本とぬいぐるみの両方が好きなのだと。
開かれたページに手を添え押し込むと、波紋が広がり腕が沈みこんでいく。紙を破ることなく別の空間に腕を入れているのだった。
腕を突き入れて探るように腕を動かし数秒後、ゆっくりと抜き出すと、指先に本の背表紙がくっつくようにして出てきた。
表紙には「ゴーレム操作-ぬいぐるみ編-」と書かれていた。
「それです!さぁ!早く!」
「はい!今すぐ!」
本を奪われたペンシィは気圧されつつも疑問に思った。
メモリアにある情報を魔力によって具現化したにも関わらず、全く気にした素振りの無いティア。
思えば契約の際にも大量の魔力をペンシィに流したが、少し体が重くなっただけだった。
冷や汗が流れる。
ある程度仕事をするのは仕方ないと割り切りつつも、生涯通して楽しく生きる事をモットーにしているペンシィは、成り行きとはいえ自分の契約した僅か8歳の女の子が想像を絶する存在なのでは無いかと。
ティアの祖母であるクリスティーナがメモリアの中に入れるようになったのが29歳で、ティアが入る以前の最年少でさえ14歳の司書だった。
僅か8歳の司書見習いが、血筋とはいえ招いていないメモリアに入ったことに将来の不安を感じつつも……
まぁいっか。なるようになるでしょう!!と開き直ったのであった。
開き直ったペンシィはティアの部屋を探索する。
ベッド脇だけでなく棚や机の上、果てには床の上に置いてあるぬいぐるみは、変わりダネなく全て可愛らしい物だった。
衣装棚を開けると、着ぐるみチックな服が半分、制服として司書に支給されている服が数点、スカートがメインの私服が数点だった。
本棚には冒険譚やぬいぐるみ、小物関連の本が多い。
ぬいぐるみのカタログを開いてみると所々に丸印が付いていた。ページを捲ると二重丸が付いている商品と、丸印を取り消したような斜線が引かれている商品があった。
見渡してみると部屋にある物には二重丸が、無いものには斜線が引かれていた。
お小遣いが足りなかったのか、売り切れだったのかはわからないが手に入らなかったようである。
更に読み進めると、虹色ウサギシリーズの黄色と紫色に丸印と斜線が引いてあることに気がついた。
部屋にある虹色ウサギのぬいぐるみは黄色と紫色のスペースを空けるように置かれていた。
ペンシィは少し考えてティアとの良好な関係を築くため、ティアが手に入れられなかったぬいぐるみをプレゼントすることにした。
ペンシィは部屋にある虹色ウサギとカタログにある斜線が引かれている虹色ウサギを観察した。
色が違う以外に表情と体型が違うこともわかった。
黄色:他の色と比べて恰幅が良く、ふっくらとしたほっぺと糸目
紫色:体型は同じだが、胸と左目に十字傷があり、紫色のスカーフ
「なんなのよこれ…元ネタでもあるの?……一応メモリアにあるか調べましょう…なければある奴取り込んで、複製してから改造すればいいか〜」
ペンシィは開いたままの本に手を触れて呟きだした。
「ぬいぐるみ…黄色と紫色…虹色ウサギシリーズ……………あった…けど……誰よぬいぐるみをメモリアに入れてる人…」
ペンシィはメモリアのデータベースにぬいぐるみのデータが入っていることに戸惑いつつも、共有素材から必要物を集めた。
虚空に半透明の板を出して操作すると、開いた本の上に黄色と紫色のウサギのぬいぐるみが現れた。
ペンシィは現れたぬいぐるみを浮かせると、本に目を向けたティアの目の前で動かす。
本を読んでいる目の前でチラチラ見える黄色と紫色に気づいたティア。
「…」
ぬいぐるみを見つめたまま固まるティアと、何かまずいことをしたかと焦り始めるペンシィ。
「なんでここに居るの!?」
「うぇ!?あー…私がメモリアにアクセスして作ったんだけど…ダメだった?」
ティアはぬいぐるみがあることに理解が追いついていなかった。
ペンシィはティアの声に驚いたが、自身がまずいことをしたと思ったのかビクビクしている。
「そんなことありません!!これをペンシィさんが作ったんですか!!ふわ〜!!」
「喜んでくれて何よりよ!それはアタシからティアちゃんへのプレゼントよ!」
「本当ですか!?ありがとうございます!大切にしますね!」
ティアはぬいぐるみを抱きしめて空いているスペースに置いた。
「どうやって作ったんですか!?私にも作れますか!?」
「無理ね!メモリアを操作するのはアタシたち精霊の仕事だもん!」
「つまりペンシィさんが居れば作れるのですね!」
「ま、まぁね!でも司書の仕事もしてもらわないとダメだからね!」
「司書のお仕事ですか?それは普通の司書ではなくメモリアの司書のお仕事ですよね?」
「そうだよ〜。詳しく話すならクリスのところに行こう!」
「お祖母様の?わかりました。ですがまだ早いので本を読んでからです!」
ティアはキリッとした顔で言い放った。
ペンシィは読み終わるまでのんびり待つことにした。
次に作ることになるであろうぬいぐるみを探しながら。




