Page19「物量複製と決闘の行方」
本を増やす練習を終えた後、そのまま精霊樹の前で次の練習に入る。
本の次は【複製】を増やす練習だ。
「一度にたくさん【複製】する場合なんだけど、【複製】する時に数と一つ目からの距離を意識すればいいんだよ。頭に浮かぶ【複製】の項目にはないけど意識すれば色々できよ!」
「頭に浮かぶというと複製方法と時間と複製場所ですよね?」
「そうそう。場所は何も意識しなかったら本の上に出るけど、ティアちゃんはクリスの上に剣を出せてたし問題ないでしょ?」
「大丈夫だと思います」
「それで、出す場所を決める時は一つ分しか決めれないんだけど、その時に最初のを中心にどれだけの数をどんな風に出すか意識すればいいだけだから簡単だよ!」
「わかりました。やってみます」
クリスと教導戦を行った時に出した鉄の剣を【検索】して指でなぞる。
【魔力複製】と持続時間を決めると場所指定が頭に浮かぶ。
左右に5本ずつ、前後に5本ずつの計21本を指定して【複製】と念じた。
すると刃を地面に向けた無骨な鉄の剣が十字に21本出現した。
剣は地面に落ちず、そのまま浮いている。
「あれ?普通は落ちるんだけどティアちゃんが浮かせてる?それにしては剣とティアちゃんの間に魔力が流れてないんだけど…」
「えっと…この剣は私の魔力でできていますよね?昨日のお風呂の時の魔力の手や風、今日の本も魔力を操作して動かしていました。なので【複製】した物も動かせると思ってやってみたらできました」
「なんとまぁ!それはこの後教えるつもりだったんだけど自分で気づくなんてティアちゃんはすごいね!あー…だからさっきの本を振る時も勢いつけれたんだね〜」
本を振る際に無意識で加速していると思っていたペンシィだったが、ティアが考えてやっていたことに驚いていた。
これにはペンシィが渡した指輪の効果によって魔力のコントロールがしやすくなっていることが大きく関わっている。
もし指輪を渡していなかったらクリスとの教導戦で出した水の量が、ティアの出したい量よりも出てしまい被害が広がったり、クリスが止めた本もさらに大きくなってしまうため、建物への影響も大きくなってしまう。
さらにお風呂の種類を決める板を取るために使用した魔力の手などうまくいくはずもなく、お風呂で起こした風はペンシィだけでなくティアを吹き飛ばしている。
ペンシィがそのことに気づかないのは、作った時のペンシィがすでに魔力のコントロールが精密に行えていたため、本人的には「気持ちコントロールしやすくなるかな」程度の認識なためである。
実際には魔力制御に慣れていない人でも熟練者レベルの制御ができるようになる性能だった。
「動かす時の注意点ね!出した物の魔力を使って動かしてるから、動かせば動かすほど魔力が減っちゃうんだ!いざ当てるときに消えてしまうこともあり得るから多めに魔力を込めるといいよ!」
「わかりました。多めにですね」
「あとはそうだね〜。本と同じように相手に向けて振ったり、突いたりするぐらいでいいかな!あるいは投げるように放ったりしてもいいかも!」
「やってみます」
そう言うと浮いていた剣が一斉に同じように動いた。
振り上げ、振り下ろし、突き上げ、横薙ぎ、縦回転、横回転。
ティアが持っても振れない剣だが、魔力を使用してコントロールする分には問題ないようだ。
最後に高く浮かせ、草原の一点に向かって一斉に放つ。
突き刺さり、抉れ、土埃を巻き上げる。
土埃が晴れた先には地面に突き刺さった剣と、後から刺さった剣により弾かれた剣が落ちていた。
「はー。すごい威力だね〜。普通の司書は魔力量の関係でこんな戦い方はできないから、クリスとの教導戦には有効だよ!たぶん!」
「が、がんばります…」
クリスの威圧が尾を引いているようだ。
「思ったより早く終わっちゃたなー。うーん。お昼まで時間はあるし、【複製】を本を開かずにやる方法でも教えるよ。ティアちゃんもお腹空いてないよね?」
「そうですね。まだお腹は空いていません」
地面に突き刺さった剣を眺めながら尋ねるペンシィに対して、お腹を両手で押さえて空き具合を確かめて答える。
「じゃあやり方ね。本を出した状態で出したいものを思い浮かべて【複製】しようと意識すればいいんだけど、出したいものがハッキリとしていないとダメなんだ。例えばさっきの剣でも【記録】されてる剣より短い刃を意識しちゃったら該当しなくなって出せないの」
「とても難しそうですね」
「そうだね。長年同じものを出して戦い続けてようやくできるようになるやつだね。だから今のティアちゃんにはできないの」
「そうですね。私も出したいものをしっかりと思い浮かべることはできそうにありません。ぬいぐるみならできそうですが…」
「ぬいぐるみならできそうなんだ…。ま、まぁそういうこともできるって知ってくれてればいいよ!でね、これは異空間から物を出す時も有効で、異空間の方が圧倒的にものが少ないからある程度の情報で取り出せるんだけど…これは上級者のやり方だから今のティアちゃんには無理だね。まずは前に言った中級者のやり方からかな」
「中級者というと本を開いて入れている異空間と出したいものを思い浮かべるというやり方ですよね?」
異空間の練習をした時に軽く説明されたことだったがティアは覚えていた。
興味のあることは砂に水が染み込むように覚えていく。若いので。
「そうそうそれそれ。まぁそういうのはゆっくりでいいよ」
「わかりました…あれ?」
「ん?どしたの?」
ティアの前で浮いていた本のページが薄っすらと光っていた。
リンクを繋いだ司書同士でメッセージをやり取りする時の現象だ。
今のところクリス以外の司書とリンクを繋いでいないので、メッセージはクリスからということになる。
そもそもティアが司書になってから祖母と精霊以外に会っていない。引きこもっているわけではないのに。
「お祖母様からですね。えっと『ペンシィと一緒に精霊樹へ行って、東西に対して遠距離防御態勢で待機。想定は王龍のブレス以上とする』とのことです」
「え?!あー…とりあえずすぐそこの精霊樹の下に移動!」
「は、はい!」
読み上げられた内容を聞いたペンシィが指示を出す。
少し動揺したみたいだが、精霊樹はすぐ後ろなので即座に移動する。
途中に本で開けた穴があるため、回る必要があったが無事たどり着いた。
すぐさま精霊達がティアに群がってくるが、ペンシィが間に入り散らす。
「次はもう一冊本を出して、一冊ずつ東西に向けて開いて!大きさは精霊樹より大きく!」
「わかりました!」
もう一冊本を出し、東西に向けて開く。
その状態で魔力を送り続ける。
徐々に大きくなる二冊の本。
ティアの身長を超え、建物の高さを超え、精霊樹よりも大きくなった。
光が本で遮られたので、精霊樹の周囲は薄暗くなった。
しかし、精霊達が光っているので夜ほど暗くはなく、もう間もなくすれば太陽が真上になるため、精霊達の放つ柔らかな光でも周囲は見える。
「あの…なにが起きたのでしょうか?」
「んー。たぶん勇者と魔王の決闘の流れ弾的なものが迫ってきてるんだと思うよ。それが東西から二方向。だから遠距離防御態勢のために開いて構えてるんだよ!想定も王龍のブレス以上だから結界では防げないと思うし」
「あの…決闘は北の果てで行われているはずですよね?ここは南の果てにあるのですが…」
「どんな攻撃かはわからないけど届くかもしれないから、精霊樹を守るためにティアちゃんがここに配置された感じだね」
「が、がんばります」
「じゃあアタシは空に上がって様子を見てくるよ!何かあればすぐに戻ってくるからね!」
「わ、わかりました」
緊張で少し顔色が悪くなったティアを置いて上昇するペンシィ。
ティアの周りにはたくさんの精霊が集まり、そこだけ異様に明るくなっていた。
精霊達のおかげかゆっくりと緊張が解けていく中、ふと空を見上げたティアの瞳に太陽の光が差し込んだ。
瞬間、轟音とともに光が消え、精霊樹と本の隙間から見える空が真っ黒に覆われた。