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戦う司書さんと勇者と魔王  作者: 星砂糖
旅立ちと 封印都市と 勇者と魔王
18/106

Page18「一冊と一殺、一冊で一殺」

お風呂で反省会をした日の翌日。

前日の疲れが取れたティアはいつも起きる時間に自然と目を覚ました。

伸びをして、ベッドから降り黒猫の着ぐるみパジャマを脱いで司書の服に着替える。

今日は赤いリボンで髪の毛を後頭部で一まとめにしたポニーテールだ。


衣服を整え本を出し、ペンシィを呼び出す。


「おっはよ〜!」

「おはようございます。今日は物を出す練習ですよね?」

「そうだよ〜。ティアちゃんは朝ごはん食べた?」

「これからです。ペンシィさんは食べなくてもいいのですか?」

「精霊は魔力があれば生きていけるからね〜。食べようと思えば食べれるけど、よっぽど美味しそうじゃない限りアタシは食べないかな!」

「グルメなんですね」

「まぁね!」


挨拶と軽い雑談をしたティアは脱いだ服の入った籠を持って出る。

部屋を出ると昨日の朝に出した洗濯物と、お風呂に入る時に脱いだ服が入った籠が置いてあった。

ティアは本を出し、籠を入れた。


「異空間に入れるのには慣れたみたいね」

「はい!とても助かってます!」


そのまま洗濯物置き場に行き、籠を置いて顔を洗い、歯を磨いてから食堂へ向かう。

食堂にはクリスはおらず、昨日と変わらない朝食が用意されていた。


「昨日と同じ内容なんだね〜」

「おかしいですね…いつもは同じものを続けて出すことはないはずなのですが…」

「クリスは食べるの好きだしね〜」

「そうですね。以前お祖母様が『食こそが人生に必要な最大の娯楽だっ!!』ってお酒を飲んだ時に叫んでました。その時はなかなか取れない大型の魚を焼いた物を食べました。口に入れたときの香りや、噛んだときの脂がとても美味しかったです」

「司書のみんなが行き着く娯楽だよね〜。旅をして見聞を広めつつ食を楽しむ…いいよね〜。で、料理が昨日と一緒なのはクリスが忙しいからじゃないかな?いつもこの時間に食べてるんでしょ?」

「いつもこの時間に一緒に食べていますね」

「ふ〜ん。じゃあアタシが聞いてくるよ。ティアちゃんは食べ終わったら精霊樹付近で待ってて!」


ペンシィはティアの返事を待たずに飛んで行った。

残されたティアは一人で朝食を食べながらペンシィが来るまで何をするか考える。

クリスの手伝い以外では一人で遊ぶか本を読むぐらいしかやることがなかったティアは、司書になったらやってみたいことがたくさんあった。

その中で魔法を使うことでできることを思いついたのか、急いで食べ食器を下げると精霊樹に向かった。


「えっと…何してるの?」


クリスから話を聞いたペンシィが精霊樹に着いて目にしたのは、草原に仰向けに寝転んだティアが空に向かって強風を出しているところだった。

その強風に風属性の精霊が群がり舞う様はなかなか見応えがあるが、ペンシィの場合疑問が勝ったようだった。


ペンシィに声をかけられたティアは魔力も放出を止めた。

風がなくなったせいで舞っていた精霊がゆっくりと落ちる。

そんな中でティアが立ち上がり、お尻についた草を払いながらペンシィに向きなおる。


「あの…その…そ、空を飛ぼうとして失敗しました…」

「ん〜?聞き間違いかな〜…空を飛ぼうとしたって聞こえたんだけど?」

「その通りです。竜は風魔法で飛ぶと本に書いてあったのでやってみましたが、私が吹き飛んだだけでした。それでも少しは飛べましたよ?」

「いやいやいやいや……吹き飛ぶのと自由に飛ぶのは違うからね〜?飛ぶと言うより浮かせて風で移動するのが正解だからね〜?」

「そうなのですか!今度は浮くことを意識してやってみます!」

「あぁ…うん…がんばって……気をつけてね………」


ティアのキラキラした目を見たら止められない。

今度やる時はちゃんと見ていようと決意したペンシィだった。


「あ〜そういえば。クリスの件だけど勇者と魔王が北のはずれで丸一日戦ってるんだって。その影響で忙しくなってるから朝食は手を抜いたんだって。ティアちゃんに謝っといてって言われた」

「そうなのですか。気にしてないので大丈夫です」


ペンシィが語った内容も真実だが、ティアに拒絶されたショックの方が大きく、むしろそれが原因で仕事が手につかず、料理も失敗した。

急いで作ったのが作り慣れたメニューの一つで、たまたま前日と同じだっただけだ。

前日に作ったものを意識する余裕がなかったのもある。


「じゃあまずは本を増やすところからね!と言っても本を出した状態でさらに本を出すだけだから簡単だよ!」

「やってみます」


両手を前に出し手のひらを空に向け、その上に本を出す。

ティアの細腕には重かったのか少し腕が下がる。

続けてもう二冊目を出そうと意識すると同じように出た。

腕がさらに下がる。

少し顔を歪めながら三冊目を乗せる。

腕がプルプルし始めた。

苦悶の表情を浮かべながら四冊目を出す。

重さに耐えられなくなったのか、音を立てて四冊とも落とす。


「何で手で持ってたの?浮かせばいいのに」

「あ…そうでした」


本を浮かべることを日常的に行っている者とそうでない者の認識の違いだった。

そもそも本は殴る物でも、身を守る物でも、浮かせる物でもないが、メモリアの司書は成長と共に読むより武器にすることの方が多くなる。


地面に落ちた四冊の本を周囲に浮かべる。


「ここからどうすればいいのですか?」

「う〜ん。一冊は防御用でティアちゃんの周囲に浮かせて、他の本の背表紙でチョップしたり、表紙や裏表紙で叩く感じかな?相手が飛び道具とか魔法を使う場合は一冊防御と飛び道具収納用、一冊飛び道具を出す用、他の本で攻撃がいいと思うよ」

「こんな感じでしょうか?」


右手側に一冊浮かべ、残り三冊を少し離れた場所に浮かべる。

そのまま背表紙で地面を叩くように振る。

その後一冊を左手側に引き寄せ、ティアの周囲にある二冊を外側に向かって開く。

これで受ける本と放つ本による飛び道具や魔法に対する防御体制になる。


「うんうん!これでいいよ!注意点として開いてる本だと物理攻撃に弱くなるから相手を見て対処する必要があるね!」

「わかりました」

「あとやっておくとすれば一度に沢山本を出したり、大きさを変えたり、バラバラに動かす練習かな〜」

「バラバラに動かすのはどんな感じにすればいいですか?」


言いながら追加で四冊本を出し、攻撃用に展開してる二冊の横に並べ、魔力を送り大きくした。


「もう八冊…さすがティアちゃんだね!」


普通のメモリアの司書で同時に展開できるのが3、4冊。

クリスで20冊なので、この時点で普通の司書を超えている。

魔力があれば出せるので当然ではある。


「バラバラに動かすのは…そうだねぇ…。例えば盾と剣を持ってる人が相手だとして、正面から叩きつけたら避けられるか、剣で弾かれるか、盾で防がれる可能性があるよね?」

「そうですね」

「そこで剣に一冊、盾に一冊、頭に一冊、足元に一冊、左右から一冊ずつ。これで一殺!」


ペンシィはドヤ顔で言い放つ。


「剣、盾、頭、足元、左右…全部で六冊ですよ?」


指折り数えたティアには伝わらなかったようだ。


「そうだね…六冊だね…。というわけでバラバラに動かす練習だよ!一冊ずつゆっくり動かすといいよ!」


ペンシィは頬を赤らめ、目をそらしつつ、草原を指差す。

すると、どことなく剣と盾を構えた人型っぽい岩を出した。


「えっと…わかりました」


様子の変わったペンシィには気付かず、岩に向かって本を展開する。

自分を守るように二冊、残りの六冊をペンシィの話した場所を狙えるように浮かべる。


「いきます」


ティアが意識すると六冊全部が頭っぽいところに向かい粉砕した。

これが人だった場合文句のない一殺である。


「難しいです…」

「やり方としては一冊ずつ動かす方向を考えてから動かす方法と、集約する点を意識して、そこに向かわせる方法が使われてるね〜。もちろん自分なりのやり方を見つけてもいいよ!」

「集約する点…ですか?」

「うん!さっきみたいに岩を本で囲んでみて!」

「はい」


頭の部分が粉砕されているので、一冊だけさっきより位置が低くなっているが、だいたい同じ位置に浮かべる。


「この本を背表紙の方向に動かすとある所で交わるでしょ?そこを意識して一斉に動かすといいよ!」


もしも背表紙から線が出ていたとしたらいくつかの点ができる。

ティアはその見えない点をがんばって意識しながら本を振った。

それぞれの点に向かって本が動き、剣が折れ、盾が割れ、頭の無くなった首部分にめり込み、足にヒビが入り、腰が砕けて上半身部分の岩が後ろに倒れる。


「できました!」

「おー…すごい威力だね!じゃあ次は一冊を大きくして裏表紙を叩きつけて粉々にしてみよう!大きくするだけでなく厚くするのも忘れずにね!」

「はい!」


うまく本を動かせたことでにこにこしているティアと、少し引いてるペンシィ。

普通に本を振ってもヒビを入れたり、岩にめり込んだりすることはない。

本に込められた魔力の密度で硬さが変わるため、魔力の多いティアの本だと振るだけで威力が高くなる。

また、加え本を動かすにも魔力が必要なので、大きな魔力で動かすことにより、振る速度が上がるので威力も上がっている。

もちろん全て無意識である。


「こんな感じでしょうか?」


不要な五冊を消し、残した攻撃用の一冊を大きく太くした。

ペンシィが用意した岩を覆う影ができるほどの大きさで、厚さはティアの身長よりもある。

さながら長方形に切られた鉄の塊のようなものだった。


それを砕けた岩に振る、というより落とす。

体に響く低い音とともに軽く地面が揺れる。

運動が得意ではないティアでもバランスを崩さない小さな揺れだったので取り乱してはいない。

取り乱してはいないが、目の前の地面に半分ほどめり込んだ本を見て唖然としている。

質量もさることながら振り下ろす際に無意識のうちに加速してしまっているため当然の結果である。


「えっと…本を消します」


地面にめり込んだ本を消すと、凹んだ土に岩がめり込んでいた。

もちろん粉砕されている部分もあるが、形が残っている部分もある。


「これでいいんでしょうか…?」

「これでいいよ!今後ともガンガンやっちゃおう!弱いよりいいじゃない!」


予想外の威力で少し怖気付いたティアと、一周回って開き直ったペンシィだった。

最後の本によるプレスはクリスや熟練者であれば難なく避けれるものではあるが、6歳の少女が放てるものではない。

図らずも一冊で一殺の技を身につけてしまったティアだったが…もちろん全力とは程遠い。


「じゃあ次はたくさん【複製】する練習だね!」

「この調子でがんばります!」

「ほ、ほどほどでいいよ!焦らずゆっくりね!」


本を扱う練習をしただけで地面を陥没させている。

それを直すのはペンシィの仕事でもあるためティアにはほどほどに頑張って欲しいらしい。

しかし、そんな思いもティアにとっては気遣ってくれているように見えるだけであった。

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