Page106 「メイドの習性」
クロステルを後にして北に進むティア一行。
馬車の御者をネーアとミーアが交代で勤め、雪の対応をカコとクレアに加えて、カコの監督の元ティアも行った。
リリエーナと一緒に練習したことを実際に使ってみたいという事だったので、監督付きならばということで許可されたのだが、街中では大人しくしていた精霊達が我先にと群がり、とても効率よく雪を溶かすことができた上に、火精霊の力が増した。
結果的に雪を溶かす技術は、クレア、ティア、カコの順になってしまい、カコが監督する必要も無くなってしまった。
「精霊が手伝うとかやっぱりズルいわぁ。まぁ、今のティアちゃんがやるならそうした方が安全やろうし、効率も良くなるからええねんけどね。別に誰が溶かしても一緒やし〜。勝負じゃないねんから〜」
「うるさいニャ!弟子が上手くできたんだから褒めたらいいニャ!」
「ちゃんと褒めたで〜。その上で羨ましさを感じとるんよ」
「どうしようもないことで悩んでいても仕方ないニャ」
「そうです。自分のできることを伸ばしましょう」
精霊を使役できないカコがだらけた姿勢で椅子に座りぐちぐちと呟いていたが、チャコに一喝されミーアに紅茶を入れてもらうと落ち着いた。
カコも頭ではわかっているのだが、気持ちが付いてきていないため漏らしていただけで、ティアを妬むことは一切ない。
それでも使った魔法の威力を上げたり、軌道修正してくれる精霊がいることで戦いの幅が広がる事がわかっているのだから欲してしまう。
その点自身の戦い方を決めているチャコとシュトはそういった悩みを持つ時期を通り過ぎているし、ミーアはメイドとして日々精進している最中だった。
ミーアの場合はネーアを超えた時にカコのようになるかもしれないが、既に一部の技能に関してはネーアを超えている部分もあるため、役割分担という形に落ち着く可能性が高い。
場合によっては使える相手を変えるということもできるため、劣等感を抱くことなく仕事をすることができる。
王国としても高水準で戦えるメイドは貴重なので、仕事に関することであればある程度融通が効くのだ。
場合によっては夜会の警備に当たる騎士の配置から、王国に仇なす物を打ち取るために指揮権を与えられることもある。
ネーアの指導係となった先輩の戦闘メイドは、使えている主人がバカにされたということで、ある領地に攻め入るほどだった。
結果として表向きは無駄な血を流したくない領主が早々に降伏したことでそこまで血が流れずに終わったが、実際には騎士で気を引いている間に戦闘メイドが館へと突入したからだと本人から教えられている。
この話を聞いたネーアとミーアは2人とも主人をバカにされたら先輩メイドと同じことを心に決めていた。
「昼食に致します。皆様馬車の外でお身体を伸ばしてください」
しばらくすると馬車が止まり、御者席にいるネーアから昼食だと声がかかった。
それを聞いたカコ達は即座に馬車の外に出て、必要な範囲の雪を溶かして周囲の警戒を始めた。
馬車の中では多少気を緩めても問題はないが、外に出ると同時に警戒をしなければネーアに怒られてしまう。
これはクレアがいるからではなく、冒険者としての心構えだとクロステルにいる間にみっちりと教育された結果だった。
特別クラスだということで少し油断していたカコ達をネーア1人が圧倒するということが起きたためにこうなっている。
「ミーア」
「はい。準備は既に出来ております」
「では、配膳としましょう」
「はい」
移動中に食材の準備を済ませ、更に煮込んでいたミーア。
戦闘メイドなのでバランス感覚も優れており、なおかつ生活魔術からある程度の魔術を覚えているため、走行中の馬車でも調理することができる。
具体的にいうと手のひらに鍋を乗せ、その状態で火の魔術を使って煮込んでいる。
その結果、馬車の到着と同時に料理を振る舞える状態になるわけだった。
「リッカ様。お食事ができました」
「キュー!」
ティアとクレアが御者席で雪を溶かしていたのでリッカもそこに居たかったのだが、操車するネーアを含めて4人は多すぎた。
ティアが小柄なので何とかなったぐらいなので、そこにリッカが入ることはできなかった。
そのためリッカは竜形態になり、馬車の屋根に登ってティアの出した魔力で無駄になった部分を食べていた。
精霊が協力しているとはいえ、放出した魔力を全て魔術に変換できていないので、そのロスト分をおやつ感覚で食べていたのだ。
それでも人形態で味わう料理は別口なので、誘われれば食べに来る。
当然ティアによる魔力のトッピングも要求する。
「とても美味しかったです!」
「ミーアが作りました。基本的に料理はミーアが作りますので、ご要望があればお伝えください」
「そうなんですか!ミーアさんは凄いですね!」
「ありがとうございます」
仕事モードのミーアはネーアと一緒に後ろに控え、全員が食べ終わるのを待っていた。
ティアの言葉にもニコリと笑ってはいたのだが、一緒に街を歩いた時とは違っていた。
あの時も仕事ではあったが、状況が変わり戦闘メイドとして全力を出している状態だった。
「一緒に食べないのですか?」
「はい。私達は後で頂きます」
「それが彼女達の仕事なの。無理に一緒のテーブルに付かせることもあるけど、それは時と場合によるわ。少なくとも警戒が必要な外でやることじゃないわ。たとえティアちゃんの結界が貼られていたとしてもね」
「そうですか……」
ティアの質問に答えたミーアを捕捉したクレア。
ミーア達は決して安くない給金を貰って働いているため、与えられた仕事をこなさなければならない。
それはメイドとして主人やその客人をもてなすことや主人の身を守ることなので、獣や魔物に襲われる可能性がある外では気を抜いてはいけない。
ここがプライベートな空間で、ティアやクレアの許しがあれば多少砕けるのだが、今は戦闘分野とメイド分野の両方の能力を求められる場面だった。
ティアも司書として仕事をする必要が出てきているので、僅かながらも理解できたため大人しく聞き入れた。
「これが……ティア様の異空間で、旅の間もあの洋館に寝泊まりしているのですか……」
「凄いですね……」
ティア達に遅れて昼食をとったネーアとミーア。
その後も馬車を走らせ続け、夜になったので馬車ごとティアの異空間へ移動した。
流石のネーアも初めて見る光景に呆然としてしまったが、即座に気を取り直して隣で同じように口を開けて固まっていたミーアの顎を持ち、そっと押し上げて体裁を繕った。
既に驚いた顔を全員に見られていたため手遅れでだったが。
「こちらが寝所ですね。むっ、ミーア」
「はい」
夕飯の前にネーアとミーアが寝る部屋を決めようとティアが屋敷を案内すると、ネーアは全ての扉を開けて中を確認していく。
そして、寝るために使っている部屋を見た瞬間ミーアに声をかけ、2人で部屋の片付けからベッドメイクまで完璧に仕上げてしまった。
言葉を交わさずとも互いに分担して作業をする姿は流石姉妹と言えるほどだった。
「夕食まで私が整えてきます。ミーアは食事を作ってください」
「かしこまりました」
ミーアに指示を出したネーアは優雅な足取りにもかかわらず高速で移動しはじめ、いつの間にか手にしていた布で窓枠を拭いたり各部屋の掃除を始めた。
そしてミーアも指示通り料理をするために厨房へ移動し、夕食の準備に取り掛かった。
少しして夕食が出来る頃にはネーアが外で掃き掃除していた。
ペンシィとティアは魔力を使って作り出すことはできても、掃除は得意ではない。
ペンシィは浄化魔法を屋敷に向かって使用する等で綺麗にしていたが、それではベッドメイクまでは行われず、使用して乱れた物はそのままになっていた。
その結果メイド達がやる気になってしまったのであった。




