Page103「準司書契約と護衛」
「ペンシィさん。どうしてレインさんとゴルディアさんが出てきたのですか?」
「この2人も契約に盛り込むからだよ!リリエーナちゃんの護衛としてね!」
準司書契約を結ぶことには不要なはずのレインとゴルディア。
ティアの質問に対してペンシィが答えた理由は『護衛』だった。
いくらティアの魔力を分け与えられることで戦う術を身につけたとしても、熟練の冒険者や兵士どころか少し訓練をした兵士にすら太刀打ちはできない。
選ぶ予定のロザリオの祝福でできることは【浄化】と結界を張ることなので、防戦になれば魔力が続く限り負けることは少ない。
結界で相手を拘束したり出した結界を移動して相手を挟むことも可能ではあるが、魔力の操作に手を出し始めたばかりのティアではできないことを、準司書になったばかりのリリエーナができるはずがない。
よって他の力を使うことになった結果、ティアの魔力を使うことで命令できる精霊となり、その中でも意思疎通が容易なレインとゴルディアに白羽の矢が立った。
他の精霊では力不足だったり威力の調整ができないか、ティアの魔力を使えどもティアではないことに拒否したというのもある。
『というわけで俺とこいつが守ることになったのさ』
『我らを呼び出せばいつでも助けることができる。もっとも、今の我らでは中級冒険者や街のゴロツキ程度しか押さえ込めないだろうが……』
『まぁ、暴れる冒険者は駆け出しやうだつの上がらない中級が多いから大丈夫だろう。裏の連中も実力のある奴は下手に手を出してこないさ』
「そうなんですか」
「それに、万が一の場合はアタシが出ればパパッと解決できるから安心してね!」
「わかりました」
「えっと、よろしくお願いします」
レインとゴルディアは異空間にいる間にペンシィから精霊としての手ほどきを受けている。
そのため、以前よりも動けるようになってはいるが、全盛期と比べるとまだまだだ。
生きていた時の知識や癖が邪魔して、精霊としての強みを活かせていないというところもある。
それでも街の中から出ることの少ないリリエーナを守るための戦力としては十分な上、チェスター家からも護衛は出るはずなので問題にはならないはずだ。
また、ペンシィが出ると言っているのも大きい。
契約精霊は司書の代わりに魔法を使う存在として知られている他に、最終手段とも言われている。
検索してから実行する司書とは違って、今は使われていない古代魔術を自由に使えるためである。
自由に洪水や巨大な竜巻を起こせる存在に手を出す者は少ない。
極僅かの者のせいでいないと言えないのは、司書全体の悩みではあるが。
「というわけで契約を結ぶよ!使える司書はティアちゃん!祝福はロザリオで効果は【浄化】!戦闘方法は結界!浮遊椅子を自由に出せるように少し多めに魔力を渡すこととレインとゴルディアを呼び出せるようにしておいて、給金は金貨1枚。休みは司書の服を着ていない日で間隔は任せるけど、この街の準司書と調整して誰もいない日を作らないこと!部下が必要なら本を通じて申請すること!ひとまずはこれぐらいかな〜。あとはそれぞれで詰めていくぐらいなんだけど、何か要望はある?」
「えっと……給金が高くないですか?」
「そう?休みの取りづらさや、仕事の内容が他とは違うからこれぐらい普通だよ〜。他にはある?」
「えっと、ありません……」
「そっか。なら、何かあったら追記していくからアタシを呼び出してね!」
「わかりました」
ペンシィの横に浮いていた羊皮紙に文が浮かび上がった。
内容は同じだが、言い回しが小難しくなっていて契約書らしい体裁になっている。
給金については普通に働いている人の10倍以上得る事になるが、街の規模から考えると妥当なところではある。
小さな町ではたった一人の準司書が部下を作らずに休む事なく仕事をしている場合もある。
そういう場所は住んでいる人が少ないので人を増やす必要がないのもある。
「じゃあティアちゃんはここに、レインとゴルディアはここに、リリエーナちゃんはここに、これで名前を書いてね!魔力で書くものだからインクはいらないよ〜!」
「わかりました」
『おう』
『うむ』
「はい」
ペンシィが新たに装丁がしっかりしたペンを出した。
羽ペンとは違ってしっかりとした筒状で、ペン先が軽く湾曲した剣のように尖っているものだった。
筒部分には使用者の魔力を吸い出してインクに変換する術式が刻まれている。
「魔術契約用のペンですね。それよりも、あのぬいぐるみは?」
「あぁ、あれはな……」
商人として様々な顧客と契約を結ぶことがあるアルバートとアレイアはペンを持っている。
魔術契約は罰則を設けることもできるが、基本的には契約が破られたことを互いで感知できるようにするために使う。
罰則を設けるためにはもっと細かく条件を詰め込む必要があるのと、内容によっては契約者達の魔力では実現できないからだ。
『破ったら死ぬ』という条件を設定しようとしても高位の魔族でもない限り不可能だ。
もちろん契約書ではなく直接的な契約であれば人族でも不可能ではない。
ちなみにティアであれば可能ではあるが、リリエーナに対して罰則を設けるつもりはないペンシィはその話をしなかった。
アルバートとアレイアもそれには言及しなかったが、それよりもアレイアが動くぬいぐるみに興味を持った。
一緒に旅をしたアルバートは知っていたが、報告の中に含めていなかった為である。
こればかりは実物を見せないと説明しづらいのと、中身が元勇者と元魔王の精霊ということを飲み込めていないのも原因の一つだった。
その結果……。
「あのぬいぐるみにはティア様の魔力に釣られた精霊が入っているそうだ。魔力を消耗してもティア様の魔力ですぐに回復できるらしい」
「そうですか。それだと売るわけにはいきませんね」
動いて話せるぬいぐるみなんて珍しい物好きの貴族に売れないはずがない。
それが護衛にも使えるとなれば幼い子供がいる家ならば喉から手が出るほど欲しくなるはずだ。
しかし、中身がティアに従う精霊だと売ることはできない。
お願いして一部を売ったとしても、魔力の補給ができない以上維持することができないからだ。
それでも話のネタにはなる上に、少ないながらも精霊と契約を結ぶことが多い貴族に対する精霊の使い方を話すことができる。
場合によっては精霊使いを雇うことに繋がる可能性もある。
その時にはチェスター商会で用意したぬいぐるみを売るつもりでいるアレイアだった。
「書きました」
『俺もだ』
『同じく』
「終わりました」
アルバートとアレイアが話している間にティア達が名前を書いた。
レインとゴルディアは少し苦戦しつつもなんとか書くことができて、契約書は完成した。
「うん。バッチリだね!それじゃあメモリアの精霊『ペンシィ』の名においてリリエーナ・チェスターをティア・メモリアの準司書とする!異議のある精霊は申し出よ!」
ぬいぐるみになって初めて文字を書いたのだから仕方がないと互いを慰めているぬいぐるみを他所に、契約の儀式を始めたペンシィ。
他の精霊に承認を求めたのは、選択した祝福が杖ではなくロザリオだった為だ。
大元の精霊であるメモリアは準司書を増やす事を否定することはない為、自身の祝福であれば確認する必要なく契約することができる。
しかし、今回の場合はロザリオを担当する精霊に許可を求める必要があるのだが、それを名指しで聞くことはできない為、全精霊に発している。
「問題なく承認されたわ!おめでとうリリエーナちゃん!」
「おめでとうございます!」
「ありがとうティアちゃん!ペンシィさんもありがとうございます!」
「準司書契約ってこんなに簡単なものなのニャ」
「初めて見ましたが、今回が特別ではないでしょうか」
喜ぶティアとリリエーナを他所に、チャコとミーアは少し戸惑っていた。
もっと色々と細かく詰めてから決めるものだと思っていたからである。
これがペンシィだからなのかは2人にはわからないのだが、基本的に司書が決めたことを改めて確認してから契約を結ぶ場合が殆どなので、他の司書でも流れは変わらない。
リリエーナの場合は軽すぎたが、それはティアの友人だからとも言える。
「それじゃあ明日からは練習するといして、今日はティアちゃんと一緒に色々試すといいよ!」
「わかりました。頑張りましょう!」
「うん!よろしくねティアちゃん!」
本格的に準司書として動くのは翌日からになり、ティアに説明する力をつけるために丸投げした。
理解していれば教えることができるからであって、説明が面倒だったわけではないはずだ。




