クラス転移と異世界セルベリーク 前編
これからしばらくは説明回が続きます
―――の―――しくん――――
ねぇ―――やしく――――
あ、あの、こばやしくん?
「ん・・・・んー・・・・ん?」
だれかに呼ばれる声がして、だんだんと意識が覚醒していく。
このクラスにおいて、俺をあだ名ではなく苗字で呼ぶのは二人だけだ。
一人は、”『自称』主人公”こと真嶋速人。ちなみにあだ名は、”ハヤトは残念なイケメン”略してハトケン。
そしてもう一人は俺の思い人の――――
「・・・あ、あの、小林君、そろそろ、はなして、もらえると・・・」
「ん?・・・え?」
目を開ける。
どれくらい眠っていたのかはわからないが、どうやら夜になっているらしく、あたりは薄暗かった。
ガンガンと響く頭痛に絶えながらゆっくりと目を暗闇に慣らしていく。
・・・・ふと、胸の辺りが妙に温いことに気がついた。
すっと視線を胸の辺りに下げると、顔から湯気が出るんじゃないかというくらい真っ赤になったいいんちょと目が合った。
・・・・・ああ、そういえば、気絶する前にいいんちょのこと抱きしめたんだった。
「お、おぁあ、す、すまん」
「う、うん、大丈夫、その、守ってくれたわけ、だか、ら」
体を起こすと、未だに真っ赤なままのいいんちょが胸のあたりで手をもじもじさせながらそう言った。
・・・・少なくても、嫌がってるわけじゃないらしい。
それだけで少し安心した。
「・・・ってー、クッソ、なんだってんだよ・・・」
そうしていると、てっちんが目を覚ましたようで、ぼやきながら体を起こした。
「怪我無いか、てっちん」
「なんとか・・・ってか軍曹こそ大丈夫か?」
「・・・ああ、大丈夫だ、問題ない。俺のことは、気にスンナ」
今が薄暗くてよかった。顔がすげーあつい。
「お、おう。あ、他のやつらは大丈夫か?」
てっちんがそう声をかけるが、反応が無い。
あわてて立ち上がって周りを見渡すと、皆床に倒れて気を失っているようだった。
3人で手分けして皆を起こす。幸い軽い切り傷を負ったものが数名いるものの、全員無事であった。
とりあえず、外に出ようと扉に手をかけるがびくともしない。どうもさっきの地震で歪んでしまったらしかった。
「仕方ないか、今からドア蹴破るからちょっと離れててくれ!」
「手伝うぜ、軍曹」
てっちんと二人並んで思いっきり扉を蹴破って――――
バキィ!
――――扉が、真っ二つに裂けた
ちょうど、ど真ん中からバッキリと。
「・・・・・やるな、てっちん」
「・・・・いや、俺じゃないし!軍曹だし! 俺の足、ドアに当たらなかったし!」
・・・そんな馬鹿な。俺もそんなに抵抗感じなかったんだけど。
「俺、板金屋の息子として生きてきたけど、金属製の扉が蹴りで『裂ける』とこはじめて見たわ」
そうだな、俺も見たことねーよ。
「まぁ、さっきの地震のせいで壊れやすくなってたんじゃないか?いいからとにかく外に出よう」
そう言って俺を先頭にして教室から出たのだが――――
「――――どこだよ、ここ」
「――――今回の『勇者様』は随分と多いのですね」
――――石造りの広い部屋。壁の松明がぼんやりと周囲を照らす中、その声は唐突に響いた。
「ここは、『セレイダ公国』の首都『アッセラ』の北東・・・世界最大の『召喚刻印』のある、『アステルカ遺跡』ですわ、”勇者様”」
「・・・誰だ」
「そんなに警戒なさらないでくださいな、”リョーヘー・コバヤシ”さん?」
そう言いながらこちらに歩いて来る者がいる。
一人は小柄な(おそらく)女性、もう一人は――――白銀に輝く西洋鎧。
周囲は薄暗く、はっきりとは見えないが、どうにも”彼女ら”がおかしな格好をしているということだけは見て取れた。
まずは女。
中世西洋あたりの歴史書で見るような豪奢なドレス。
そして松明の明かりを反射して美しく輝く色素の薄い金髪。
暗闇でもわかる美貌に微笑を湛えた彼女がカツカツとヒールを鳴らして歩く姿は、まるで映画のワンシーンのようだった。
そして彼女から半歩後ろを歩いているのは、巨大な西洋鎧だ。
2mはあろうかという巨大な体躯。
歩くたびにガッシャガッシャと音の鳴るそれの腰には、同じく巨大な両手剣が挿してあるようだった。
彼女らは他よりも1歩前に出ていた俺の前に来ると、話し出した。
「ようこそセレイダ公国へ、リョーヘー。私はセレイダ公国を治めるアッセラ大公家、当主アルヂェロ・アッセラが次女、クラウネ・アッセラと申しますわ」
「セレイダ・・・?なんだって?それに、俺の名前・・・というか、勇者?・・・」
「セレイダ公国、ですわ、リョーヘー。あなたは我らがアッセラ大公家当主アルヂェロの命により、この世界――――『セルベリーク』へと異世界より召喚されたのですよ。それと、なぜ貴方の名前を知っているのかというと、さきほど貴方を”視た”のです。私にはそういう”眼”があるのです」
俺の呟きに律儀にすべて返したあと、彼女――――クラウネは俺の後ろで呆然としている他のクラスメイト達に向き直ってこう言い放った。
「さぁ!勇者様方!私達と共によりよい国を作りましょう!!」
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遺跡から出ると、まだ昼間だったようで太陽はてっぺんから少し西に落ちたくらいであった。
どうもこのセレイダ公国とやらは(ここが地球のように丸い星であるならば)北半球の真ん中よりもちょい下くらいにあるらしく、日本よりも高いが若干南側を通る太陽がそれを教えてくれた。(ちなみに、クラウネが首都のある方向を指差して「あっちが首都」と言ったことがきっかけで方角が発覚した。)
日本では3月はまだ上着なしでは肌寒いくらいだが、このセレイダ公国はすでに春の陽気が漂ってきているようで、全員学ランとブレザーという格好であったがあまり寒いとは感じなかった。
まだ呆然としていた俺達だったが、遺跡の外の景色や外で待機していた他の兵士達、そして彼らが持つ武器などを見て『本当に異世界にきてしまったのか』と思い始める者も出てきていた。
「今から約300年前、私達の国セレイダ公国は突如大量発生した魔物により滅亡の危機を迎えていました。そして、時の大公アングレムは魔物への対抗策として禁呪であった召喚魔法を復元することを決意します。5年の月日を経て復元された召喚魔法、及びこの『アステルカ遺跡』の召喚刻印を用いてアングレムは勇者召喚を敢行。そのときに召喚された勇者は『キモノ』という衣服に身を包み、『カタナ』と呼ばれる現在でも再現不可能な技術を用いた剣を巧みに使いこなし、見事セレイダ公国から魔物を駆逐せしめたと言い伝えられています」
クラウネが語ったこの国の歴史を聞いて、いつの間にか隣に居たいいんちょが呟きをもらす。
「『キモノ』に『カタナ』ですか・・・・大体300年前だと江戸時代の中ごろですね」
「1700年・・・・忠臣蔵がそのあたりだったか」
「あら、『カタナ』を知っていますの?」
「あ、ああ、俺達の国で遥か昔に使われていた武器だ」
「なんと!では、もしかすると私と勇者様は遠い親戚かも知れませんね!」
唖然とする俺達をよそに、彼女は話を続ける。
「召喚された勇者『ショウエモン』は後にアングレムの娘と夫婦となり、その時アングレムから『アッセラ』の家名を下賜されたと記録にはあります。それからアッセラ家は急激に勢力を伸ばすのですが・・・・この話はいちど置いておきましょう。」
彼女の話を聞くに、この国では『勇者』と呼ばれる存在がかなり重要な位置にあるようだ。
このあたりで俺は斜め後ろにいたてっちんに視線を飛ばした。――――それだけでてっちんは何が言いたいのかを察したようだ。
俺の背後にいる皆にだけ聞こえるようにてっちんが事情を説明している。
――――しっかし、こういう転移ものってちょっとあこがれるよなー
昔、てっちんが行きつけだという某小説投稿サイトを俺に説明しながら言ったことだった。
てっちんこと藤城輝樹は板金屋の次男に生まれたが、父親が相当に厳しい人だったらしく、事あるごとにやれ娯楽が足りないだの、自宅ほど暇な場所はないだのともらしていた。
ある日、そんな彼が見つけたのが件の投稿サイトだった。・・・・はたして彼は、そのサイトにドはまりした。
そして、そのサイトに多く投稿されていた所謂『転移モノ』や『転生モノ』にあこがれるようになっていったのだ。
つまり、何が言いたいかと言うと――――今の現状をクラスの全員に説明するには、彼以上に適任な者は居ない。
閑話休題
・・・さて、話は戻るが、クラウネが語ったことは今のところ『勇者』の歴史だけである。俺達が召喚された理由がまだ語られていない。
――――まさかと思うが、300年前と同じようにこの国は魔物によって滅亡の危機を迎えているのだろうか。
もしもそうだとしたら、非常にマズイ。俺達はなぜか勇者として召喚されたものの、その実ただの高校生である。確かに格闘技の心得があるものは何人かいるが、いくら何でも獣相手に通用するとは思えない。
・・・ゾクリ
背中に変な汗が流れる。
――――ふと、学ランの裾が引っ張られた。
無意識の行動なのだろうか、いいんちょが不安そうな顔で俺の学ランをつかんでいた。
さっきまで紅かった顔も、今は真っ青になっている。
・・・・いざと言うときは、せめて彼女だけでも
「――――そして、勇者様が召喚された理由なのですが――――」
ごくりと、喉を鳴らす。
いいんちょが息を呑む。
「・・・・・・・・ショウエモンの死後このセレイダ公国では先代の勇者が亡くなり次第、新たに勇者を召喚し国の象徴とするという伝統ができました。あくまで国の運営や政務などは時の大公家が行い、召喚された勇者様には国の象徴として各都市を巡礼して頂き、国民に『常に守られている』という安心感を与えて国を活性化させることを目的として――――」
「――――ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「なんでしょうか、リョーヘー?」
「俺は、いや俺達は、たったそれだけの理由で呼ばれたのか?」
「『たったそれだけ』とは、ひどいですわリョーヘー。この役割はセレイダ公国では最上級の役職ですのに。なにせ、この世界で生まれた生命は等しくこの地位に就くことができないのですよ?セルベリークの全生命の憧れですわ」
「つまり俺達は・・・・士気向上のための人身御供としてこの世界に『拉致』されたわけだ」
地に響くような低い声。獣の唸り声のような声を発した張本人に目を向けると、周りよりも頭ひとつ飛び向けてデカイ人物がこちらに来ていた。
紫夕穣二、あだ名は”ジョージ”。
身長195cm、がっしりとした体には凝縮された筋肉が詰まっている。非常に情に厚い人物で、少々強面だが英国とのクオーターらしく日本人離れした顔立ちは先の真嶋速人と並んで校内でも人気の高い人物だった。
そんな人物が本気で睨みを利かせているというのに、クラウネは素知らぬ顔で「ん~」と何かを考えているようだった。
「・・・・・”勇者ジョージ”、貴方様は人身御供と仰いましたがそれは違いますわ。私達があなたを含めた”勇者”様に求めるのは、この国の象徴として君臨することだけ。なにもあなた方にいきなり『軍を指揮して戦ってほしい』などとは言いませんわ。
それに、我らもなにも無差別に勇者召喚をしているわけではないのですよ?――――いえ、正確には『召喚される勇者は無差別に選ばれるわけではない』と言うべきでしょうか」
「・・・・というと?」
「勇者ジョージ、貴方は子供の頃に寝物語の英雄にあこがれた経験はありませんか?聖剣を携え共に命を預けあった仲間達と邪悪なる竜を退治する姿に。または、囚われの姫君を悪鬼の王から救い出す騎士の姿に」
「・・・・まぁ無いとは言わないが」
「だからですよ、勇者ジョージ」
「なにがだ」
「貴方が召喚された理由ですわ。憧れたのでしょう?物語の英雄――――いえ、”勇者”に」
「――――それが、俺達が召喚された理由だってのか」
「ええ、そうです――――」
「ふざけるなッ!!」
ついにジョージがキレた。
「なにが『召喚される勇者は無差別に選ばれるわけではない』だッ!!そんな条件、殆ど無差別と変わらないだろう!!どうして俺達を選んだ!!どうして俺達が勇者なんかにならなければいけない!!」
「それはあなたが”勇者”だからです。ジョージ」
「だからなぜ――――」
ジョージが今にも殴りかからんばかりにクラウネに詰め寄る。
さすがにこれ以上はマズイ。クラウネはこの公国の姫に当たる人物らしいから、万が一彼女に傷でもつけようもんなら俺達全員即刻打ち首の未来しか見えない。
「おいジョージ、少し落ち着いて――――」
「――――そこまでにしておけ。それとお嬢様、いくらなんでも説明不足です」
俺よりも先に二人の間に入った者が居た。
白銀に輝く全身甲冑に、腰に挿した両手剣。
先ほどからクラウネの傍に控えていた巨大な騎士だった。
「・・・あんたは」
「申し遅れたな。私はマルコム、クラウネお嬢様の騎士だ」
「で、マルコムさんよ、説明不足ってのは?」
ジョージが先を促すと、マルコムの後ろから顔だけ出したクラウネが説明を引き継いだ。
「実を言うと私はあえて召喚理由のところををぼかして貴方様に伝えたのですわ。正直、この事を貴方様に伝えて良いものか、貴方様に怒られた今でも判断が付きませんの」
「・・・どういう事だよ」
「ですが、先ほどの説明で納得して頂けないのであれば、言いましょう。
勇者ジョージ、先の説明は基本的には間違っておりません。ですが、もうひとつだけ条件があるのです」
「もうひとつ・・・」
「はい、もうひとつですわ。
・・・私の”眼”で見たところ、この条件に見合った御方は勇者ジョージ、貴方を含めて3人居ります」
「ち、ちょっといいか?」
「なんでしょうか、リョーヘー」
「30人のうち、その『条件』を満たしてるのはたったの『3人』だけか?」
「ええ、そうですわ」
「――――じゃぁ、なんでクラスの皆がここにいる?なぜその3人だけ召喚されなかったんだ?」
「率直に言いましょう、リョーヘー。
貴方を含めた27人は、この3人の召喚に巻き込まれたのですわ」
早いうちに