落城
「後の世の人々は、私を愚かな武将と呼ぶだろう。老臣の諌言を容れず、考えなしに公儀と争った男と」
父の声はあまりに澄み透り。
これが全てを失った者の声なのだと、若犬丸は胸を痛めた。
己れを愚者と口にする。それは氏満の裁定を受け容れていれば、わずかでも所領を安堵され、命を危機に晒すこともなかったと、父は後悔しているのだろうか。
いや、その段階はとうに過ぎていた。
小山勢は祇園城の遥か北、糟尾山中に立て篭もり、南軍蜂起の報を待った。あるいは一門の救援を。
思川の上流、糟尾川に面する丘隴に建つ糟尾城は、山深き土地にありながら、土地の段差を活かし、いくつもの郭を備えていた。建武以降の動乱期に築城され、後にうち捨てられていた兵墟を、義政が昨年末より手を入れさせたのだ。
鎌倉公方氏満への、三度目の叛逆のために。
けれど、望みは絶たれた。
高台の城から見下ろせば、敵の軍勢は増えるばかりだった。
外城の長野・寺窪も落とされた。
この城が落ちるのも時間の問題だろう。
祇園城没落から一月と保たず。
義政は己れの見通しの甘さを突きつけられた。
――籠城により敵の退屈を誘うか。
だが、それは事態の先延べでしかない。
息子、若犬丸の顔を見た。
まだ元服前の童形。
自分に堪え性があれば、彼の代で復興も適ったかもしれぬ。
――この子を、生き延びさせなければ。
己れの代で小山宗家の血筋が絶えるなど、父祖に申し訳が立たなかった。
義政は若犬丸をそばに寄せると、
「お前と別れるときが来た。私は死ぬが、お前は生きなければならない」
若犬丸は目を見開き、
――父上、私も・・・・・・
と言いかける息子の口をさえぎる。
「私は男親の顔を覚えていない。だからといって寂しいとか、悲しいなどとは一度も思ったことはない。親がなくとも子は育つものだ。ただ、お前が生まれたときは本当に嬉しかった。血を分けた仲間を得たと。もっとお前の成長を見続けていたかったが、それも叶わぬようになったな。」
これも己れの報いかと、義政は自嘲した。
そして若犬丸の目を見た。
「さぁ、ここからは、父と子は別々の道を歩むのだ」
「父上、私も・・・・・・」
「それ以上何も申してはならぬ。私は、お前が生き延びて小山一門を再興することを願う」
父の決意が伝わるほどに、若犬丸は己れの悲しみをこらえぬばならなかった。
これ以上、まとわりついていれば、父を困らせるだけだ。
若犬丸は心を殺して身を引いた。
義政は家臣らに命じた。
城を落ち、さらに糟尾川を遡った奥山の櫃沢へ向かうと。
「その間に、若犬丸を田村へ落ち延びさせろ」
奥州田村荘の領主、田村義則は、旧宮方として義政の叛乱に賛同しながら、地理的な条件から助勢は叶わなかった。けれど、若犬丸を託すには信頼に足る一族だ。
「私が、囮だ」
子を生かすため、血を次代に繋げるため、命を捨てること。
此度の合戦で唯一、
――先祖に顔向けできることよ。
義政は大手の城門を開けさせると、郎等らを率いて鎌倉勢の囲みの中へ躍り入った。
敵勢は道を空けるように、陣を開いた。それは小山勢と城とを分断し、掃討するための方策であったが、彼らは、この先に隠された櫃沢城の存在を知らない。義政たちは勢いに乗って敵陣を破ると糟尾川の河原を遡上した。
敵将が騒ぐ。
「何をしているのだっ。追えっ! 一兵たりとも逃すな」
鎌倉勢の注意が谷川に向かうなか、丘向こうの搦め手(裏門)から若犬丸とわずかな供人が落ちていった。