断章 岩窟無用語り①
――若犬丸って、いい名だと思わないかい?
子どもに犬の一字をつけるのは珍しくないが。
あぁ、寺住まいで、そんなことは知らなかったって? じゃあ、覚えておきな。昔から犬ってぇ字には不思議な力が隠されてるって信じられていてね。女男に関係なく、子どもの名によく付けられるのさ。まぁ魔除けみたいなもんだ。実際の犬ってのは、そうきれいなもんばかりじゃないけどさ。嗅覚が優れているから、妖しや呪いを嗅ぎつける、なんてことを思われてのことだろうし、安産・多産・丈夫に育つってところからも、犬と子どもってのは和しやすいんだよ。
けど、代々、男児に犬の字をつけるっていう小山家一門の仕来りは、さすがに珍しい。義政公の父の幼名は今犬丸、その兄は常犬丸だったし。
『犬』を嫌う狐女がからんでいるか、いないか・・・・・・
あっ、この狐女はどんな妖しかって。
そうだ、大切なとこだよ。
藤原秀郷は知っているよな。そうそう大百足退治で有名な俵藤太だ。龍宮の海王さまに頼られての。
まぁ、もちろん、それはおとぎ話だよ。
けど、秀郷はもっとすげぇもんを退治したよな。
うん。古代の朝敵にして我らが英雄、平将門公。
さっきも言ったが、下野の小山氏は、その秀郷の末裔の、貴き血筋なのさ。
この秀郷、将門、狐女の関係から話さなくちゃいけないかな。
えぇっと、だいたい五百年も前のこった。狐女が言ったとおり、本当に大昔の話さね。
じゃあ、将門がまだ大した野望もなく、地方豪族の子息として京に上がり、宮仕えをしていたころ、ここから話そうか。