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夢幻犬鏡 ※整備中  作者: 奥瀬
第二章 小山若犬丸の乱① 祇園城奪還のこと
19/39

再びの落城

 同十二日、夜も更けたころ、旅支度の若犬丸一行は祇園城からの脱出を図った。


「殿の童形、胴丸、戦場での先駆け、全て許してきましたが、もうこれ以上はなりません」

 里田が苦い顔で言う。

「先駆けが問題だというのか、古えの武将は、兵を率先して・・・・・・」

「その古えの武将とやらの名を挙げましょうか。その末路も」

 同じことを言っても、こちらは清包より余程手厳しい。

 彼には命を救われた恩もある。若犬丸は逆らうことができなかった。

 ――殿の無手法(むてっぽう)には、ほとほと手を焼きました。田村でよほど好き勝手を許されたのですね。

 そう表情で語られた。


 田村からの同行組の郎等たちは首をすくめる。

 それでも、里田以外の小山残留組の郎等たちは、

「いいもの見させてもらいましたよ」

「公方殿を古河までひっぱり出したのですから、これで()しとしましょう」

 と、朗らかに笑いかけてくれる。

 とはいえ、白幡の武将を捕えながら、人質を無駄にし、畢竟の敗北。

 口惜しさに歯噛みしたくなる。

 そんな主へ、

「まさか鎌倉勢と戦って本気で勝とうと思っていたのですか」

「こうやって、公方殿を何度も困らせ、悩ませ、向こうが音を上げるのを待つ。それでいいじゃありませんか」

 そう言われて、若犬丸は、

 ――あわよくば、と考えた自分は未熟だったのか。

 と肩を落とす。


 すっかり元気をなくした主人に、さすがに里田も主を慰める気になったのか、

「鎌倉幕府初代将軍、源頼朝公も伊豆に流されたのは十四歳のときと聞きます。雌伏を続け、兵を挙げたのが三十四歳。その後勝ったり負けたりをくり返し、武家の棟梁となられたのは四十三歳。それを思えば、しばらく身を隠すことが何でありましょう。短気を起こさず、養生と鍛錬の期間と思って自重してください。殿は我らのかけ替えのない宝なのですから」

 と、語調を和らげる。


 里田のいう養生と鍛錬。

 それは若犬丸が武将としてさらに成長しなければならないということ。逆に言えば今の自分が一軍の将として(かた)()であることを指摘されたのである。

 ――そういう言い方のほうが、よっぽど応えるよ・・・・・・

 若犬丸はますます落ち込む。

 そんな彼の気持ちと裏腹に、

 天中近くに輝く月。

 三日後には満月。

 先の敗戦から二日しか経ってないが、夜間と決めた没落を、これ以上日延べをすれば機を逃してしまう。

 里田は主を急かした。


 城の西側の切岸。

 急峻な斜面ではあるが、城の者だけが知る細く長い小径を下る。

 薄野原が一面に拡がる思川の畔に立った。

 静かに小舟に乗り、対岸へ。北上して田村に向かうにも、このまま城側の岸を往けば、鎌倉勢に見つかる恐れがあった。

 月の光に照らされた川面を小舟が渡る。

 若犬丸は振り返って、城の高岸を見上げた。


 四年前、自焼して落ちた祇園城は、紅蓮の炎に包まれ、夜空を真っ赤に染めた。敵軍の怒号が響き、一行の探索のため四方に人や馬が放たれた。

 それに比べれば、今宵は静か過ぎた。


 城の奪還をかなえた二月(ふたつき)前、夏草に埋もれる城館の焼け跡を見た。

 梁か柱か、黒こげになった材が顔を出していた。鱗状に浮き上がった表面から木片を剥がし、人差し指と親指で挟んで、目の前に翳した。

 ほんの少し指に力を入れただけで、木片はぱきんと音を立てて、割れ散った。

 父とともにあった三年越しの合戦が夢のように思えた。

 氏満との戦い、降参、没落。


 ――だけど今は、城を奪還したことこそが夢のようだ。

 万年寺での旗揚げ、古枝戦の勝利、城本での敗北。

 この夏の過ぎ越しとともにあって。

 若犬丸の寄る辺なさは、小舟を揺らす波にいっそうさらされた。

 その舟もやがて対岸へとたどり着く。

 そして、薄の帳の中へ滑り込む。

 舟を降り、先頭の里田が草を掻き分けながら前に進んだ。 

 後に続く若犬丸は周囲の気配に、ふと耳を澄ませた。

 ざわざわとこすれ合うような物音。

 風に揺れる薄の葉擦ればかりでないと気付く。

 若犬丸は太刀に手をかけると郎等らに目で注意を促した。

 全身を耳にして、帳の向こうを伺う。

 ざっざっざっ

 明らかに人が草々を踏みしだく足音。

 しかも複数の。

 一行に緊張が走る。

 城の高台から十分にようすを伺い、斥候も遣った。

 しかし、自身を隠す薄の原は、敵をも隠していたのか。

 一同の緊迫感が殺気にまで高まったか。相手方の足も、こちらを伺うように止まった。

 そして、帳のむこう側から、

「安心召されよ。我らは味方だ」

 努めてそうしているのか、明朗な男の声が届いた。

「名を名乗れ」

 里田が誰何の声を上げる。

「常陸小田城々主、小田讃岐(さぬきの)(かみ)孝朝が息、五郎直高と申す」

 小田、と聞いて一行の緊張は増すばかりだった。

 常陸小田氏は、先の義政討伐戦で功績のあった一族だ。

 いわば若犬丸にとって親の敵ともいえる。

 ――それをなぜ、味方と名乗る?

 不信感は嫌が上にも増し、柄を持つ手にいっそう力を込める。

 その気配を察したか、小田直高は、

「我らは争いに来たのではない。手短に言うが、目下(もっか)我が小田家は、先の小山殿と同じ危機にあるのだ」

 と述べてから、

「顔が見えぬとあっては心も通じぬか。今より顔をさらす故、そちらも太刀を鞘に収めてくれぬか」

 ばさっばさっと薄を払い、倒しながら現れたのは、十名余りの武者。その奥から、郎等が道を空けるようにして、二十代半ばほどの男が進み出る。

 鎧をつけぬ小具足姿、頭部も兜ではなく引き立て烏帽子。

 彫り深い目鼻立ちを月影が顕わにし、その表情(かお)に敵意は見あたらない。

 一行は警戒心を弛めた。

 ただし、一定の緊張感は手放さない。


「訝られるのは当然だ。先年の合戦では敵同士であったのだからな。だが、この数年で状況は変わった。関東随一の小山宗家が滅びた後、良くも悪くもこの小田家がその座に就き、鎌倉殿や管領殿の奸心を抱かせた、ということだ。そこで当家の危機に、小山宗家の末裔若犬殿のお力を借りにきたのだ。小山・小田が同盟し、鎌倉殿にその力を見せつけようとな。これは貴殿らにとっても悪い話ではないと思うが。」

 小山の者たちは目と目を交わし合う。


 突然の申し出に、

 ――信じてよいのやら。

 ――何かの罠かもしれませぬ。

 そんな彼らの態度に、直高は()もありなんとうなずく。

 そして若犬丸だけを見た。


「此度の合戦でのみごとな活躍、直接にお目にかかれませんでしたが、私の耳にも入っています。若犬殿の武勇と器量に我が一族の命運を賭けようと思っているのです。ご存じであれば良いのですが、我が小田一族もなかなかの武者揃い。若犬殿も、どうぞ我らに賭けてみませんか」

 不敵に笑ってみせる。

 それこそ、己れの『武勇と器量』への自負をかいま見せた。


 実際、直高の真っ直ぐに伸びた背筋、直垂の上からでも伺い知れる強靱な体躯、周囲の郎等たちの心服しきったようすは、自意識過剰とも思えない。

 何より、そのふてぶてしいほどの威風は武将としての好ましさと映った。

 若犬丸は、前に進み出ると、

「小田五郎殿、名乗らせてばかりで申し訳ない。我こそは小山宗家、前下野守小四郎義政が嫡男、若犬丸にある」

 相手に負けじと、不敵な笑みをつくった。

 直高は口元をほころばせる。

 年上の自分へ、精一杯対等であろうとする童形の若者の態度がこそばゆく思えたからだ。何人かいる弟たちの面影とも重なり、

「我らの申し出、受けてくれるか!」

 自然、舎弟に向ける言葉遣いとなった。

 そんな彼へ、若犬丸もつられるように、

「えぇ、これからは一蓮托生と相成りましょう」

 兄に向ける弟のそれとなっていた。


 主人(あるじ)同士の間に、義兄弟の絆めいたものが生じ始める。

 これに郎等たちも、ようやく心がほぐれ互いに名乗り合う。


 斯くして、若犬丸祇園城没落の夜、小山・小田同盟が密かに結ばれたのであった。


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