序(一)
――ねぇ、あんた、小山若犬丸って男を知ってるかい?
天下無双の兵って言われた男さ。
何? 名前くらいしか知らないって? 惜しいねぇ。
いやぁさぁ、あんた見てたら思い出したのさ。何となく、似たような男だったなぁって・・・・・・
ぺらぺらとよくしゃべる男だった。
男は隠遁の僧で無用と名乗り、赤房丸は、されるがまま右肩の傷の手当てを受けていた。
洞窟の暗闇のなか、灯台の明かりだけを頼りとしながら、男の手つきは熟れたものだ。
赤房丸は昨晩の襲撃で住みなれた寺を逃げ出し、奥山をさ迷った末にこの洞窟を見つけた。
細長い洞は奥に行くほど広くなり、菩薩像の図絵を祭壇の前にして、念仏を唱える僧形の男がいた。
振り返った男は、片腕から血を滴らせ、もう片方の腕で刀を引きずる少年の姿に、大して驚いたようすも見せず、そばに寄せた。
「名前は何という」
「なぜ怪我をしている」
「どこから来た」
「親の名は?」
矢継ぎ早に出される問いに、赤房丸は淡々と答えた。
孤児で親の顔も知らないこと。預けられた寺で十三歳の今まで暮らしていたこと。覚えのない襲撃を受け、間一髪逃げ延びたこと。
「自分には命を狙われるような理由はないのに」
ただ恐ろしかった。
相手は顔を隠した複数の男たち。
その騒ぎにあって、寺の人間は誰一人、助けにきてくれなかった。
悪僧(僧兵)という腕に覚えのある者たちもいたのに。
赤房丸は、自分の殺害が寺の者たちに了承されていたことを悟った。
「ふーん、仲間に見捨てられたと思ったのかい? そりゃあ、切ないねぇ」
己れを追跡する集団の中に見知った僧の顔を見て、それは決定的なものとなる。
無用は、手当する赤房丸の腕や手のひらを見、何かを確認するかのようにさすったり、握り締めたりした。
「お前さん、ただの寺の児じゃないね。武術の心得があると見たが」
赤房丸は言ってもいないことを見透かされ、どきりとしたが、別に隠すようなことではない。
「経を読むのは性に合わなかったから、悪僧から武術を習っていたんだ」
よほど適性があったのか瞬く間に上達していった赤房丸へ、悪僧の一人がうっかり口を滑らせた。
「さすが武将の子だな」
武将の子。
初めて聞いた。己れの出自に関する事柄。赤房丸は悪僧に詰め寄ったが、彼らはそれ以上頑として口を割らなかった。
しかし、その一言でおおよその見当はついた。
京か鎌倉に敵対し、成敗された武将が縁を頼って預けた子ども。
それが自分なのだ。
ここは大八州の北の果て、津軽。
日本の最奥の地であれば隠れ得るとした肉親の切なる願い。
だが、それも適わなかったようだ。
今、ここで血を流している己れにあれば。
「でもお前さんは運がよかったじゃないか。習っていた武術が役に立って」
昨晩のことが、少年の瞼に蘇る。