読心
社長相手に秘書が隠し事など誉められたことでないこと位分かっている。
俺の何か隠していることを睡蓮さんが気が付いていることも分かっている。
敢えてそれを指摘してこないのだろう。
だからこそ悩むし嫌になる。
自分の決意の緩さに。
「そうそう、向こうはお茶しているのに私達は真面目な話って馬鹿らしくないかな?」
「え?」
「この前、商店街のおじさんにお菓子もらったんだよね。チョコレートボンボン。雫にあげてもよかったんだけど、お酒入ってるからさ」
すいません。雫にビールを飲ませてしまいました。
事務机の引き出しからチョコレートが取り出されたことはスルーしよう。
睡蓮さんは常識の外に生きている人間だ。こっちのルールを持ち込むのもおこがましい。
チョコレートを一粒貰い、口に含んだ。
成る程、これは雫に食べさせられないわけだ。ウイスキーの味が強すぎる。
「大人の味だね。雫は食べられないだろうからさ」
「そうですね。味覚はまだまだ子供ですから」
「高級らしいんだけどな。ま、いいや。真面目な話するよ」
睡蓮さんの言葉を聞いて俺のスイッチが切り替わる。
「研究所の警備は一人だけだって。偵察部隊がリークしてくれたよ」
偵察部隊。といっても単独行動なのだが、睡蓮さんのことだ。響きが格好いいとかの理由で使っているのだろう。
俺の感覚からすれば情報屋とでも表現すればいいだろうか。
黒羽弦という男はこの業界で名前を売っている快刀乱麻や風来坊といった奴等と同じで仕事を選ぶ。
その代わり、仕事に対する信用はそのジャンルだけなら圧倒的信頼を得ている。
黒羽が集めた情報なら信用できるだろう。
「一人ですか? 手練れが相手と?」
「どうやら今売り出し中の男らしいよ」
「研究所の深夜の警備だからって手を抜きすぎでしょ」
一応、俺もこの業界で数年過ごしてあらゆる依頼をこなしてきた。
ルーキーに負けるほど弱くはないと自負している。
ーー睡蓮さんや雫。快刀乱麻など規格外の人間でなけばと付け足すべきか。
それだけ経験の差とは広く深いもので、又、その差すら覆せる能力もバランスブレイカーだ。
「一応、気を付けてよ。ルーキーに負けて帰ったなんて報告聞いたら咲ちゃんの評判だだ下がりだし。ただでさえこの前の依頼も失敗してるのだから」
うやむやになっていたが先日の依頼は失敗しているのだ。
にっこりと笑いながら俺にプレッシャーをかけた睡蓮さんは事務机の上に散乱していたプリントを一枚手に取って眺め始めた。
「それと咲ちゃん。悩むくらいなら言わなくていいよ。さっきから頭に響いてるんだよ」
「……すいません」
「思い出は聞こえないけど考えは聞こえるからね。それじゃあ私は業務に戻るよ」