自称
起床から家を出るまでに要した時間は約十分。
顔を洗って着替えて出発。
雫にいたっては俺が起きた時には既に行く用意が整ってらしく、酒が抜けきっていないにも関わらず俺を急かしてきた。
少し、昔のことを思い出して飲みすぎてしまった。
今、眼前に広がるのは週末と比べてガラガラのショッピングモール。
普通の少女の格好に黒のシルクハットを被った女の子と、スーツを着こなした自称イケメンの男性というのはいささか以上に目立つ。
「咲ちゃん、咲ちゃん、すごいよ。店がいっぱいだよ」
「とりあえず、服見て回るか」
隣を歩く雫は楽しそうに目を細める。それこそ年相応の表情で。
俺は雫をことをそれほど多く知っているわけではない。
敢えて挙げるならば確率の支配者といった誰が得するのか分からない情報しか知らない。
しかし、生活用品を揃えるならば一体どれくらいの値段になるだろうか。
箸、茶碗、歯ブラシ、エトセトラ。出していけば切りがない。
俺自身、金銭面。得に稼ぎについては疎い節がある。
俺の年代がどれだけ貰ってるかも知らないし、知りたいとも思わない。
一応、貯金はしてあるがそれが多いのか少ないのかも分からない。
一人暮らしする分には苦労しなかったが、これからは二人暮らしだ。更に貯金しよう。
「咲ちゃん、あそこ行こう」
ずらりと並ぶアパレル関連の店が並んだ通路を歩いていた俺達。
俺を思考の世界から現実に引き戻した雫が指差したのは隣より少しだけ割高な店だった。
「了解。何セットか選んでいいから人様には迷惑かけるなよ」
「うん。分かった」
改めて周りと比べてみると、隣は女の子向けといったものだが、雫の入っていった店は女性向けといったところか。
誰かの影響か、お召し物は階段を数段すっ飛ばしているようにも思えるが本人が良しとするなら文句も意見もしない。
俺と言えば、店の外からスマートフォンで雫を撮り、メール画面を開く。
タイトルに業務報告と書いて先ほどの画像を添付し、睡蓮さんに送った。
「咲ちゃん、決まったよ」
店の中から服を沢山抱えた雫は俺を呼ぶ。
雫の方へと行き、服を預かり、清算を済ませ店を出た。
「けど、あれだな。隣の店じゃなくてよかったのか?」
「……乳臭いだっけ? 私は大人のレディーだから」
「昨日は大人になりたくないとか言ってたのにな」
「むぅ……」
雫をからかっているとスマートフォンが震えた。
睡蓮さんからの返信で、親父にでもなるのかとの内容だった。
少しだけ、げんなりした。
ただ、気の赴くまま道を歩いていると匂いが変わった。
「お腹空いたなぁ……」
「朝抜いたからな。腹ごしらえしていくか」
鼻よりも胃を刺激するフードコートの匂いに惹かれて俺達は足を踏み入れた。
席は探すまでもなく、選び放題。
席より先に雫の後ろに着いて店を探す。
「これがいいかな」
「クレープね。どれがいいんだ?」
「じゃあ、チョコと苺のやつ」
「了解」
職業柄か、会計をしながら俺は思っていた。
ほぼ無人のフードコートで少女と俺の二人組は悪目立ちするな。と。