通話
『もしもし? どう? 夜泣きしてない?』
「俺の布団を占領して寝てますよ」
夜も深くなった頃、俺は睡蓮さんに電話を掛けた。
色々と言うことがあるからな。
『そっか。それで、この時間に掛けてきたってことは聞かれたくない内容?』
「そんなわけじゃ無いんですけとね。すいません、夜遅くに」
ビールの入ったコップを傾けながら俺は窓から空を眺めた。
『私と咲ちゃんの仲じゃないか気にしなくていいよ』
「ありがとうございます。仕事の方ですけど、今週末動きます」
『了解。そうそう、その仕事だけど雫も連れて行って欲しいんだ』
「雫をですか?」
命のやり取りがあるかもしれない場所に少女を連れて行くことには大いに抵抗がある。
俺一人でも十分危険なのに雫まで連れるとなると難易度が跳ね上がる。
『そそ。いやね、雫自身がワケありだからね。咲ちゃんとセットにしておかないといざって時に手遅れになるかもしれないから』
確率の支配者とやらも何やら大変らしい。ワケありなのは俺に暗殺の依頼が舞い込んできた時点で分かっていたことだ。
俺以上に事情を知っているらしい睡蓮さんが言うのならば従うまでだ。
「分かりました。それとですね、睡蓮さん」
『どうしたのかな?』
「雫に余計なことを吹き込まないで下さい」
『あはは。本当に言ったんだ。ま、頑張ってね保護者さん』
心底楽しそうに睡蓮さんは笑って通話を終了した。
スマートフォンを置くタイプの充電器にセットし、再び一人酒を再開する。
ビールを飲みながら、思案する。
雫を連れてどうやってデータを盗み出すのか。
夜遅くに忍び込んでこっそり資料を持ち出すことが出来るのならイージーモードだろう。
だが、研究所も警備がザルではない。
この御時世だ。武装した警備員くらい普通に配置しているだろう。
「……咲ちゃん?」
「どうした? さっきまで寝てただろ」
起きてきたらしい雫は俺の隣に座り、目を擦った。
「うん。咲ちゃんが話してたから」
「悪いな。それよりさ、俺の依頼、手伝ってくれないか?」
「私の能力?」
一瞬、雫の視線が鋭くなったのは気のせいではないだろう。
能力目当てで数々の人間の元を転々としていたことは容易に想像できる。
俺が雫を暗殺しに行った屋敷もそうだろう。
「いや、そうじゃない。別に能力だとかじゃなくて雫の身の安全の為だ」
「じゃあ、着いてきて。じゃないの?」
「確かにそうかもな」
俺と睡蓮さんだけは能力目当てだとか、下らないことは無しにしよう。
ただ、面倒を見る親代わりだ。
「ふうん。いいよ」
雫は何処と無く満足げに頷く。
「あっ、訊いてもいい?」
「俺が答えれることならな」
「咲ちゃんはどうしてこそ泥になったの?」
こそ泥ではないとまず誤解を解かないとならないらしい。
懐かしい話だ。俺が睡蓮さんに拾われた日の夜を思い出す。
「そりゃ、睡蓮さんに拾われたからだ。居酒屋で酒を飲んだいたら声をかけられたんだ」
今から二年前。俺が二十歳の頃の話だ。懐かしい。
「スカウト?」
「そんなところかな。一緒に仕事しないかってな」
「咲ちゃん、すごい人なんだ」
「そんなこと無いよ。ほら、もう寝ろ。明日は早いからな」
起きてきたのも束の間。既にうとうととしてきている雫を布団に戻し、俺はビールを飲み干した。