番人
チラリと雫の位置を確認すると、どうやら中々良いポジションをキープしている。ドアを背中に俺を見ている。
「……確認は済んだかい?」
「ん? 待っててくれたのか? 悪いな。もう構わないぞ」
「なら、遠慮なくーー」
俺と男の距離は一歩で埋まるだろう。
だが、一歩あれば大体の攻撃は見切れる自信がある。
男は右足を半歩程前に出し、腕を上げた。刹那、俺の目の前に出現した。
「行かせてもらうぜ?」
挨拶代わりか、鋭い拳が俺の顔面へ飛んでき、顎に突き刺さった。
衝撃に脳が揺れ、行動をキャンセルしそうになるが無理矢理体を動かし、腰に手を当て、ナイフを抜き、男の首を狙って振ったが既に男は一歩後ろへ下がっていた。
「おー危ねぇ危ねぇ。割りと強めにいったんだけどな、自信無くすぜ」
「……言ってろよ手品師」
くらくらする視界は顎を打たれたせいだろう。一撃で足にきた。
「じゃあ、次行くぜ」
男は膝を落とし、やはり俺の目の前に現れた様な錯覚を起こさせるような動き。気配というか、動く動作がとてつもなく反応し難い。
反応し難いだけで出来ないわけではない。視界の左側から伸びてくる腕をナイフで迎撃しようと右腕を動かしたが、動いたのは俺の足元だった。
右腕はブラフか。視界が天井へ移りながら次の動作を考えるほど俺に余裕などない。
「フェイクだよ侵入者さん」
右肘を立てながら俺に向かって倒れこんでくる男。俺はそれに対応するため、体を捻り、左腕を地面に着け横へと位置をずらし、立ち上がる。
「おおっと」
楽しそうに男は笑い、右肘を伸ばし片腕を腕を着いて地面を蹴る。
右手を軸に飛び上がった男はブレイクダンスの回転する動作の応用か、勢いをつけた蹴りが俺の腹に伸びてくる。
体勢を整えていない俺に避けられるはずもなく、男の足は俺の腹にめり込んだ。
「ぐっ……吐くぞこの野郎」
「チビッ子が見てるのにそれはダメだろう」
正直舐めていた。ルーキーだとか能力持ちだったらとか考えるのは止めよう。
ーー目の前のこの男を殺す。
ぐちゃぐちゃに掻き回されたような胃を押さえ、しっかりとナイフを握った。
「……スイッチ入るの遅すぎ。これでやっと殺し合いらしくなってきたなぁ!」
獰猛に笑った男は膝を落とし、俺に近づこうとするのだろう。確かに対策は思い浮かばない。
だが、その前に潰してしまえば問題ない。
ナイフを握ったまま男に向かって走り、手の届く距離でナイフを振ったが、男は上体をほぼ直角まで反らし、ナイフを無効果した。
「30点」
勢いで跳ね上がってくる男の頭は定位置で止まらず、俺の鼻にヒットする。
三歩後退りした俺は鼻を押さえる。折れてはいないだろうが、手の間から血が流れ落ち、足元を彩った。
手痛い反撃は受けたがヒントは得た。
あの手品師も驚きの動きは恐らく後ろには使えない。
反撃する為という可能性もあるだろう。たが、あまりにもリスクが高過ぎる。
相手に密着するというのは相手の全体が見えなくなるのだから、それだけ死に近づくことと同じだ。
それくらい分かっているだろう。それでも反撃を選択したのだから。しかし、それでも末恐ろしい。
動体視力は勿論、体の柔軟さ、体重移動の仕方、しなやかでいて強靭な筋力、体捌き。どれをとっても一級品だ。
「痛いんだけど」
「そりゃ痛くしてるからな。それにしてもタフだな兄さん」
「痛いけど、三歳児のパンチの方がまだ効くな」
「そりゃねぇよ。にしてもアンタとは違う会い方をしたかったぜ」
侵入者さんから兄さんへと愛称が変わってしまったのはルーキー風情に認められたからか?
いやいや、風情などと表現するのは駄目だ。喧嘩の仕方は圧倒的に向こうが上だ。
喧嘩の仕方はな。