潜入
月明かりが影を二つ地面に落とした。
南京錠で閉ざされた扉をピッキングツールで開け庭へと入った。
ピッキングツールだが、持てるのは鍵屋だけなのだが仕事の都合上、俺も鍵屋で勉強していた時期がある。
その時にツールを一式頂いてきた。
いつも財布の中に仕舞ってあり、役に立つことが多い。
「まるで泥棒だね。泥棒だったね」
「今回の依頼がたまたま泥棒だっただけだ。毎回盗みなんてしないよ」
「ふうん」
とりとめのない会話をしながら俺と雫は庭を進んでいく。
芝生の中心に伸びる道を進み、扉へと辿り着いた。
電源の落ちた自動ドアだが、実は力ずくで開けることができる。
「咲ちゃん力持ちだね」
「案外雫でも出来るぞ」
無駄な会話だ。
恐らく研究所内部に俺達が侵入したことはこれでたった一人の警備員に知られただろう。
隠れることの可能な場所が皆無、警備員が一人と分かった時点で俺は正面突破しか考えていない。
雫の目の前で殺しは大人としてどうかと思ったが、雫自身慣れていることだろう。問題ない。
無機質なイメージを受ける白いであろう壁紙は薄暗く、奥まで続いている。
雫に俺の上着を握っておくよう指示し、歩き始める。
一歩ごとに響く足音は一定のリズムで聞こえてくる。職業柄、歩く感覚と幅は常に一定にしてある。
精密な計算とある程度以上の実力が共存するべき計画ならばたった一歩がとてつもなく重要になってくる。
どれだけ重要なのか例えるならばバスケットボールが最適か。意味合いは全く違うが、バスケットの一歩は他のどの動作よりも大切だと言われている。
オフェンスでもディフェンスでも密着した相手に追い付く、もしくは追い抜くことはたった一歩で十分だと。
俺達の職業もバスケット同様。スピードはともかく、タイミングや歩幅、リズム。どれかが乱れれば死に直結する可能性が高くなる。
何が言いたいのか。
とにかく、呼吸を乱さず、歩くこと。それだけで生存率は著しく上がる。たったこれだけの単純なことだ。
階段を降りていき地下へと進んでいく。幸い、階段は途切れることなく最下層まで突き抜けており、一気に目的地まで辿り着けた。
最後の一段を降りた俺達の前には一本道の長い廊下と奥に扉。
コンビニで使われているような自動扉なのだが、スモークガラスらしく部屋の中が見えない。
「ボス戦?」
「多分、な。雫、危なくなったら逃げろ。携帯渡しておくから、脱出したら睡蓮さんに電話して助けてもらえ。ま、心配しなくても奥の手はあるから大丈夫だ」
既にワンタッチで発信出来るようセットしておいたスマートフォンを雫に渡し、俺はドアの前に立った。
何の演出もなく静かに開いたドア。その奥には走るには充分過ぎるほど広い正方形の広間。
薄暗い通路とは反対に照明が過剰に使われ、明るく、人影を照らしている。
「やぁやぁやぁ。おいでなさった。初めまして支配者と侵入者さん」
「……そこを退いてくれないか?」
無論、退いてくれるとは思っていない。実力行使で通るつもりだ。
低い男の声はケタケタと笑い、俺に近づいてくる。
「ここを通りたくばってかい? 使い古された中古品だが、言わせてもらおうかーー」
年齢は二十歳くらいの革靴にスーツ姿の男だ。ただ、右目と眉の間に刀傷の様な痕が一つ。
後は日本人らしい短く切り揃えられた黒髪と黒い瞳、少し低い鼻と薄い唇は嬉しそうに口角が上がっている。
得物は使わないらしいのか手ぶらで歩いてくるが、何とも表現しがたい威圧感を感じる。
「ここを通りたくば俺を殺していけよ。ま、転がってる死体はテメェだけどな」