依頼
秋の夜長。
どこまでも突き抜ける月明かり。
コツコツと革靴が乾いた音が町に響く。
携帯電話を片手に俺は次の依頼を確認する。
「……」
〝雫〟と呼ばれる人間の暗殺。
注意書も何もなく、ただ記されているのは雫とやらの居場所だけだ。
メールを閉じ、電話帳を開き〝睡蓮〟と登録している人物に電話を掛けた。
『やあ。今日もいい夜だね』
「はい。依頼、続けてやって来るので朝帰りになります」
数コールもしない内にテノールボイスと表現すれば良いのだろうか。女性にしては若干低い声が聞こえた。
『了解したよ。キミには期待してるからね。東山咲君』
単純な会話だ。
俺と睡蓮さんの関係は上司と部下。ただそれだけ。
……少し睡蓮さんについて補足しておこう。
本名は知らない。ただ、誰かがそう呼んだのが始まりらしい。
見えない所に根を張り、養分を吸い取る。末恐ろしい人間だ。
千差万別とも呼ばれ、戦いの方でも脅威だとか。
戦う人間によって強さが変わり、戦う人間によって戦い方が変わる。
天が。神が与えた睡蓮さんの能力故だ。
相手の印象が自分のステータスになる能力。表現は間違っていないが聞く人は皆、首をかしげる。
例えば、この人は火を吹いて雷を操れると思う。といった印象を睡蓮さんに抱くとするだろう。
その時点で睡蓮さんは火を吹いて雷を操れるトンデモ人間になる。
睡蓮さんの強みはそれだけではないのだけど。
閑話休題。
ーー次のターゲット。〝雫〟とやらの居場所はさして遠くはない。せいぜい、数十分といったとこか。
正直、面倒な仕事だ。
一日に二回も依頼をこなすほど俺はワーカーホリックではない。寧ろサボって楽したい。
だがまぁ、 仕事は仕事だ。完璧にこなさなければ何処で誰が何を言うのか分からない。
俺の顔に泥を塗るのは構わないが、睡蓮さんの顔に泥を塗ることは絶対にあってはならない。
あの人が怒ったら世界が終わるだろう。
主に俺の。
とにかく、俺は携帯をポケットに仕舞い、夜の町に溶けていった。