誰かが見ている
夏に向けて書いたホラー作品です。
凄まじいほど怖い……ではなく、比較的ライトな仕上がりの、はずです。ご一読いただければ幸いです。
最近、自分の後ろに視線を感じるようになった。
それがどういったことなのかは分からない。ただ、誰かに尾行されているという訳でもなく、人に見られているという訳でもない。この日も学校からの帰り道、駅の改札をくぐった時から視線を感じていた。
「もう、またかよ」
「ナオト…何か言った?」
ふいに独り言が漏れる。それを隣で歩いていたミキが不思議そうな顔をして覗き込んだ。
前は、家から学校までの間だったけど、少し前からは家の中でも、風呂やトイレの中でもその異様ともいえる視線を感じるようになっていた。それが表情だったり態度に出ていたりしていたのか恋人のミキも心配しているようだった。
「ねぇ、ホントに大丈夫? 何だか最近変だよ。あまり笑わないしさ」
「いや、そんなことなって。ちょっとバイトが大変なだけ」
「そう。でもあんまり無理はしないでよ。来週から夏休みだし、今度は二人で海に行こうね」
「ま、その為のバイトだしな、頑張るよ」
何気ない会話に僕の不安や恐怖はかき消されていく。そんな瞬間だけが僕をどこか別の世界へと連れて行ってくれるそんな気さえしていた。でも、それでも追ってくるような視線は消えることはなかった。
日を追うごとにその視線は僕に絡みつくようになっていった。巷にあふれる都市伝説にもこんな話はないし、そもそも僕はそういった非科学的なことが嫌いだ。だから信じない。そう思っていたけれど、どう考えてもこれは不気味で不安を煽る。夜も眠れない日が続いた。
そして、ふとトイレに入っているとき、いつも感じる視線の先にいつもある”何か”に気付いた。そう、鏡だ。トイレにかけてある小さな鏡。そこから視線を感じる。映っているのは自分の顔だ。その顔から視線を感じていたんだ。
またか。
いつも通りの学校へ通う道。家から駅までは歩いて5分。そこでもいつものように僕だけを見つめる視線を感じる。
道路わきに立っているミラーが僕を小さく映し出している。そして、視線はやっぱりそこから感じる。少し鏡を覗き込んだ僕はその時に気付いたのだろうか。もし気づいていれば何かがおかしいと分かったかもしれない。でも、僕は気付くことができなかった。
「ナオトおはよっ! 何だか眠そうだよ」
「ああ、ミキ。おはよう。ちょっと色々あってさ」
「ふーん。ホント、無理しないでよ。なんだか最近蒸し暑くなってきて周りでも体調崩している子もいるしさ」
「うん。気を付けるよ」
ミキと一緒に学校への道を歩く。歩道にあるミラーに僕の姿がまた映った。でも、まるで別人のように曲がり角を曲がっていく。鏡の中で。まるでもう一人の自分が鏡の世界で生きてるかのように。僕はただ、その道を通り過ぎただけだった。
少しして、その視線さえも自分の中で何とか見切りを付け一緒に過ごすような感覚で生活を続けていった。
学校は夏休みに入り、うるさく鳴きつづける蝉の声さえも今日は心地よく聞こえた。今日はミキと海へ行く約束だった。だいぶ前からミキももちろん僕も楽しみにしていた。高校生になってから初めての夏。そして……考えるだけでもテンションが上がっていく。
「ようし!!」
気合いを入れて、服も髪型もそれなりにオーケーだろう。
もう、例の視線のことはすっかり頭から消えていた。正確には無理やり消そうとしていたのかもしれない。だからか、不意に不安になってつい鏡をじっくりと覗き込んだ。
大丈夫、だよな。
そう思って視線をずらしたとき、まるでそいつは生きているように僕とは全くちがう動きをする。
「お、おいっ! 何なんだよこれ……」
鏡の中にもう1つの世界があるような、そんな感じだ。鏡の中にいるもう1人の僕が何かを喋った。でも、僕には聞こえない。
そいつは苛立ったようにまた何か喋る。今度は、唇の動きから何とかわかりそう――。
『オマエハ……オレノ…モノ…ダ』
背筋が、ぞく、と震えあがる。悪魔のような笑顔という言葉を思い出した。僕はそいつの視線から逃れられなくなった。
「ナオト、遅いなぁ~」
ミキは誰かに見られているような気がして振り返る。
後ろには、事故防止のためかフェンスに小さな鏡が取り付けられていた。
「なんだ、鏡か……びっくりした…」
鏡の中に、違う服を着たミキの姿が小さく映っていた。
読んでいただき、ありがとうございました!
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