主任がゆく(千文字お題小説)PART1
お借りしたお題は「東京」「大阪」「秘策」です。
松子は唐揚げ専門店に勤める三十路を目前にした東京在住の女である。
いつものようにロードバイクを駆り、店の裏にある猫の額ほどの駐輪場に着いた。
「ちょっといいかな?」
顎割れ芸人と同じノリの店長が裏口のドアから手招きしている。何だろうと思って近づくと、
「実はね、君の実績が本社で評価されてね」
いきなりと雷が大の苦手の松子はギョッとした。
「新しく店舗を展開するために大阪への長期出張を申し渡します」
店長はニヤニヤしながら松子に辞令書を差し出した。
「はい」
混乱しながらも、松子はそれを恭しく受け取った。
鰻の寝床のような狭い事務所に入って、松子はじっくりと辞令を読んだ。
(出発は明後日じゃないの!?)
急過ぎる展開に吐き気を催しそうになる。
(しかも、一ヶ月ゥ!?)
その間、パンチパーマの母親と顔を合わせずにすむのは嬉しいが、ペットの金魚が確実に餓死してしまうと思った。
母親にモノを頼むと後が面倒なので、松子は親友の光子に金魚を預かってもらおうと思った。
「準備があるだろうから、今日は早めに上がって、明日は休みでいいからね」
店長がそう言ってくれたが、相変わらずヘラヘラしているので、何となくイラッとした松子である。
そして、お昼のピーク時をこなし、帰る事にした。
「お先に失礼します」
松子はロードバイクを乗り出し、そのまま光子の家に向かった。
光子も実家暮らしで、家の隣のスナックで働いている。
だから光子はようやく起き出した頃なのだ。
「珍しいわね。どうしたの?」
光子は眠そうな顔で迎えてくれた。
松子は上がり込むなり事情を説明した。光子は大欠伸をしながら、
「金魚は預かるけど、あんた、大丈夫なの? 一ヶ月も大阪なんて」
「凄く不安よ。関西なんて、修学旅行で行ったきりだしね。大阪の人とうまく付き合う秘策はないかしら?」
松子は身震いして言った。相変わらず大袈裟な奴ねと光子は苦笑いし、
「外国に行くんじゃないんだから、そんな心配は無用よ。それより、変な男に引っかからないようにしてね。愛なんか、どうしようもない男につきまとわれているらしいから」
愛というのは、光子が飲み屋繋がりで知り合った大阪の友人である。
「そんな事、絶対にないから大丈夫よ」
松子は嫌な思い出を振り払って言い切った。
そして、出張の日になった。母親に土産を何度も念押しされて、松子は家を出た。
(このまま音信不通でもいいかな?)
結構本気でそう思った松子だった。
という具合にまだ続きます。