39話
興奮しながら幼女サイズのワンピースをあーでもないこーでもないと由梨さんとチュニアさんが議論しているのを横目で見ながら、私は脹脛まで丈のある白いパフスリーブワンピースを着て、由梨さんの部屋にある応接用ソファに座り、温めのミルクを飲んでます。なんだろう、この熱くもなく冷たくもない感じがクセになる…。
改めまして、こんにちは。一条都です。
成人式を終えて数年ですが、まさか幼女になるとは思ってもみませんでした。
そもそも、ネコになるということも予想外ではありました。
だけど、まさか、ネコ幼女になるなんて…。
しかもまだネコの要素が残っているのか、髪の毛は耳と同じ真っ白。
目の虹彩も金色に近い琥珀色です。自分でいうのもなんですが、日本人を見慣れてる私には、この色の組み合わせってあり得なくて怖い。
ふぅ、とため息をついて空になったマグカップをテーブルへ戻すと、タイミングよくチュニアさんが若草色の小花が刺繍されている少女趣味なワンピースを私へかざす。
「ミャーコ様、今度はこちらを着てみましょう」
「その次はこっちもね!」
由梨さんが群青色の、胸元で切り返しの白いリボンが付いたワンピースを持ちながら目を輝かせている。
「…はーい」
ついさっき幼女の姿になった私には洋服はおろか、下着すら一着もなくてハイネス君の上着だけを着ていたはずなのになぜか今は、30着以上の余所行き用としか思えないくらい綺麗な洋服と、2週間は洗濯しなくても大丈夫なくらいの下着がソファに積み上げられている。
部屋に駆け込んできた由梨さんが、チュニアさんにサイズを伝えて城下町まで買いに行ってもらったらしい。
既製服だからネコ尻尾を通す穴なんて当然、開いて無い。
だから今、こうやって試着をしながらチュニアさんが私の尻尾を通すための穴…というか、切込み?をいれてくれているんだけど…かれこれ2時間は経ってると思う。もうそろそろ解放されたい。下着なんて、1週間分あればいいし、洋服は着替えを混みで3着程度あればいいと思う。子供なんてすぐに成長するし。私だってたぶん、成長するし。
そういったら、由梨さんとチュニアさんがこぶしを握って「可愛いは正義!」と声高に言い切った。
チュニアさん…もっと楚々とした印象だったからビックリして思わずまじまじと見つめてしまっていたら、チュニアさんから少し恥ずかしそうに微笑まれた。
「子供が息子2人だけだったので…女の子の服は可愛いものばかりで、つい夢中になってしまいました」
「チュニアさん、お子さんがいらっしゃったんですか?!」
「えぇ、可愛げのない大きなのが」
「いがいです。…ちなみに、おいくつですか?」
「上の息子が19、下は15歳になりました。」
働くお母さんですかー。かっこいいなぁ。
キラキラと羨望の眼差しで見上げているとチュニアさんが少し頬を染めて、困ったように微笑んだ。
「夫も遠くに住まい、子も独立した私のようなものはこの王宮に多くいますよ。」
「そうなんですかぁ」
「…そういえば、未婚の女性って少ないですね」
口を動かしながら手も動かしている由梨さんとチュニアさんはテキパキと私を着替えさせる。
「遠い昔。王の権力が血脈によって受け継がれていた時代では、礼儀見習いのためや王に見初められるのではという下心で王宮へ未婚の娘を、ということが多かったようですね」
「でも、王宮にいれば王様と出会う機会は増えますよね?」
「王権の世襲が終わっていますので、若い女性たちには王という立場にあまり魅力がないのですよ。王妃になっても、義務ばかりが増えて自分の時間を取ることができなかったりもしますもの。今は貴族の方や豪商の男性との婚姻でゆとりある自由な生活が、目下女性の目標ですね」
クスクスとチュニアさんは笑う。
「おーさま、かっこいーのに、人気ないのね」
金髪碧眼で爽やかな王様は適齢期の女性の憧れの的だと思ってたのに、そうでもないのかー。
「あら、陛下は例外ですよ。」
「そーなんですか?」
「ふふっ。陛下はご容姿はもちろんですが、その明け透けなご気性や騎馬されて街中を駆けていかれる颯爽とした姿に胸を高鳴らせる女性は数多くいます。それに貴族の生まれでいらっしゃいますから」
「っはー。どこの世界も、イケメンはゆうぐうされますねぇ」
「いけめん、ですか?」
「あ、顔がととのっている、おとこのひとをイケメンとよぶんです」
ね、由梨さん。と見上げると、彼女の瞳が私じゃない何かを見ている。というよりも、目の焦点が合ってない?
「ゆ、ゆりさん…?」
「っ、あ、えっと…なぁに?」
「えーっと…おーさまは、イケメンですね」
「うん、そうね。…レイは本当に素敵な人よね」
うん?
由梨さんの表情が曇って、さっきまで私が着ていた白いワンピースがその白魚のような手の中でギュッと握りこまれていた。
「あのっ」
「はい、なんでしょうか」
「その…」
どうしたんだろう。
紺色のワンピースを着せてもらった私は、チュニアさんと目を合わせて、二人して首をかしげる。
「王様って…やっぱり、愛人とか、側室とか、お妾さんとか…!」
私と目があった途端にハッとして由梨さんは言葉を飲み込んだ。
いやいや。
「ゆりさん、わたしこんな見た目ですけどせーじんしてます!」
ピン、と真っ白い尻尾を跳ね上げさせて抗議する。
「あ、ごめんね。子供に聞かせちゃいけないと思ったら、つい」
ごめんごめん、と私の頭を撫でるその手は、やっぱり子ども扱いをしている。
「微笑ましい光景ではありますが…ユリ様、陛下には側室など一人もいませんし、世襲ではないのですから、いかに王という立場でも側室の必要ありませんよ」
「あ、いえ、その…!」
「陛下は率直に気持ちを口にされる、腹芸のはの字もない方です。もう少し、信じて差し上げてくださいませ」
「信じてはいるんですけど…人気があるって言われると…なんだか不安で…。私は…」
ちらり、と由梨さんが泣き出しそうな表情で私を見る。
「私は…都ちゃんが呼び出せなかったから、代わりに召喚されただけだし…。せっかく都ちゃんのお父さんが召喚<よ>ばれないようにしたのに、結局私が都ちゃんも巻き込んじゃうし…特別な力とか、能力も…」
「ゆりさん…!ゆりさんは代わりじゃないし、ねてばっかりのわたしよりも、いっぱい、どりょくして、おうさまを支えてるよ!」
「そうですユリ様!ユリ様がミャーコ様と一緒に過ごしていらっしゃる姿は私どもの癒しでもあると同時に、陛下のお心もほぐしてくださっています!」
「あとそれに、わたし、おうさまはこのみじゃないよ!」
「そうです、ユリ様。わたくしも陛下よりも夫のように体躯の立派な殿方が好みです!」
「だいじょうぶ、ゆりさん。つまがおもうほど、おっとはもてず、だよ!」
「そうですとも、ユリ様。市井ではシリウス・ゲルハイム様が陛下を大きく上回って適齢期の女性方に支持されています!」
「いえ…あの…えっと…」
「え、シリウスさんってにんきなんですか?」
驚きだ!
確かに顔は綺麗だしお仕事もちゃんとしてるけど、表情筋なんてほとんどないみたいな鉄面皮だし、動物以外に興味がないし。
かと思えば、ネコの姿の私にはデレデレに話しかけてくるし。…ぎゃっぷもえ?
「次代ゲルハイム家の当主様ですもの」
顔と地位を兼ね備えてるもんね。
「イール様に憧れている女性は多いのですが…弟子の方たちが…」
言いよどむチュニアさんの気持ちはわかる。
ジルもそうだけど、シリウスさんのお兄さん…えーっと…リゲルさんもいるし、他にも何人かいるみたいだもんね。うら若き結婚適齢期の女性は受け入れがたいよね。あの集団。
うんうん、と頷きあっていると由梨さんがため息をつく。
「なんだか、レイが可哀そうになってきたから悩むのやめます」
何を悩んでいたのかわからないけど、それがいいよ!




