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29話


 どのくらいの沈黙が続いたのか、考えるのも嫌になるくらい、私にとっては冷や汗すら出そうなほど居心地の悪い時間が過ぎて、頭上で小さな吐息が落ちる。


「はぁ」


 ビクッと体をすくませて、それでもやっぱり由梨さんを見上げることができずにいると、コツンと額をつつかれた。


「不思議なことっていっぱいあるのね」

「にゃ(あの)」

「ねぇ、私、高遠由梨っていうの。…名前を教えてもらえる?」

「みぁ…なぅ(一条いちじょうみやこです…あの由梨さん)」

「ミヤコちゃん…字は?」

「にゃぁぅ(都会の都でみやこです)」

「都ちゃん…。都ちゃんは何歳?」

「にゃぅ(21歳です)」


 矢継ぎ早の質問にあたふたしながら年齢をこたえると由梨さんはパッと明るい声を出した。


「あ、じゃぁ私より下だね。私、24歳で社会人だったの」

「…なーぁう(…私は春から新卒として働く予定でした)」

「そっかー。……ん、と…ご両親は都ちゃんがネコになったことは?」

「なぅ、にゃーあぉ(私の両親は、1年くらい前に交通事故で二人ともいないんです)」

「…そっか。ごめんね」


 悲しげな声に思わず私は顔を上げて、慰めるように首を振る。


「(にゃー。なぁあぅ、にゃんにゃーぁ?(いえ大丈夫です。それにこんなことになってるって、由梨さんのご家族の方が心配じゃないですか?)」

「私のこと心配するような家族はもういないから気にしないで。…都ちゃん、なんで敬語なの?」

「にゃぉ。……なぅ(なんとなくつい。……こちらこそすみません)」

「私の家族のこと?それとも黙ってたこと?」

「………にゃ(どちらも)」

「ふふっ、家族のことはお互い様。…人間なんだねぇ、そっかー…ふふふ」


 家族の話をした時に、少しだけ由梨さんの表情が曇ったけど、すぐに楽しそうに口元を両手でおさえて笑い声をこぼす。


「そっかー年頃の女の子かー。ふふふっ、ねぇ、都ちゃん」


 不意に由梨さんの膝の上へ抱き上げられて、思わず硬直する。

 けど由梨さんがゆっくりと何度も、私の頭から尻尾まで撫でてくれるから、徐々に体の力が抜けていく。

 …くっ、やっぱりゴッドハンドだ!


「都ちゃんはいつごろ人の姿に戻るのかな?戻ったら一緒に買い物行ったり、料理作ったりしようね。私、妹が欲しかったの。一人っ子だったし、同年代の女の子とはあんまり話題が合わなくて、友達も少なかったから、都ちゃんがいてくれて嬉しい!ネコの姿でも可愛くて仕方なかったのに、人の…それも同年代だったなんて!」


 グルッと振り返って由梨さんを見上げると、頬を紅潮させて瞳を潤ませている。

 私に気を使って言ってくれてるんじゃなくて、本当にそう思ってくれているのがわかって、私は期待で胸がドキドキした。


「なぅ、にゃーぁ?(由梨さん、怒ってないの?)」

「んー…黙ってたのは悲しいけど、過ぎたことだしね。それよりも私、都ちゃんの身長とスリーサイズが知りたい!ほら、人の姿になったときに洋服がないと困るでしょう?…って、ちょっと待って、そしたら今、都ちゃんは素っ裸………」

「な、なーぅ(裸って、でもネコですし)」


 改めてマジマジと見つめられると変に意識しちゃって恥ずかしい。

 身をよじって、由梨さんの膝から移動しようとしたら、腰…というよりも後ろ足の付け根を両手でつかまれた。


「毛皮着てるから見るのは百万歩譲歩するけど…都ちゃんの体を触ったのって誰がいる?」

「な、なーーぅ(だ、ダレダッタカナー)」


 由梨さんから妙な冷気を感じます!

 誰か助けてー!と電波を発信していたら、受診してくれた人がいた!

 コンコン、と扉がノックされて、


「ユリ様…ミャーコ様の様子はいかがですか?」


 私を心配してくれているイールさんの声に由梨さんはポツリとこぼす。


「イールさん…都ちゃんの頭とディープキスしたんだ…」


 いえいえいえ!

 あれはそんな甘ったるくて優しいものじゃないですから!

 むしろ捕食されかけただけですから!


「にゃにゃにゃなーーぅ(由梨さんあれは仕方ないことっていうか私まだキスも未経験だからあれはノーカンでお願いします)」

「え、都ちゃん彼氏いたことない?」

「にゃん(お恥ずかしながら)」

「いいじゃない。ふふっ、じゃぁ好きな人ができたら相談に乗るから教えてね」


「あの…ユリ様?」


 あ、扉の向こうのイールさんをまるっと無視して、恋愛談議に花が咲きそうになってた。


「大丈夫です。馴れない旅行で疲れちゃってたみたいです」

「にゃーぁ(ご心配をおかけしました)」

「そうですか。お食事はどうされますか?」

「にゃん!(いただきます!)」

「食べられるみたいなので、お願いします」

「はい。…では、準備が整いましたら声をかけさせていただきますね。」


 イールさんの足音が遠ざかって行ったのを確認して、由梨さんの腕の中から逃げ出して、正面へ箱座りで向かい合う。


「言った方がいいのかな?」

「にゃ(たぶん)」

「都ちゃんの声は聞こえないから、私から説明した方がいいよね…」

「なーぁぅ(お手数ですがお願いします)」

「じゃぁ、説明のためにも、ご飯の時間までゆっくり話を聞かせてね」


 微笑む由梨さんにキラキラと輝かしいエフェクトがかかっているよう気がしたのは、気のせいじゃなくて。

 私はガッツリと由梨さんに質問攻めにされました…。

 つ、疲れた…。



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