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愛とはどんなものかしら  作者:
Almavivaの騒動
7/10

5

 えだちゃんが南條とともに出ていったきり、帰ってこない。

既に四時間は過ぎているというのに。

俺はイライラしながら、シャーペンを動かし続ける。

えだちゃんはそういう子じゃないから大丈夫だけど…問題は南條だ。

さっきから『男は狼なのよ』から始まる某有名曲が耳から離れない。

想像の中でえだちゃんが俺に助けを求める声がする。

本日13回目のシャーペンの芯が音をたてて折れた。


「……一方、作用や副作用が比較的弱いのが特徴である抗不安薬は中枢神経系に作用する…」


 そう言って、ぶつぶつと呟くような声で教師は黒板に字を書いていく。

だが既に黒板は細かな字でびっしりと埋められており、少し躊躇ってから、上から文字を消していく。


「…不安、緊張症状を緩和させる。睡眠時の緊張緩和もするため睡眠導入剤としても使われる…」


 白いチョークで書かれた文字を必死に書き写す音が教室に響く。


「…ベンゾジアゼピン系抗不安薬については前の授業でも少しだけ触れたが、ベンゾジアゼピンとはベンゼン環、ジアゼピン環、アリール環から成る…」


 と、解説を加えようと口を開こうとした教師の言葉はスピーカーから洩れる独特のチャイム音によってさえぎられる。

俺は、はっと悪い夢からさめたように動きを止めた。

そして芯だらけになったノートの上から、他のクラスメイトたち同様に、何事かとスピーカーに視線を移した。


『五時五十五分!繰り返します!五時五十五分!』 


 …時報か。

俺は深いため息をついて、再びシャーペンを持ち直す。

だが、どういうわけか複数の視線を感じ、辺りを見回す。

クラス中の生徒どころか教師までもが俺をじっと見つめている。

俺の顔に何かついているのか?

顔をこする。

それとも、ノートの上の異常な芯の数が気になるのだろうか。


「………六時」


 誰かがぼそっと呟いた。

追従するように教室内から起こる六時コール。

首をかしげながら、時計を見て、困惑する。

一体こいつらどうしたんだ。

変な電波でもさっきの放送に流れてたのか?

テンションについていけず、引き気味な俺に教師がぼそぼそといった。


「…六時に大事な用があると聞いています。…早退の許可は既にでています…」


 意味がわからない。

六時コールをやめないクラスメイトも早退の申請を出した奴も早退の許可を出した連中も目の前の根暗教師もわけがわからない。

六時に何があるというのか。

俺は心あたりを探して…ひとつだけ思い当った。

まさかと思った。

『六時に第三校舎の屋上で返事を待ってる』。

あのラブレターに書かれた時間指定が確か六時だった。

まさか、よりにもよってそんなことで早退させられるとか………ないわけじゃなかった。

むしろその通りだった。

俺は授業途中だというのに、その身一つで教室から追い出された。

勉強が学生の本分だというのに、教師までも恋愛に首をつっこむとはどういうことだと思いながら、教室の扉を開こうとしたが、内側から鍵をかけられていた。

最悪。

たかが間違いラブレターのために、教室から追い出されるわ、早退させられるわ、一体この学校はどうなってんだ。

舌うちをしながら、廊下を歩く。

確かに、爆笑もののラブレターを書いた人間が気にならないといえばウソになるが、授業を早退するほど興味を持ったわけじゃない。

だが、こうなっては仕方がない。

どうせ今教室に戻ったとしてもクラスメイトたちに再び追い出されるだけだから、とりあえずさっさと用事を済ませるか、と足を指定された場所へと向けた。

 しかし、第三校舎か。

この第三国立特化教育機関の敷地は無駄に広大だ。

複数の建物が林立しているわけだが、他の建物から移動する際、当然のように移動にかなり時間がかかってしまう。

その中で校舎は敷地の中央に存在する。

正面から見れば王を横にしたような構造をしており、二階は中央廊下で結ばれている。

補給科は中央の第二校舎の三階の一番端の教室を『補給科クラス』としている。

ただし平日は個別にカリキュラムが組まれているため、土曜以外はめったにその教室で授業を受けることはない。

だが、他科は補給科とは違い、集団でクラスで授業を受けることも比較的多いため、自身のクラスを拠点に行動することが多い。

このことから想定できることが一つだけあった。

それは、ラブレターの送り主がエリートの貴族様だということだ。

第二校舎の右側に位置する第三校舎の屋上を指定するなんて、指揮科または参謀科の生徒くらいしかできない。

そもそも一般生徒であれば、用事がない限り、第三校舎に近づこうともしない。

この国での身分制度は決して厳しいわけではない。だが、身分というものが存在する限り、何らかの差別が生まれるのは仕方がないことだった。

そんなわけで俺も含め平民はわざわざ貴族様に馬鹿にされにいくのも嫌なため、自ら進んで第三校舎に足を運ばない。

まあ、補給科はそれでも他科よりは第三校舎に行く機会は多いが。

こういったもろもろの事情から第三校舎を指定したこのラブレターの主は、自然とエリート様と推測できるわけだ。

しかし、そのエリート様が随分古典的な手段で告白をするものだ。

しかも女ならまだしも男とか…やばい、また爆笑してしまう。

俺は口元を慌てて押さえながら足をはやめた。

 比較的静まっている廊下をかけぬけ、階段を駆け上る。

屋上への階段を一気に上り、軋む扉を開ける。

辺りを見回し、人影を探すが、屋上には誰もいない。

なんだ、まだ来てないのか。

少し気が抜け、フェンスによりかかる。

日中の日差しは温度を既に失い、雪のように白い雲の切れ間から覗く青空が、徐々に橙色に浸食されていた。

生温い風が頬を撫でる。

俺はおもむろにポケットから封筒を取り出した。

封筒を空にかかげ、意味もなくひらひらと振る。

本人ではないけど、待ち合わせを指定したのだから、時間どおりにこいよな。

時計を見ると既に五分遅れていた。

俺自身が告白されるわけではないのに、なんだか落ち着かない気持ちがする。

そわそわしながら、このラブレターを書いた人間を想像してみる。

ラブレターなんて古風な手段を使うのだから文学少年?

台詞が爆笑もののきざったらしさだったから、ナルシストなキザ野郎?

意外と体育会系の筋骨隆々のガチムチ男かも。

想像するだけで笑えてきて、一人でまたにやにやしてしまう。

そうして想像を膨らませている俺の耳に誰かが階段を上る音がした。

にやけた表情を引き締め、フェンスから体を起こし、ゆっくり開かれる扉の前へと歩いて行く。

少しの緊張のためにぎこちない動きで。


「…あの、ラブレター間違ってましたよ。これ、俺のロッカーに…………」


 言葉が途中で不自然に途切れた。

ぱくぱくと口を動かすが、もれるのは浅くなる呼吸だけ。

真っ白になった頭。

顔からあっという間に血の気が引く。

思考どころか体全身、心臓までも凍りついた。

とてつもない衝撃波だった。

どういう意味かなんて聞かないでほしい。そのままの意味なのだから。

 夕日のせいなんかではなく、風にたなびく人工的に赤く染まっている髪。

俺を鋭く射抜く、髪とは対照的な青みを帯びている瞳。

眼光の鋭さと近寄るもの全てを傅かせる王者の風格が美貌と相まって、ものすごい威圧感を与えてきている。

まさかとは思い、何度も目をこするが幻覚ではない。

俺は全身に冷や汗をかきながら、手にもったギャグとしかいいようがないラブレターに視線を落とした。

最悪だ。

何かの間違いだと思う、いや思いたい。

まさかこの爆笑する手紙を書いた相手が、俺の学校、いや郡全体の学齢期の生徒たちをまとめあげている王、須藤様なんて認められない。

この国は五つの郡にわかれ、各郡は特化した専門分野をそれぞれ持っている。たとえば、この第三郡であれば『軍事』だ。

その各群ごとに存在する国内最高峰の教育レベルを持つ国立特化教育機関を中心に郡内の学校は統制下におかれていて、その模擬社会で一番権力を持っているのが一介の生徒であるはずの『王』。

ここまで言えば、なんとなく先の展開が見えてくると思うが…その王が目の前の男である。

 固まった体でぎこちなく頭を下げる。

頭上に痛いほど視線を感じる。

目の前がぼやけてくる。

そもそも平和主義者でチキンの俺はこういう不良みたいな外見をした人間が大の苦手なのだ。

いや、そんなことより、一体俺はどうなるんだ?

間違ってたよの一言で帰してくれるだろうか?

理不尽にも一発くらいは殴られるかもしれない。

しかも俺がその手紙を開き、爆笑したことをしられれば確実にあの世行きだ。

治外法権のこの模擬社会の中で重要視される『校則』を俺は思い浮かべ、果たしてこれが名誉毀損罪に当たるのかどうか考えた。

相手が一般人であるなら、自信をもって無罪と言えるが…相手はこの郡どころか国内で五本の指に入る権力者。もちろん、須藤と同等の権力を持っているのは他郡の王である。

ああ、こういう人種とは関わらないように生きてきたはずなのに俺はどこで道を踏み外したのだろう。

教室から追い出されても、素直に屋上なんかに行かなければよかった。

後悔と書いて後で悔いる。

だってこの手紙を見て、誰が書いた主がこいつだと予想できようか、いやできるわけがない。


「返事」

「ふぎゃあ!!……ぁ…あ…そ、その…俺に聞かれてもわからないというか…」


 理不尽極まりないことを質問され、挙動不審に陥る。

返事なんか俺が知ってるわけがない。おそらく否だとは思うが。

それとももしかしてこれは俺にこの手紙を渡しておいてくれという遠回しな命令だったのか?

俺のロッカーは郵便ポストか!


「返事」


 あまりの恐怖で震えだした体。

半端じゃなく流れ出る汗。

苛立ち始めた須藤が更に鋭い視線で俺を突き刺す。


「…返事!」

「うわあっ!!はい!!OK!!イエス!!了承でっすっ!!」


 チキンでごめんなさい!

半泣きになりながら叫ぶ俺は心の中でえだちゃんに土下座した。

でもえだちゃんには姫FCや南條もいる……からきっと大丈夫だよね…すいません。許してください。

もう一生服従を誓うので、勘弁してください。

えだちゃん宛てと知って、遠まわしにラブレターの主を牽制しようとか考えてた俺がアホでした。

平民ごときがこの王者の威圧感に勝てるはずがなかった。

涙目で俺は須藤の前に跪いた。


「……そうか」


 苛立ちの完全に消えさった須藤を見て思わず安堵の溜め息が漏れる。

緊張から固くなっていた体からほんの少しだけ力が抜ける。

差し出された手に震えながら手を重ねて、立ち上がる。

どうやら上手く俺は台風を除け切れたらし……


「帰るぞ」


 突然、頭の中でけたたましく警報がなった。

疑問に思いながらも須藤の髪と同じように赤く染まった顔を見上げる。

いや、ちょっと待て。

なぜ須藤は顔を赤くしているのだ。

そしてなぜ俺を見て口角を引き上げる?


「…………すいません。馬鹿なのでよくわからないんですけど…帰るって誰と誰がですか…?」


 須藤はゆっくりと人差し指を自分に向け、そしてそのまま俺のほうへと向ける。

一瞬思考停止した頭。

そして、俺は自分の人差し指で俺と須藤を交互に指しながら、須藤の表情を伺う。

須藤はなぜか満足そうだった。


「………俺?」

「付き合っているのだから当然だ」


 第二の衝撃波到来。

台風が進路を変えて俺に直撃した。

もしかしてもしなくても、須藤は最初からロッカーを間違えておらず、あのギャグみたいなラブレターは俺に告白するために書いたもので、宛名に書かれた『愛しの姫君』とは全校生徒公認の姫であるえだちゃんのことではなく、俺が須藤のあまりの怖さに勝手に勘違いをして告白を了承したのは俺自身が告白を了承したことになるのか?!


混乱した頭、鳴り続ける警報、いつのまにか須藤に握られた手。

ああ、この先の俺の未来が見えない!!






言い訳:

Q「ベンゾジアゼピンって何?」

A「知りません。佐藤に投与してみましょう」

Q「早退の許可は何故下りたの?」

A「大人は権力に弱いものです。いつか、わかります」

Q「第三校舎の説明がうざい」

A「自覚しています。後日削るかもしれません」

Q「佐藤はラブレターをどうするつもりだったの?」

A「ひとしきり笑ってから荏田宛だとばらさないで処分する予定でした」

Q「呼び出しに応じてどうするつもりだったの?」

A「相手がエリート様だとわかっていたので、遠まわしに牽制する予定でした。荏田には恋人がいるとか嘯いて」

Q「佐藤の未来」

A「わかりません」

Q「この言い訳の『Q』と『A』って誰?」

A「独り言の自問自答です」

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